第3話
ずっと自分の領地で暮らしていたアメリアは、王都に来たのもまだ二度目くらいだ。
それなのに、なぜか彼女達は自分のことを知っているような様子だった。
(どういうことかしら?)
不思議に思って彼女達を見つめると、アメリアの視線に気が付いたのか、彼女達は少しだけ気まずそうな顔をして、そそくさと離れて行った。
どうして自分のことを知っていたのだろう。
リースの名前を口にしていたので、彼の知り合いだろうか。
だが、それにしてはあまり好意的な視線ではなかった。
リースはそれなりに整った顔立ちをしていたので、彼のことが好きなのかもしれない。
アメリアは、一年ほど顔を見ていない婚約者のことを思う。
王都に来てからリースとは一度も会っていない。でも彼には、新入生歓迎パーティのエスコートを頼む必要がある。
アメリアは寮の管理者を通して面会の申し込みをした。
エスコートは婚約者として当然のこと。いくらリースが忙しいとはいえ、断ることはないだろうと思っていた。
けれど歓迎パーティの前日になってようやく帰ってきた返事は、すまないが会う時間が取れない、というものだった。歓迎パーティのことなどまったく書いていない。
さすがにアメリアもおかしいと思い始めていた。
会うことを頑なに拒絶する婚約者。
こちらを見て、ひそひそと話をする上級生。
何か理由があるのは確かだ。
それにいくらリースが多忙とはいえ、まだ学生の身だ。会う時間も取れないほど忙しいとは思えない。
彼はおそらく、アメリアに会うことを拒絶している。
夏に帰ってこなかったのも、手紙が途絶えたのも、忙しいからではなく、アメリアに会いたくなかったからだ。
そう思うとさすがにショックだが、そうだとしか思えない。
(でも、急にどうして?)
最後に会った日、リースはいつものように笑っていた。
夏には帰って来る。一緒に農作物の成長を見に行こうと言っていたはずだ。
リースの急な心変わりの理由がわからずに、戸惑う。
ここまで露骨に避けられて、それでも会いたいと思うほど、リースに恋をしているわけではない。
(それでも彼の土魔法は、レニア伯爵家には必要だわ)
父は、レニア伯爵家に土魔法が戻ることを切望している。その執念は、ひとり娘のアメリアの意思さえ尊重してくれないほどだ。
たしかに農地拡大は現国王陛下の方針であり、領土だけは広いレニア伯爵家が期待されている部分もあるのだろう。
この国は昔に比べるとかなり農作物の収穫量が減っていて、現在は食糧を近隣諸国からの輸入に頼っている。
理由は、天候の変化によるものだ。
ここ数年。夏になっても気温が上がらない、冷夏が続いていた。
収穫量は年々減少し、近隣諸国から輸入できる量も減っている。
このままでは食糧危機になってしまうと、冷害に適応できるように品種改良が進められている。
けれどまだ、国内に浸透するほどではない。
そんな事情もあり、国王陛下は農地の拡大と、冷夏でも育つ穀物の品種改良を推奨していた。
そんな中、作物の成長を促すことができる土魔法の遣い手はとても貴重である。もしかしてリースに、父がサーマ侯爵家に支払った金を返済しても良いと思うほどの良縁があったのだろか。
(そんなことがあったら、ちゃんと婚約を解消するための手続きをしてくれるはず。……理由は何なのかしら)
アメリアとの婚約をキープしたまま他の縁談を模索しているのは失礼な話だが、向こうは格上の侯爵家である。
それでも父が簡単に諦めるとは思えず、さらに金額を上乗せして交渉するかもしれない。
もちろん、アメリアの意思とも関係なく。
だがすべて想像でしかない。とにかくリースと会わないことにはどうにもならないと思い直す。
新入生歓迎パーティには、在校生も全員参加する。きっとそこで会えるだろう。婚約者がエスコートをする決まりなのだから、さすがにその日は迎えにきてくれると信じていた。
だが、当日になってもリースからの連絡はなかった。
アメリアは自分で手直しをしたドレスを着て鏡を見る。
そして、深い溜息をつく。
緑色のドレスに金色のアクセサリーは、もちろん婚約者であるリースの色だ。少し丈は短く型は古いが、それでも一番上等なドレスだったはずた。
(今回は、これで行くしかないわね)
レニア伯爵家はドレスも買えないほど貧乏ではない。ただ、辺境の領地に比べると王都の物価は高く、さらに人気デザイナーのドレスともなれば、辺境では一年分の食費と同じくらいの値段だ。
それなのに、流行はすぐに変わってしまう。
だからもう少し王都での生活に慣れたら、流行に関係なく着られる上品なものを、何着か仕立ててもらう予定だった。
アメリアはひとりでパーティ会場の入口に来ていた。
多くの生徒が集まり、婚約者と合流する者もいれば、友人達と集まって楽しそうにおしゃべりをしている者もいる。
皆、華やかで美しいドレスだ。
それを見たあとに、数年前に流行したドレスを着た自分の姿を思い出すと、また溜息が出てしまう。
リースがパーティのことを教えてくれたら新しいドレスが間に合ったのに、と考えてしまう。でもあまり友人がおらず、学園の様子も把握していなかった自分も悪いのだと思い直した。
そろそろ新入生歓迎パーティが始まる時間だ。
でも、リースは来ない。
約束もしていない。
ひとりで行くしかないと覚悟を決めて、アメリアは入口に向かった。
学園内にある大ホールは、在学生全員が集まるとあってかなりの広さだ。
(さすが、王立魔法学園ね)
ホールの入口前にはたくさんの男女がいて、手を取り合って中に入っていく。先に入った者が拍手で迎えるあたり、やはりダンスパーティの形を取っていても学生同士の交流会である。
ひとりで入れる雰囲気ではない。だが後になればなるほど、先に入った者に注目されてしまう。
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