3-6

「不具合がある以上、そうするべきだと思うが……」

 アレクシスが言葉を濁しているのは、帝国貴族に味方が少ないカーロイド皇帝にとって、その雨を降らせる魔導具が帝国民の指示を得るために必要なものだからだ。

 国内では、ベルツ帝国のために、我が国がそこまでしなくとも良いのではないかという意見もあるようだ。

 けれど、カーロイド皇帝が失脚するようなことになれば、この大陸の平和は間違いなく乱される。

 魔法の力はとても強いもので、万が一、国家間の戦争になったとしても、ビーダイド王国の圧勝だと思われる。

 それでも、ようやくここまで回復してきた大地が戦争によって荒らされたら、その回復にどれだけかかるのかわからない。

 他の国に至っては、戦争で失われる命よりも、餓死によって命を落とす者が多くなることだろう。

 国家間で争えるだけの余力は、どこの国にもない。

 ビーダイド王国だって、自国の平和を守るために、他国に力を貸しているようなものだ。他が飢えている中、ひとつだけ豊かな国があれば、標的になってしまうこともある。実際にベルツ帝国では、砂漠化を解決するよりも、他から豊かな土地を奪おうとしていたくらいだ。

「とにかく、サルジュにばかり負担を掛けるわけにはいかない。何とか、別の方法を模索してみよう」

 アレクシスのその言葉で今日は解散となった。

 アメリアはまっすぐに部屋に戻る気にはなれず、そのまま王族の居住区にある図書室に向かう。すると机の上に、何かが置きっぱなしになっていることに気が付いた。

(これは……)

 きっとサルジュが、アレクシスが帰国するまで研究していたらしい、魔封じの腕輪についての資料だった。話を聞いてすぐに、資料をまとめてくれたのだろう。

 だが今のサルジュには、これに関わっている余裕はない。せめて自分で何とかしたいと思うが、やはり光魔法が使われているらしい。

 アメリアには、呪文のない光魔法を理解することはできなかった。

 ふと、誰かの気配を感じて振り返ると、ユリウスと、そしてエストもこの図書室を訪れたようだ。

「ユリウス様、エスト様……」

「アメリアか」

 図書室に人の気配がしたので、サルジュが起きてきたのかと思い、ふたりとも心配して様子を見に来たようだ。

「すみません、紛らわしい真似を」

 思わず謝罪するが、ユリウスもエストも、気にする必要はないと優しく言ってくれた。

「俺たちにも、何か手伝えることがあればいいのだが」

 ユリウスはそう呟いて、サルジュがいつもいる場所を見つめる。

 その言葉にアメリアは、今のうちに使用する魔石のデータを取っておいた方がいいかもしれないと思い立つ。

 雨を降らせる魔導具は、水魔法を使用している。ユリウスも水属性の魔法の遣い手なので、魔石作りに協力してもらえるだろう。

「魔石を、何種類か作って試してみたいのですが、協力してしただけますか?」

「ああ、もちろんだ」

 そう尋ねると、ユリウスは力強く頷いてくれた。

「ありがとうございます。今後のためにも、色々な魔石を使ったデータをまとめておこうと思います」

「それは、例の?」

 アメリアが手にしていた魔封じの腕輪の資料に、エストは気付いたようだ。

「はい。サルジュ様が、もう資料をまとめてくださっていたようで」

「例の、とは?」

 不思議そうなユリウスに、アメリアはソフィアの出産祝いに魔導具を贈りたいと思っていたことを説明した。

「なるほど。きっとアレク兄上にとっては、何よりも嬉しい贈り物だろう」

 今まで話すことはできなかったが、ユリウスもその魔導具の制作には賛成してくれるようだ。

 だが、今のサルジュに制作を頼むことは難しい。

 実際に取り掛かれるのは、随分後のことになってしまうかもしれない。

「それならば、これは私が引き受けましょう」

 エストはそう言って、アメリアからサルジュがまとめていた魔封じの腕輪に関する資料を受け取った。それに素早く目を通して、頷く。

「サルジュが詳細まで書き記しておいてくれたので、これなら私でも制作できます。雨を降らせる魔導具に関しては何もできませんが、こちらならば」

「あ、ありがとうございます」

 どうしたらいいか悩んでいただけに、エストの申し出はとても嬉しいものだった。

 こうして、雨を降らせる魔導具のデータはユリウスに、魔封じの腕輪の改良に関してはエストに手伝ってもらえることになった。

 エストはその資料を持って自分の部屋に戻り、アメリアとユリウスは、夜遅くまで魔石作りに熱中した。

 これで明日、魔石のデータを取ることができる。

 翌朝、アメリアはユリウスと一緒に制作した魔石を持って、学園に向かった。

 サルジュはまだ起きていなかったが、起きたらまた研究に没頭するだろうから、自然に目を覚ますまで、寝かせておいた方がいいだろう。

 研究所に向かうと、そこには珍しくユリウスの姿があった。

 傍にはマリーエもいる。

 ふたりとも、秋に執り行われる結婚式の準備で忙しいはずだが、アメリアの実験を手伝うために来てくれたようだ。

「……ありがとうございます」

 忙しいことを知っているので、魔石作りに協力してくれただけで十分だというのに、ユリウスもマリーエも率先して手伝ってくれた。

「いや、こちらとしても、できることがあった方が有難い。魔導具はサルジュに任せきりになってしまうからね」

「アメリアも、あまり無理はしないでね。あなたに何かあったら、それこそサルジュ殿下は研究どころではなくなってしまうのだから」

 マリーエの言葉に、アメリアも真摯に頷く。

 サルジュが研究に専念できるように、アメリアも気を付けなくてはならない。

 魔法演習所を使って何度も実験したが、サルジュが開発した雨を降らせる魔導具に不具合はなく、正常に稼働している。

 魔石も一度で使い切ってしまうようなことはなかった。

「本当に、ベルツ帝国で使った場合だけ、不具合があるようだな」

 ユリウスは難しい顔をして、そう呟く。

 一応データはすべて記したが、正常な値ばかりで、あまり参考になるとは思えなかった。それでも数値をまとめ、あとでサルジュに見てもらおうと思う。

 協力してくれたユリウスに礼を言って、マリーエとともに魔法研究所に戻った。

「そういえば、来年からエスト殿下が学園長になるそうね」

 廊下を歩きながら、マリーエが声を潜めてそう言う。

「うん。マリーエも、当時のことを聞かれた?」

「ええ。わたくしは、リースたちと同じ学年だったから。当時の学園の雰囲気とか、交友関係とかを尋ねられたわ。でも、わたくしは友人がひとりもいなかったから、あまり詳しいことは知らないの」

 サルジュもマリーエやリースと同学年だが、自分の研究に没頭していだろうし、彼の前で横暴な振舞いをする生徒もいなかっただろう。

 それでもエストは、根気良く聞き込みを続けているようだ。それに、いざとなれば再現魔法で、当時の学園内の雰囲気を感じ取ることもできる。

 それに、アメリアの事件で再現魔法の存在も公になった。

 その再現魔法を使えるエストが学園長になれば、問題行為を起こす者も減るだろう。

 それだけでも抑制になると思うが、エストは表向きだけではなく、真に改革を目指している。

「わたくしも、王立魔法研究所の副所長として、できる限りのことはするつもりよ。この国の将来に関わることですもの。しっかりと頑張らないと」

 マリーエも、決意を込めた瞳でそう言った。

 きっと近い将来、この王立学園は生まれ変わるに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る