第2話

 この頃になると、アメリアもリースからの連絡を待つようなことはなくなっていた。

 春になれば、アメリアも学園に通うために王都に行く。そこでリースに会えばいい。

 だが父は、なぜかリースから手紙は届いているのか。どういった内容なのかを、しきりに聞いていた。

 後から思えば、父はもうリースの噂を知っていたのだろう。

 リースが娘にどんな対応をしているのか、慎重に探っていたのかもしれない。

 でもこのときのアメリアは、そんなことはまったく知らず、春からの学園生活のことで頭がいっぱいだった。

 王都に屋敷がある大貴族の子息や令嬢なら自分達の屋敷から通っているようだ。でもアメリアのような地方から王都に行かなければならない生徒は、学園内にある寮に入ることになっている。

 学園には三年間通わなくてはならない。

長期休みのときは領地に帰るつもりだが、リースの様子から考えると、学園生活はかなり忙しそうだ。

 それに色々と準備もあるから、入学式のひと月前には王都に移動するつもりだ。

 その間、忙しい父とはなかなか話すことはできなかったが、母とはよく話をした。

「学園には王国中の貴族が集まるから、色々と面倒ごともあるかもしれないわ。もし自分だけで解決するのが難しいと思ったら、すぐに連絡しなさい」

「はい、お母様」

 心配そうな母に、笑顔でそう答える。

 たしかに高位の貴族と関わると大変かもしれないが、同じような階級の人達と仲良くなればいい。


 そうして春になってからアメリアは、リースのいる王都に移動して、学園の寮に入った。

 王都に到着したとき、少しだけリースが迎えにきてくれるのではなかと期待していた。

 でも冬に手紙を送ってきたあとは何の音沙汰もなかった彼が、アメリアを待っているはずもなかった。

 少し残念に思ったが、同じ学園に通うのだからそのうち会えるだろう。

 そう思ってまずは寮の自分の部屋に落ち着き、学園に通う準備をすることに専念していた。

 寮は男女に分かれていて、互いに行き来することができないように厳重に管理されている。

いくら婚約者でも特別ではない。

 会えるとしたら学園でだろうが、アメリアも彼に会うために王都に来たのではない。きちんと魔法を学び、卒業したあとは領地の発展のために尽くすつもりだ。

 いざ王都に来てみると自分のことで精一杯で、あまりリースのことを考えている余裕はなかった。

 学園なのだから勉強だけをしていればいいと思っていたのだが、そこは貴族ばかりが通う学校だ。お茶会やダンスパーティなども頻繁に開かれているようだ。

 しかも学園が開始されるとすぐに、新入生歓迎パーティがあるという。

(入学前にもらった学園スケジュールには、そんなことは書いていなかったのに)

 焦ったアメリアは、慌てて領地にいる母に手紙を送り、ドレスを送ってもらうことにした。

 もともと社交界にはあまり出なかったので、簡素なドレスしか持っていない。急いで送ってもらったのも、数年前に隣の領地のお茶会に招かれたときに作ったものだ。

「婚約者がいるのに、ドレスを贈ってもらわなかったの?」

 そう聞いてきたのは、寮で隣の部屋になったエリカ・コート伯爵令嬢だった。

 アメリアと同じように農業が盛んな領地から来たらしく、初対面のときから気が合って、今はもう友人である。

「そういうもの?」

「ええ。婚約者なら、一か月以上前には入学祝いとして歓迎パーティのドレスを贈るのが普通だわ」

「……そうだったの」

 忙しくて忘れてしまったのかもしれない。そう言うアメリアに、エリカは呆れたように言う。

「馬鹿ね。学園生活なんて言うほど忙しくないわよ。それに侯爵家の子息が、そんな決まり事を忘れるはずがないわ」

 つまりリースは婚約者の役目を放棄して、歓迎パーティがあることさえ伝えなかった、ということか。

(どうしてリースが、そんなことを)

 もやもやとした気持ちを抱えたまま、それでも入学前にやらなくてはならないことはたくさんある。母から送ってもらったドレスは少し丈が短くなっていて、大急ぎで直す必要があった。

 そんな忙しい日々の中。

 ふと、寮内で彼の名前を耳にしたような気がして、アメリアは立ち止まる。

(リース、と聞こえたような気が?)

 振り返ると上級生らしい寮生二人が、こちらを見て何やら囁き合っている。

「あれが例の?」

「思っていたより地味なのね」

 耳を澄ましてみるとそんな悪口が聞こえてきて、アメリアは困惑する。

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