外伝

外伝1 護衛騎士の婚約者 前編

 このビーダイド王国は大陸の最北に位置する。

 けれど天候は比較的穏やかで、冬になっても雪が降るのは国内でもごく一部。年中穏やかで過ごしやすかったはずだ。

 それが、年々寒冷化が進み、今年の冬は王都に初めて雪が降った。珍しい光景に子ども達ははしゃいでいたが、あまりよくないことである。

 近年は大陸全土が冷害に悩まされており、食糧不足になりつつある。まだ致命的な状況ではないが、このまま気温が下がり続ければ、どうなるかわからない。

 それでもこの国では数年前から冷害に対応した新品種の小麦が作られていて、それが成果を上げていた。今も開発は進められていて、数年後には間違いなく冷害に適応した新品種が完成するだろう。だからこそ、年ごとに酷くなる冷害にも冷静に対応することができている。

 国の命綱ともいえる、その新品種の小麦の開発を担っているのが、この国の第四王子であるサルジュだ。彼はまだ王立魔法学園に在学する学生だが、土魔法と植物学を専攻している。新品種も彼がいなければ完成しなかっただろう。

 だが冷害に悩まされているのはこの国だけではない。さらに険しい山脈を越えた向こう側にあるベルツ帝国は、こちら側とは違い、雨不足による砂漠化に悩まされているらしい。

 もちろんこの国や他の国にも、土魔法の魔導師はいる。植物学の研究者もいるだろう。

 けれどそこに光魔法の恩恵が加われば、彼の存在は唯一無二のものとなる。

 特にベルツ帝国は、まだ幼かった頃のサルジュを浚おうとした過去がある。

 あのときは光属性の王子なら誰でも良くて、容易に連れ出せそうな一番年下の王子を狙ったのだろうが、今となっては彼の価値はあの頃とは比べ物にならない。

 だからこそ生徒の護衛ではなく、専属の護衛騎士を付けることになったのはわかる。

 でもそれに自分が選ばれるとは思ってもみなかった。

 しかも王太子であるアレクシス直々の指名だ。

 騎士団に所属しているカイドは、エデッド伯爵家の次男である。

 エデッド伯爵家は歴史のある由緒正しい家柄で、昔から様々な家と婚姻関係を結んでいた。

 そのため、生まれる子どもは昔から色々な属性を持っていた。

 今も父は風魔法、母は水魔法の属性だというのに、長男である兄は風魔法。カイドは火魔法で、長女は水魔法。一番下の妹のミィーナは土魔法であった。

 次男のカイドは、火魔法を有効に使うために騎士を目指した。

 入学する前から鍛錬に励んでいたこともあり、学園に入るとすぐに同い年のアレクシスの護衛に命じられる。

 だがアレクシスは、護衛など必要がないほど強かった。

 彼は幼い頃、強すぎる魔力を自身でコントロールできなかったようだ。そのため、剣を持って戦うことでそれを解決していた。

 さらに一番下の弟が誘拐されそうになったことをきっかけに、家族を守りたいとますます剣にのめり込んだ。今では正騎士よりも強くなっている。

 カイドも魔法なしの練習試合で、かろうじて一回だけ彼に勝つことが出来たくらいだ。

 だかそれ以来アレクシスには気に入られたらしく、学園を卒業してからも度々呼び出される。それも剣の相手をしろとか、火魔法と剣の組み合わせの実験に付き合えとか、他愛のない用事が多かった。

 今回もそんな話だろうと、あまり深く考えずに彼の元を訪れていた。

 アレクシスはそんなカイドに、第四王子であるサルジュの護衛騎士になるように命じた。

「サルジュ殿下の護衛騎士、ですか?」

 アレクシスよりも七歳年下のサルジュは、まだ学園の二年生のはずだ。学園自体が厳重に警備されていることもあって、在学中は同じ生徒が護衛として付き従うことになっている。

「それだが、ジャナキ王国から、ベルツ帝国の情報が入った」

大陸の南方に位置するジャナキ王国は、険しい山脈を挟んでベルツ帝国と隣接している。だが山脈の向こう側とは交流もなく、ほとんど情報も入らなかったが、それでも噂くらいは流れてくるらしい。

「こちら側が冷害に悩まされているように、向こうにも大きな問題があるようだ。その解決法を探して奔走しているらしい。だから、学生の護衛では少し心許ない」

 ベルツ帝国が、こちらにまた手を出してくるのではないか。

 アレクシスはそれを心配しているようだ。

 だが、王立魔法学園にはすべての貴族の子どもが通っている。だからこそ、警備もかなり厳重だ。だから、理由は帝国だけではないのではないか。

 そう疑って問いかけると、アレクシスはあっさりと白状した。

「サルジュは研究に集中すると、飲食さえ簡単に忘れてしまう。しかもひとりの方が集中できるからと言って、護衛を置いて行動することも多い」

「……問題だらけじゃないですか」

 いくら学園は守られているとはいえ、ひとりで行動するのは危険だ。アレクシスもよく単独で行動していたが、それは彼が強いからだ。

「カイドが俺の護衛だった頃、いくら撒こうとしてもお前にはすぐに見つかった。サルジュもお前から逃げることはできないだろう。昔から面倒見が良かったし、お前がサルジュの傍にいてくれるなら、俺も安心だ」

 優秀だからと褒められても、あの頃の苦労が蘇ってきてあまり嬉しくはない。

 護衛など必要ないと逃げ回るアレクシスを、ひたすら追いかける三年間だった。

 またあの苦労を繰り返すのかと嘆きそうになるが、主からの命令を断れるはずもない。

「期間は……」

「サルジュが卒業するまでだ。心配するな。アリータ侯爵家には断りを入れているし、リリアーネの了承も得ている」

「……そうですか」

 カイドには婚約者がいる。

 アリータ侯爵のひとり娘で、リリアーネという令嬢だ。

 次男のカイドは彼女と結婚して婿入りする予定だった。結婚もそろそろという話だったはずだ。だがこの話を整えてくれたのはアレクシスで、リリアーネは王太子妃であるソフィアの親友だ。

 婚約者とは円満な関係を築いていたが、結婚はサルジュが卒業するまで延期になるだろう。それも、彼女が納得しているのなら仕方がない。

「わかりました。それで、いつからですか?」

 学生時代からの付き合いという気安さで、投げやりな態度で返答したカイドを咎めることもなく、アレクシスは嬉しそうに告げる。

「明日からだ。もちろん学園内だけでいい。休日は王城の騎士が護衛する」

 学園内だけでいいのなら、楽なものだ。

 このときのカイドはそう思っていた。

 あとからそう思ったことを後悔するなんて、想像もしていなかった。


 王城を出たあと、そのまま婚約者のリリアーネに会いに行くことにした。

 彼女も当然事情は知っているだろうが、きちんと自分で説明した方がいいと思ったからだ。先触れの使者を送り、彼女に渡すための小さな花束と町で評判だという焼き菓子を手土産に持って、アリータ侯爵家を訪れる。

 リリアーネはお茶の支度を整えて、カイドを迎えてくれた。

 挨拶を交わしたあと、持参した手土産を渡すと、彼女は嬉しそうにそれを受け取ってくれた。

「ありがとうございます、カイド様」

 温かみのある麦わら色の髪と、優しい色合いの緑色の瞳がカイドを見つめ、優しく微笑んだ。ソフィアのような光り輝く美貌ではないが、穏やかな彼女といると心が安らぐ。

 アレクシスから第四王子サルジュの護衛騎士に命じられたこと。彼が学園を卒業するまで傍で守らなくてはならないことを告げて、結婚が延期になってしまうことを詫びた。

「わたくしなら大丈夫です。アレクシス王太子殿下からもソフィア王太子妃殿下からも事情を伺っておりますし、恐れ多いことに謝罪のお言葉も頂いております」

 そう言って彼女はにこりと笑った。

 どうやら自分よりも先に、この話を聞いていたようだ。

 休みの日には彼女に会いに来ることを約束して、次の日からカイドはサルジュの護衛騎士となった。








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