3-8

 カイドが先頭に立ち、その後にユリウス、サルジュと続いて、アメリアはサルジュの後から部屋を出た。最後尾には、リリアーネがいる。

 部屋を出ると長い廊下になっていて、左右にはいくつか部屋はあるが、人の気配はまったくない。

 そのまま扉を出ると、帝都の街並みが見えた。低い建物が多く、日陰を作るためか、周囲を外壁で囲っていた。

 少し離れたところに見えるのが、帝城だろう。

 砂岩で築かれた城壁は、細かな装飾が施され、日光に反射して煌めいている。

 複雑な紋様は、魔法陣のようにも、古代魔語のようにも見える。

(ここが、ベルツ帝国の帝都……)

 アメリアがサルジュ、カイドとともにこの国に飛ばされたときは、国境にある険しい山脈に近い場所だった。

 ベルツ帝国のほぼ中央に位置する帝都は、先ほど感じたように、あの国境近くの町よりもさらに暑い。

 魔法陣が描かれていた建物は、数名の帝国兵が警備をしていた。ユリウスが彼らに声を掛けると、その中のひとりが帝城まで案内してくれるようだ。

 帝都に続く街道は、以前は綺麗に整備されていたのだろう。だが、乾燥した大地はひび割れて、道は荒れ果てている。

 帝都の中は道幅も狭く、馬車を走らせることはできないので、基本的には徒歩で移動しているようだ。

 帝国兵は馬を用意すると言ってくれたようだが、帝城まではそう遠くないので、そのまま歩いて移動することにした。

 日差しが強いので、日よけのための布を被り、サルジュと並んで歩く。

 彼は、帝都の街並みを興味深そうに眺めていた。

 アメリアもつい足を止めそうになるが、先を歩くカイド、ユリウスの表情は険しく、観光気分で浮かれてはならないと、気持ちを引き締める。

 やがて、ベルツ帝国の帝城が見えてきた。

 他の国のように高さはなく、その分横に大きく広がっているような城だった。

 遠くから見ても美しいと感じた建物だったが、近くで眺めてみると、繊細な彫刻はとても細やかで、思わず目を奪われた。

 けれど庭園だったであろう場所は砂に埋もれてしまい、噴水も枯れ果てていた。

 サルジュは立ち止まり、しばらくその庭園を眺めていたが、ユリウスに促されて歩き出した。

 帝城では、皇帝カーロイドが一行を迎えてくれた。

(この人が、ベルツ帝国の……)

 アメリアはそっと、ユリウスと挨拶を交わすカーロイドを見つめた。

 とても強い瞳をした人だった。

 父である皇帝によってずっと幽閉されていたからか、帝国の人間にしては肌が白いように思える。

 だが、幽閉されてもけっして自分の意志を変えず、味方も少ない中で、ここまで歩んできた人だ。

 こうして見ているだけでも、この国を背負う覚悟のようなものを感じる。

 年齢は、たしか二十八歳だと聞いていた。

 カーロイドはサルジュとも挨拶を交わし、わざわざ帝国まで来てもらったことに対する礼を述べている。

 続いてアメリアも名乗ると、カーロイドははっとしたようにアメリアを見つめた。

「それでは、あなたがアロイスによって攫われてしまった方ですね」

 カーロイドはアロイスの所業を詫びてくれた。

「アロイスを許してくださって、帝国に戻ることを許してくださって、感謝します」

 カーロイドとアロイスは、実際には血縁関係ではない。

 彼の母親は、ビーダイド王国の王妹と、彼女を助けた帝国騎士の間に生まれた子どもである。

 けれど従兄弟として一緒に育ったアロイスを、カーロイドは気に掛けているようだ。

 そのアロイスは今、従妹のリリアンとともに、カーロイドの補佐をしている。

 彼の祖母は、ベルツ帝国の先々代の皇帝によって攫われてしまった、ビーダイド王国の王妹だった。

(だから、アロイスはサルジュ様たちと血縁関係にあるのよね)

 けれどアロイスの母は当時の皇帝によって、王妹に捨てられたのだという嘘を信じ込まされて、自分を捨てた母親を憎んでいた。

 その憎しみは息子であるアロイスにも引き継がれてしまい、彼はビーダイド王国に嫁ぐ予定だったジャナキ王国の王女クロエを洗脳し、意のままに操ろうとしていた。さらに軍を強化して、砂漠化していない土地を求めて、険しい山脈の向こう側に攻め入ろうとしたのだ。

 その企みは、偶然居合わせたサルジュやカイドによって阻止されたが、どんなに説得しても、アロイスの祖母に対する憎しみは消えなかった。

 それを消し去ったのは、アロイスの従妹である、リリアンだ。

 リリアンは、攫われた王妹が、彼女を助けた帝国の騎士とともにジャナキ王国まで逃れ、そこで生まれたアロイスの叔母の娘である。

 祖母によく似たらしく、ジャナキ王国ではとても珍しい金色の髪をした、とても綺麗な女性だった。

 彼女に、祖母はアロイスの母を見捨てたわけではないこと。

 むしろ何度も助けようとして、最後には険しい山脈に向かったまま帰らなかったという話を聞いて、ようやく自分と母がベルツ皇帝に騙されていたことを信じてくれた。

(わたしとクロエ様にも謝罪してくれて……)

 自分の罪を償うと言ったアロイスを、被害者となったアメリアとクロエのふたりは、カーロイドの補佐としてベルツ帝国に帰ることを許していた。

 それに対して、カーロイドはとても恩義を感じていたようだ。

 今のアロイスは、カーロイドの代わりにベルツ帝国の各地に赴き、彼の手足となってさまざまな交渉や、現地の視察などを行っていて、ほとんどこの城にはいないそうだ。

 代わりに従妹のリリアンがカーロイドの傍にいた。

「初めまして。リリアンと申します」

 彼女はそう言って、穏やかな笑顔を浮かべた。

 サルジュと似た金色の髪をした、とても綺麗な女性だった。

 彼女もまた、アロイスと同じように僅かに魔力を持っていた。

 属性魔法を使えるほどの魔力はないが、彼女たちの祖母が使っていたという、他人の意識を操作したり、興味を逸らすような力を使うことができる。

 リリアンはそれを、ジャナキ王国では目立つ容貌を隠すために使用していたようだ。

 罪を犯したアロイスは、現在魔封じの腕輪を着用しているが、リリアンはその力を自分の意志で使うことができる。

 心優しい彼女が安易にその力を使うことはないだろう。それに、自分よりも魔力の強い者には通用しない。

 だがこのベルツ帝国には、魔法を使える者がほとんどいないため、カーロイドにとっては、切り札となるだろう。

 彼女もまたアロイスと同じく、ビーダイド王国の王家の血を引いている。

 アレクシスがベルツ帝国を度々訪れているのは、カーロイドの支援はもちろんだが、リリアンがその力を誰かに利用されてしまうことがないように、静かに見守っているようだ。

 魔法で移動してきたのだから、旅の疲れなどまったくないが、急激な気温の変化が身体には負担になるからと、カーロイドは城内に部屋を用意してくれた。

 まずはそこに落ち着き、本来の目的である魔導具の調整は、明日から取り掛かることになるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る