3-10

(でも……)

 実験の結果を見守っていたアメリアは、思わず両手をきつく握りしめた。

 想定では、ここから見える範囲にすべて、一時間ほど雨が降るはずだった。

 だが稼働した魔導具は、最初こそ順調だったものの、すぐに雨の威力が弱まり、止んでしまう。

 サルジュがすぐに魔導具の確認をすると、不具合などではなく、やはり魔石をすぐに使い切ってしまうのが原因のようだ。

 その後も何度も魔石を変えて、実験をしている。

 無言で実験を繰り返すサルジュに、ユリウスたちはどうしたらいいのかわからない様子だった。

 けれどアメリアはサルジュが使用した魔石を回収し、その種類と、雨の降り方を細かく書き記していく。

「サルジュ様、魔石全体の性能が、三割ほど落ちている様子です」

 ベルツ帝国に渡る前に、学園で繰り返した実験の結果と照らし合わせて、そう報告する。

「同じ魔石は、あと何セットある?」

「五セット用意しましたので、残りは四セットです。この場で魔石を作って、それを使用してみますか?」

「そうだね。それがいいかもしれない。兄上、魔石作りを手伝ってほしい」

「……わかった」

 ふたりの様子を、やや呆然と見つめていたユリウスは、我に返ったように頷く。

 こうして、今使い切った魔石に再び魔力を込めて、それを使用してみる。

 この場で作ったばかりの魔石だと、ビーダイド王国で使用した場合と同じく、きちんとした性能を発揮した。

「原因は魔石で間違いないね。けれど、ベルツ帝国に販売した魔石だけではなく、こちらで持ち込んだ魔石の性能も落ちている。……やはり、この国に何か原因がありそうだ」

 サルジュはひとりごとのようにそう言うと、ユリウスを見た。

「兄上、アメリアのような水遣りの魔法は使えますか?」

「ああ、使える」

「その水魔法を何度か使ってみて、ビーダイド王国で使った場合との違いがあるかどうか、教えてください」

「わかった」

 ユリウスは意図を問うことなく、サルジュに言われたように何度か水遣りの魔法を使う。

「どうですか?」

「たしかに、向こうで使うよりも魔力の消費が大きいように思う。これは、どういうことだ?」

「もう少し大きい魔法の方がわかりやすいかもしれませんね」

 そう言うと、サルジュはしゃがみこんで乾いた大地に手を当てた。

「サルジュ様、駄目です!」

 その意図を察したアメリアが慌てて止めようとしたが、サルジュはそのまま砂漠と化した大地に魔力を注ぐ。

 雨を降らせた範囲が、たちまち柔らかな土に変わる。

 これほどの範囲の土壌を変えてしまうのは、ビーダイド王国でさえ、かなりの魔力を消費するはずだ。

 アメリアは慌てて手を差し伸べて、サルジュの身体を支える。

 実際に消費した魔力は多かったらしく、咄嗟に手を出して支えなければ、その場に倒れていたかもしれない。

 それなのにサルジュはアメリアに寄りかかりながら、消費した魔力を確かめるように、じっと手のひらを見つめている。

「たしかに、三割……。いや、大きな魔法だと四割ほど増すのか」

「お前は」

 ユリウスは呆れたように叱ろうとしたが、それよりも先にアメリアが、サルジュの手を握ったまま言ってしまった。

「サルジュ様、あまり無理はなさらないでください。もしサルジュ様に何かあったら、わたしは……」

 感情が昂ぶり、思わず涙まで滲んできた。

 それを見たサルジュはひどく動揺して、ぎこちなくアメリアの背を撫でる。

「すまなかった。つい性急に、答えを求めてしまった。どうか許してほしい」

 懇願するように言われて、アメリアの方が狼狽えた。

「すみません、つい差し出がましいことを」

「いや、アメリアは悪くないよ。以前、気を付けると約束したのに、それを疎かにした私が悪い」

 たしかにあれも、このベルツ帝国でのことだったと、アメリアも思い出す。

 思えばこの魔力を通常よりも消費してしまう現象のせいで、サルジュが魔力の使い過ぎで倒れてしまったことがあった。

 あのときもとても心配して、サルジュはもう無理はしないと約束してくれた。

 けれど、サルジュの本質は研究者だ。

 こうして未知の事例と遭遇したときに、知的好奇心に駆られて動いてしまうことは、これからもあるかもしれない。

 そんなサルジュと人生をともにするのだから、もう少し覚悟が必要だと、アメリアも気を引き締める。

「何度も同じことを言ってしまうかもしれません。それでも、わたしのことを嫌いにならないでください」

 思わずそう言うと、サルジュは驚いたように目を見開く。

「そんなことはあり得ない。だから心配はいらないよ。むしろ私の方が、アメリアに愛想を尽かされないように気を付ける」

 サルジュの身体を支えながら、これほどの人がアメリアの気持ちに寄り添い、大切にしてくれることを、とてもしあわせに思う。

(あっ)

 ふいに、ふたりきりではなかったことを思い出して顔を上げると、ユリウスもカイドもリリアーネも、微笑ましいものを見るような優しい瞳で見守ってくれていた。

 それを見た途端、恥ずかしくてたまらなくなる。

「アメリア、おそらくサルジュはそう簡単に変わらないかもしれないが、どうか見捨てないでやってくれ」

「そ、そんなことは絶対にあり得ません!」

 ユリウスにそう言われて、慌てて否定する。

 この先も、アメリアが一緒に生きていきたいと願うのは、サルジュだけだ。

「とりあえず、今日はここまでにしよう。だが、この土地をどうするべきか」

 ユリウスは困ったように、柔らかく良質な土になった周囲を見渡す。

「時間が経過すれば元に戻るだろうが、魔法によって一瞬で変化した土地を見せてしまうのは、あまり良くない」

 サルジュとアメリアの存在をあまり公にしたくないユリウスはそう言って、考え込む。

「わかった。すぐに戻す」

 サルジュはそう言うと、魔法を解除して元の状態に戻した。

「またお前は……」

 反省したばかりだというのに、またすぐに魔法を使ったサルジュに呆れたような顔をしながらも、こればかりは仕方のないことだったかもしれないと、ユリウスも思い直したようだ。

「とにかく、今日はこれまでだ。部屋から出ずに、しっかりと休むように。カイドに見張らせる」

 今度は素直に頷き、サルジュはアメリアから今の実験の内容を書き記したデータを受け取った。

「ありがとう、アメリア。助かったよ」

「いえ、お役に立てて嬉しいです」

 きっと明日も同じような実験をするだろうから、比較できるように、さらに細かなデータをとっておこうと決意した。

 そのまま帝城に戻り、それぞれ宛がわれた部屋で休憩をすることにした。

 強い日差しの中でずっと実験を繰り返していたので、涼しい室内に戻るとほっとする。リリアーネが、帝国特有のお茶をもらってきて、淹れてくれた。

 清涼感のあるお茶は、暑さに少しのぼせてしまった身体にちょうど良い。

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