3-11

「それにしても、驚きました」

 リリアーネは、そう言って首を傾げた。

「サルジュ殿下が何を求めているのか、アメリア様は言われずともわかっていらっしゃるのですね」

「わたしも、似たようなことをしてきましたから」

 感心したような言葉に、アメリアはそう言って曖昧に笑う。

 誰に求められているわけでもないのに、昔から領地の穀物の成長具合、収穫量をデータにしてまとめてきた。

 それをサルジュが必要としてくれて、こうして今のアメリアがある。

 自分でも無駄なことをしていると思っていたが、役立てる日が来て、本当によかったと思う。

 すぐにデータを纏めなおそうとしたが、リリアーネに休むように言われて、素直に従った。

 食事も、リリアーネとふたりで、この部屋で食べる。

 ベルツ帝国の昼は長く、ビーダイド王国ではとっくに暗くなっている時間でも、まだ少し明るい。

 アメリアは窓から外を眺めながら、この国では魔力の消費が大きくなってしまう理由を、なんとなく考えてみる。

(この国には、魔導師はひとりもいないはずなのに。なぜか、この国の空気は魔力を含んでいる気がする……)

 しかも帝城中ではなく、帝都の方で強く感じるのだ。

 サルジュにも聞いてみたいと思うが、一般的には魔力が弱い者ほど、他者の魔力に敏感だと言われている。

 サルジュほど魔力が強いと、僅かな変化は感じ取れないかもしれない。

(それに、もうこの国には魔導師がいないはずだわ)

 考えを巡らせるように瞳を閉じてみたけれど、何も感じ取ることができない。

 太陽は沈み、周囲は暗闇に満たされていた。

 今日書き記したデータのことを考えながら微睡んでいると、ふいにリリアーネが動く気配がした。

 呼びかけようとして、彼女がとても険しい顔をしていることに気が付く。

 何かあったのかもしれない。

 アメリアは息を押し殺して、ベッドから動かずにじっとしていた。

「大丈夫です」

 起きていることに気が付いたリリアーネが、アメリアが目を覚ましたことに気が付いて、優しくそう言ってくれた。

「この部屋は、サルジュ様の結界魔法によって厳重に守られています」

 それを聞いて、ほっと力を抜く。

「……何があったの?」

「どうやら、何者かがこの部屋に侵入しようとしたようです。結界に気付かず、かなり派手に扉を破壊しようとしていました」

「どうしてわたしを……。サルジュ様は?」

 彼の身が心配になって、咄嗟に部屋を出ようとしたアメリアを、リリアーネは引き留める。

「アメリア様、部屋の外に出ては危険です。サルジュ殿下にはカイドと、そしてユリウス殿下がついていらっしゃいます」

 そう言われて、アメリアもようやく冷静になった。

 結界に守られた安全な部屋を、自分から出てしまうところだった。

「ごめんなさい。つい、取り乱してしまって」

 謝罪をして、ゆっくりと扉から離れる。

(それにしても……)

 危険かもしれないと説明は受けていたが、まさか本当に襲撃を受けるとは思わなかった。

(わたしたちはカーロイド皇帝の客人で、ここは帝城なのに……)

 この襲撃は、彼の地位がまだ盤石ではないという証拠だろう。

 それに、研究者として訪れたサルジュやアメリアと違って、ユリウスは身分を隠していない。だから、ビーダイド王国から来た人間だということは、襲撃者も知っていただろう。

(雨を降らせる魔導具の不具合が治って、カーロイド皇帝の支持が戻ってしまうと都合が悪いの? でも、雨が降らないと困るのは、同じでしょうに)

 そう思ってため息をついた途端、馴染んだ声で名前を呼ばれた。

「アメリア」

 ふわりと、背後から抱きしめられる。

 扉が開いた気配はなかったから、直接移動魔法で飛んできたのだろう。

「サルジュ様?」

 不安に思っていたところに、一番会いたかった人に抱きしめられ、アメリアも思わず振り返って、その腕の中に飛び込む。

 おそらくサルジュもすぐにアメリアの部屋に向かおうとして、護衛騎士のカイドに止められたのだろう。

 それでもアメリアの無事を確認したくて、魔力の使い過ぎで休んでいたはずなのに、魔法を使ってまで来てくれたのだ。

「無事で、よかった」

 安堵した様子でサルジュは言ったが、アメリアもサルジュの無事を確認できてほっとしていた。

「ユリウス様は……」

「さすがに兄上には、襲撃はなかったようだ。今、この魔導具が正常に稼働すると、都合が悪い者がいるらしい」

 サルジュはアメリアを腕に抱いたまま、窓から外を見つめた。

「このまま放っておけば、おそらくベルツ帝国の領土は、人が住めない場所になってしまう。身内同士で争っている場合ではないだろうに」

 呟かれた言葉に、アメリアもこの襲撃犯が、カーロイドの異母弟たちの手の者だと悟る。

 ビーダイド王国の王子たちは、とても仲が良い。

 だからこそサルジュは余計に、身内で争っているベルツ帝国の現状を嘆いているのかもしれない。

「とにかく今は、魔石の不具合の原因を突き止め、正常に稼働させなくてはならない。これからも妨害があるかもしれないが、アメリアは必ず守る」

 その言葉とともに、抱きしめられる腕に力が込められた。

 サルジュが与えてくれた言葉と温もりに、不安が消えていく。

 リースの策略で陥れられ、信じられる者が誰もいない孤独な生活から救い出してくれたのは、サルジュだった。

 復讐を企むアロイスに目を付けられ、攫われそうになったときも、アメリアを助けてくれたのは、サルジュだ。

 だからきっと何があっても、彼が守ってくれる。

 そう信じることができる。

(そしてわたしも、サルジュ様を助けたい。わたしのできることなんて、あまり多くはないけれど……)

 それでもサルジュはアメリアが必要だと、アメリアがいないと成り立たないと言ってくれる。

 その心に報いるためにも、無理をしがちなサルジュの様子に気を配り、言葉にしなくとも、求めているものがわかるようになりたいと思う。

「結界を、強化しておくよ。悪意を持つ者は、この周辺には近付くこともできないようにした。だからふたりとも、安心して休んでほしい」

 ビーダイド王国の王子たちは、光魔法で、ここにいない者とも会話することができる。

 サルジュもそれでユリウスに、護衛のカイドを置いてひとりで行動をしたことを叱られたらしく、アメリアの部屋に結界を張り直してくれて、自分の部屋に戻っていった。

 サルジュの結界が守ってくれる。

 そう思うと安心して、それからは、ゆっくりと眠ることができた。


 襲撃があったことは、ユリウスがカーロイド皇帝に報告したようだ。

 カーロイドは今日の予定を話し合っていたアメリアたちの元を訪れて、昨日のことを謝罪してくれた。

 防ぐことができなかったことを詫びる彼に、ユリウスも、こちら側に被害がまったくなかったことと、これからも魔法で結界を張っているので、警備は不要だと告げていた。

「警備兵と争った痕跡はありませんでした。城内も危険だとしたら、あなたも気を付けた方がいい」

 ユリウスの警告に、カーロイドも表情を引き締める。

「わかりました。しばらくの間は、身内の者だけで動くことにします」

 帝城でさえ気を抜けないカーロイドの現状を思うと、少しだけ同情する。

 だが、これが彼の選んだ生き方であり、戦いなのだろう。

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