3-9
アメリアに用意してもらった部屋は、サルジュの隣だった。
カーロイドは帝城に警備兵が少ないことを詫びてくれたが、サルジュもユリウスも魔法で結界を張ることができるので、その辺りは問題ない。
それでもアメリアは、用心のために護衛騎士のリリアーネと同じ部屋にしてもらった。ひとりだと、かえって落ち着かないという理由もある。
アメリアは持ってきた荷物を簡単に片付けて、部屋の中を見渡した。
広い部屋だが、思っていたよりもシンプルで、窓は小さい。
(窓が大きいと、日差しが入ってきて室温が高くなってしまうから?)
当然のことだが、気候が違うとライフスタイルがまったく違う。
興味を覚えて、アメリアは部屋の中を見渡したり、小さな窓から外を眺めたりして過ごした。
ふと扉が叩かれて、リリアーネが対応してくれる。
「アメリア様、サルジュ殿下です」
彼女の声に、振り返る。
どうやらサルジュが、アメリアの部屋を訪れてくれたようだ。
「アメリア、大丈夫か?」
優しく気遣ってくれるサルジュに、アメリアは笑顔で頷いた。
「はい、もちろんです。でも同じ大陸でも、ここまで気候の差があるものですね」
「そうだね。だが、少し気温差がありすぎるように思う。その辺りも、余裕があれば調査してみたいね」
サルジュは頷き、アメリアの部屋を見渡した。
「一応、アメリアの部屋にも魔法で結界を張っておくよ。この部屋の温度も、快適に過ごせるように調整しよう」
サルジュはそう言うと、呪文も魔法陣もなく魔法を発動させた。
途端に部屋の中が涼しくなる。
「……すごい」
思わずそう呟いたアメリアだったが、サルジュは何だか複雑そうな顔をして、自分の手のひらを見つめている。
「サルジュ様?」
「魔力の消費量が、ビーダイド王国とはまったく違う。以前、この国に来たときもそうだった。たしかに色々と魔法を使ったが、想定していたよりも魔力を消費していた」
サルジュの言うように、前回、この帝国に飛ばされてきたときは、サルジュは魔力を使いすぎて倒れてしまったことがある。
たしかに様々な魔法を使っていたが、敵国であるベルツ帝国で、倒れてしまうほど魔力を使ってしまうなんて、サルジュらしくなかった。
何か理由があり、この国で魔法を使うと想定以上の魔力を消費してしまうのだとしたら、納得できる。
「もしかしたら、魔導具の魔石も……」
「それが原因かもしれない。とにかく明日から、色んな実験をしてみよう」
「……はい」
険しい山脈を隔てているとはいえ、ベルツ帝国と他の国とでは気候が違いすぎるのも、何か原因があるのかもしれない。
たしかに山脈のこちら側は冷害に悩まされ、逆にベルツ帝国は砂漠化に悩まされているとは聞いていた。
実際に山脈近くの町に辿り着いたときも、あまりの暑さに驚いた。
でも帝都まで来てみると、さらに気温は上昇していて、この気温差は異常なことではないかと思ってしまう。
窓の外から、帝都の街並みを見つめる。
この国で、いったい何が起こっているのだろう。
陽が落ちても、気温が下がることはなく、昼間の熱気がまだ建物の中に籠っているような気がする。
夜になったが、研究のために訪れたので会食のようなものはなく、それぞれの部屋に夕食を運んでもらった。
アメリアとリリアーネに食事を運んでくれたのは、アロイスの従妹のリリアンだった。
彼女はアロイスの説得のためにビーダイド王国に滞在していたことがあるので、アメリアも会ったことはある。
けれど、こうして対面して会話をするのは初めてだ。
リリアンはカーロイドのように、最初にアロイスのことを謝罪してくれた。
アロイスが祖母を恨んでいたのは、母をこの帝国に置き去りにして、自分たちだけ逃げたと思っていたからだ。
アロイスのその母は、このベルツ帝国でとてもつらい人生をおくったらしい。
それを思うと、彼が復讐を果たそうとしたのも、仕方がないではないかと思ってしまう。
「もう謝らないでください。悪いのは、ビーダイド王国の王女を浚った、ベルツ帝国の前々皇帝です」
そう伝えると、リリアンは安堵した様子だ。
「ありがとうございます。そう言って頂けて、安心しました」
リリアンの母はまだ存命だが、あの事件の後にビーダイド王国に移住している。
けれどリリアンは従兄のアロイスを支えたくて、ベルツ帝国で生きる決意をしたようだ。
「それにしても……。この部屋はとても涼しいですね。魔法、でしょうか?」
驚いたようにそう言う彼女に、アメリアは頷く。
「はい。サルジュ様の光魔法です」
「……これが、光魔法」
リリアンの母は、ビーダイド王国の王妹であった自分の母に、祖国のことや、光魔法のことなど色々と聞いていたらしい。
その話は王女の孫であるリリアンにも受け継がれ、彼女はずっとベルツ帝国に残されてしまった叔母のことを心配していた。
そんなリリアンの優しい心が、アロイスを立ち直らせてくれたのだろう。
「何かございましたら、何なりとお申しつけください」
「はい。お食事もありがとうございました」
リリアンの優しい心遣いが、緊張していたアメリアの心を和らげてくれた。
この日は部屋でゆっくりと休ませてもらい、翌日から魔導具の実験に取り掛かる予定だった。
カーロイドは、事前にアレクシスと相談していたようで、サルジュとアメリアの名を公にしなかった。
ベルツ帝国を訪問しているのは、ビーダイド王国の第三王子のユリウスと、魔導具の研究者がふたりだということにしたようだ。
アメリアもサルジュも、その方が研究に専念できる。
ただふたりとも、魔法水や、成長促進魔法を付与した肥料。さらにいくつかの魔導具を制作し、その名は他国にも知れ渡っているだろうから、気付く者もいるかもしれない。
やはり、ある程度の用心は必要となるだろう。
カイドとリリアーネにそう言われて、あまり油断しすぎないようにと、アメリアも心を引き締めた。
そうして、翌朝。
ユリウスの部屋に全員集合し、注意事項やこれからの予定などを伝えられる。
そうしてユリウスはサルジュとアメリアに、必ずカイトかリリアーネを連れて行動すること。けっしてひとりにはならないことを、約束させた。
とくにサルジュは研究に専念してしまうと、ここがベルツ帝国であることすら忘れてしまいそうだと心配しているようだ。
「今までベルツ帝国は友好国ではなかったから、魔法の使用に関しての条約はなかった。だが今は、やむを得ないときを除いて、攻撃魔法を使うことは禁じられている。だが、この中で攻撃魔法を使えるのはカイドとリリアーネだけだから、そこは大丈夫だろう」
「了解しました」
「承知しております」
ユリウスの言葉に、カイドとリリアーネは静かに頷いた。
けれど肝心のサルジュは、もうすでに研究のことで頭が一杯のようで、ユリウスの忠告もあまりよく聞いていないようだ。
「ユリウス様。わたしが必ず、サルジュ様の傍にいます」
そう告げると、彼も安心したように頷いてくれた。
「すまないが、頼む。サルジュも、あまりアメリアに迷惑をかけないように」
「……わかっている」
すべての言葉を聞き流していたサルジュが、アメリアの名前を出したときだけ反応したことに、ユリウスは呆れたような顔をする。
「まったく、仕方のない奴だ」
けれどその言葉はとても優しくて、ユリウスが末弟のサルジュを気に掛けていることが、よくわかる。
「とにかく、俺とアメリア、カイドも大丈夫だろうが、サルジュとリリアーネは、見た目で他国の人間だとわかるから、気を付けるように」
帝国では、ほとんどが黒髪であり、まれに茶色や赤髪の人間がいるようだ。
だが、サルジュとリリアーネのような明るい色の髪は、まったくいない。たしかに気を付ける必要があるだろう。
リリアーネは、この国の女性がよくしているように、日よけの布を被ることにしたようだが、サルジュはそのままだ。
ビーダイド王国から研究者が来ることは、帝国の貴族たちにも知らされているだろうが、余計なトラブルに巻き込まれないように、なるべく周囲を警戒していようと思う。
こうしてまずは帝都のすぐ近くにある、かつては農地だった場所で、魔導具の実験をすることにした。
この国に贈呈した魔導具に、ビーダイド王国から持ち込んだ魔石をセットして、雨を降らせてみる。
雨を降らせる魔導具は腕輪の形になっていて、腕に装着して魔法を発動させる。
発動させるには魔力を少量流す必要があるが、ベルツ帝国には魔力を持つ者がいない。だから、起動させるための魔石も埋め込まれている。
別の形にした大型の魔導具の試作品も作られたが、そうすると起動させるための魔石も大型のものが必要となり、結果として効率が悪くなっていた。
だから扱いやすさもあり、この形に落ち着いたのだ。
魔石は簡単に外せるようになっていて、使い切ったら交換することになる。
核となっているのは宝石だが、もう一度魔力を注げば、また魔石として使えるようになっていた。
ベルツ帝国の経済状況も考慮して、サルジュと色々と実験を繰り返して、なるべくコストを抑えた魔導具を開発した。
それなのに粗悪品の魔石を売りつけて、不当に利益を上げようとしているなどと言われているのは、さすがにアメリアでも腹立たしく思う。
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