3-7
授業が終了する時間になると、アメリアも研究の手を止めて、急いで王城に戻る。
目を覚ましたサルジュは、また図書室に籠っているに違いない。
昨日の夜も夕食を食べないまま眠ってしまったが、朝食はきちんと食べただろうか。そんなことを気にしながら、着替えもせずに制服のまま、居住区にある図書室に向かう。
「あ……」
そこにはサルジュと、アレクシス、そしてユリウスの姿があった。
三人とも、真剣な顔をして話し合いをしていた。
「アメリア、戻ったのか」
最初にアメリアに気が付いたのは、ユリウスだった。
その声に、アレクシスとサルジュも顔を上げる。
昨日の夜ゆっくりと休んだため、サルジュの顔色も悪くなかった。そのことに、アメリアはほっとする。
「今日、魔石を何度も変えて魔導具の実験をした。そのデータを、アメリアがまとめてくれたよ」
ユリウスの説明に、アメリアは慌ててまとめた資料を取り出してサルジュに手渡す。
「これです。魔石は色々な宝石と、鉱石から作り出しました。同じ魔導具で、魔石だけを変えて実験をした結果が、これになります」
アメリアが差し出したデータを、サルジュは真剣な顔で見つめている。
「……やはり、同じか」
「はい。この国では、何度実験しても同じ結果になるかと思います」
「だとすると、やはり原因はベルツ帝国にありそうだね」
サルジュは資料をめくる手を止めて、アレクシスを見上げた。
「兄上、私をベルツ帝国に向かわせてください。現地で実験してみないことには、原因が判明しないと思われます」
「……ベルツ帝国に、か」
そう言われたアレクシスは、すぐに許可をしなかった。
この国では魔導具の不具合が見つからない以上、ベルツ帝国で魔導具を使ってみるしかないと、アレクシスもわかっているのだろう。
けれど今のベルツ帝国は、ビーダイド王国が持ち込んだ魔導具が原因で、帝国貴族の間でも意見が分かれ、とても不安定な状態らしい。
きっとそんな状態のベルツ帝国に、サルジュを向かわせるのが心配なのだ。
「兄上、俺も同行します」
そう言ったのは、ユリウスだ。
「兄上とサルジュは、同時に国を出ないほうがよろしいでしょう。あまり大勢で行くのも、無用な疑いを生むでしょうから、俺とカイド。それと、数名の護衛騎士がいれば十分かと」
アレクシスは王太子であり、その次に王位継承権を持っているのは、アレクシスと同母の弟であるサルジュだ。だから、そのふたりが同時に国を出ることがないように、ユリウスが立候補したのだろう。
それに、王太子妃であるソフィアはそろそろ出産の時期である。
あれほど心配しているアレクシスは、妻の傍に居たいだろう。
「……そうか」
しばらく悩んでいたアレクシスだったが、やはり魔導具の開発者であるサルジュが行くしかないと思ったようだ。
「解決するためには、サルジュに行ってもらうしかないか。ユリウスとカイド。それに護衛騎士を厳選して……」
その言葉を静かに聞いていたアメリアは、思わずサルジュを見つめる。
(わたしも……)
一緒に行って、彼の研究を手伝いたい。
けれど、今のベルツ帝国が危険な場所ならば、もしかしたら足手まといになってしまうかもしれない。
「兄上。アメリアも」
そんな視線を受け止めたサルジュは、優しい笑みを浮かべると、アメリアに手を差し伸べる。
「アメリアも連れていく。もう私の研究は、アメリアなしでは成り立たない」
「サルジュ様……」
彼にとって必要な存在になりたいと、ずっと思っていた。
婚約者としてだけではなく、対等に話ができる助手でもありたいと願っていた。
それを、彼自身の口から聞くことができた。
「この問題を解決するためには、アメリアの力が必要だ。私と一緒に来てくれないか?」
「……はい」
差し伸べられた手を握りながら、アメリアは力強く頷いた。
「わたしも、サルジュ様と一緒に行きたいです」
心配そうな顔をしていたアレクシスだったが、ふたりの決意が固いことを知ると、それを容認してくれた。
「それなら護衛騎士は、カイドとリリアーネで構わないだろう。サルジュとアメリア。それにユリウスと、護衛として、そのふたりで決まりだな」
ちょうど学園も夏季休暇に入る。
今年は実家に帰省することはできないが、従弟のソルと、その婚約者でカイドの妹でもあるミィーナが、ふたりでレニア領地に行ってくれるらしい。
穀物の成長具合などは、ソルに頼んで見てもらうことにした。
アメリアもベルツ帝国に向かうことを知ったソフィアとマリーエは、とても心配してくれた。だが敵国だったベルツ帝国に、魔法の事故で飛ばされたときに比べれば安全なものだ。
それに、今回も移動魔法でベルツ帝国まで行くことができる。
もし危険だと思えば、またすぐに戻ってくればいい。
そう言うと、まだ心配そうな顔をしながらも、少し安心してくれたようだ。
部屋に戻ったアメリアは、急いで旅支度を整えた。
今回も、ジャナキ王国に向かったときと同じく公務だが、目的はあくまでも魔導具の動作確認と、不具合の原因究明のためだ。王族の婚約者としてではなく、研究者のひとりとして行くことになる。
まだ王立魔法学園の学生であるアメリアは、制服で構わないだろう。
サルジュも研究者として赴くため、あまり改まった服装ではないようだ。
ユリウスだけは、王族としての訪問となるため、正装していた。
準備を整え、国王陛下とも対面して、正式にベルツ帝国を訪れる許可をもらう。
もうすぐ夫となるユリウスを見送るマリーエは少し不安そうだった。
だが、留守をしっかりと守るのも大切な役目だとソフィアに諭され、覚悟を決めたようだ。
ソフィアも、そろそろ出産の時期を迎える。
予定では、ちょうど帰国する頃だろう。
けれど早まる可能性もあるので、エストが完成させてくれた魔導具を、彼に預けておくことにした。
サルジュの設計図を見てエストが制作してくれた魔導具は、サルジュ自身にも確認してもらい、完璧に仕上がっている。
「さすが、エスト兄上だ」
完成した魔導具を見て、サルジュは満足そうだった。
四人兄弟の中では、エストとサルジュが、魔力の細かな調整が得意らしい。
これをエストに託し、もしソフィアの出産が早まったら、生まれた子どもに付けてほしいと頼んだ。
そして、いよいよベルツ帝国に出発する時刻になった。
人数が多いので、ユリウスとサルジュのふたりで移動魔法を使うようだ。
魔力の多いアレクシスと違い、さすがにふたりでも、ここから一気にベルツ帝国まで移動することは難しい。
けれど今は魔法を助ける魔法陣が描かれているので、その上に立って魔法を使用することで、ベルツ帝国に移動することができる。
「気を付けて行け。カイド、リリアーネ。三人を頼む」
アレクシスの言葉に、ふたりは揃って頷き、ユリウスとサルジュは移動魔法を使った。
ふわりとした浮遊感に思わず目を閉じると、サルジュが背を支えてくれた。
一瞬で、身体を取り巻く空気が変わる。
空気まで熱を帯びているような気がして、アメリアは思わず深呼吸をした。
たしかにベルツ帝国は、大陸の最北にあるビーダイド王国とは正反対の場所にある。そうとはいえ、それほど大きくはないこの大陸で、ここまで気温差があるのは普通ではない気がする。
(あの国境近くの町よりも、さらに暑い気がする)
同じ帝国内でも、これほど差があるのだろうか。
「アメリア、大丈夫か?」
サルジュの心配そうな声に、はっとして彼を見上げる。
「はい、大丈夫です」
そう答えながら、周囲を見渡す。
移動魔法のための魔法陣は、ベルツ帝国の帝都の隅にある建物の中に描かれていた。さすがに、ベルツ帝国の帝城の中に設置されてはいないらしい。
何もない部屋は無人で、一見簡素に見える扉は魔法で施錠されていた。
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