第4話

 こんなことならリースが来てくれるかもしれないなどと期待せずに、さっさと会場に入ってしまえばよかった。

 そう思いながら会場に入るタイミングを伺っていると、ふいに背後から声をかけられた。

「そろそろパーティが始まる。会場に入らないのか?」

「!」

 驚いて振り返ると、ひとりの男子生徒がアメリアを見つめていた。

 王都に来たのもほんの数回。そして他の貴族との交流もほとんどなかったアメリアには、彼が誰なのかわからなかった。

 それでも慌てて頭を下げたのは、一目見ただけで上級階級の人間であることがわかったからだ。

 豪奢な金色の髪に、エメラルドのように透き通った緑色の瞳。

 見惚れるほど整った顔立ち。

 背はそれほど高くはなく痩身だが、それでも静かに佇んでいるだけで威厳を感じさせる。それでいて物腰は穏やかで、アメリアを見つめる視線も優しい。

「いえ、あの。婚約者と連絡が取れなくて。会えないかと思って、待っていたのですが」

 失礼のないようにしなければと必死に答えると、彼は頷いた。

「そうか。でも、もう開始の時間だから、君の婚約者は会場の中で探したほうがよさそうだ」

 そう言って、アメリアに向かって手を差し伸べる。

「会場までエスコートしよう」

「え、でも……」

「女性をひとりで入場させるのは忍びない。私に婚約者はいないし、君の婚約者も、私なら変な勘違いをすることはないだろう」

「……はい。お願いいたします」

 格上からの誘いを断るわけにはいかない。

 アメリアはおずおずと彼の手を取った。

 農作業をして荒れた自分の手とはまったく違う、滑らかな手触り。歩く姿でさえ洗練されていて美しい彼は、いったい誰なのだろう。

 失礼のないようにしなさいと、母から学園に入学する前に在籍している高位貴族と王族の存在は教えられていた。

 第三王子殿下と公爵家令息は三年生。

 公爵家令嬢と第四王子殿下は、リースと同じ二年生である。

 アメリアと同じ新入生には、侯爵家令嬢がいるらしい。

 手を取ってエスコートをしてくれる彼が誰なのか、必死に考える。

 いくら同じ学園に通うとはいえ、そんな方々と伯爵令嬢とはいえ辺境の地に住んでいたアメリアが接触することはないだろう。そう思って、名前や特徴などをきちんと調べておかなかったことが悔やまれる。

 アメリアがそんなことを考えているとも知らずに、彼はその手を取って、パーティ会場に足を踏み入れた。

 アメリアも何度かリースにエスコートしてもらったことはある。でも歩幅を合わせ、歩きやすいように誘導してくれる彼のエスコートはとても優雅で、これが上流階級のエスコートなのかと少し感動を覚えるほどだ。

 拍手で迎え入れてくれた生徒達がふたりの姿を見て騒然とする。

 彼は他の生徒のように、入口で立ち止まって一礼しなかった。

 ぎこちなくカーテシーをしたアメリアが顔を上げると優雅に微笑んで、そのまま手を取って歩き出す。

 それを見たアメリアの足は震えていた。

 在校生の中には王族もいる。絶対王政のこの国で頭を下げないということは、彼自身も王族だということだ。

 第三王子であるユリウスには、侯爵令嬢の婚約者がいる。

 ならば婚約者がいないと言っていた彼は、第四王子であるサルジュなのか。

(そんな、どうしよう……)

 そう結論を出しても、自分の手を取って歩いている人が王族だなんて信じられなくて、何度も立ち止まりそうになる。

 でも威厳のある姿も優雅で柔らかな物腰も、彼が王族だとわかれば当たり前のことだ。それに冷静になってみれば、彼の持つ光の波動が感じ取れる。王族は魔力が桁違いに多く、さらに光属性の魔法を使うことができるのだ。

 光魔法は、すべての属性魔法と同じような効果があると聞いている。

 火魔法のように攻撃を。風魔法のように補助魔法を。

 水魔法のように癒しを。土魔法のように豊穣をもたらすことができるのだ。

 誰もが、そんな王族にエスコートされているアメリアを見ている。

それも当然かもしれない。今まで婚約者のいなかった第四王子が、見知らぬ令嬢の手を取って入場してきたのだ。

「君の婚約者は見つかった?」

 当のサルジュは、注目されることなど慣れ切った様子で、落ち着いた声でアメリアに問いかける。

 慌てて周囲を見渡してみたが、リースらしき姿はなかった。

「いえ……。残念ながら」

 ひとりで会場に入るよりも注目されてしまったが、あとは壁の花でいればいい。そう思って、サルジュの手を離そうとした。

 あとは丁寧に礼を述べて彼の傍から立ち去れば、痛いくらいの視線から解放される。

 そう思っていたのに。

「そうか。それなら、せっかくだからこのまま踊ろうか」

「えっ?」

 さすがにサルジュは、強引に連れ出すようなことはしなかった。

 それなのに穏やかで優しい笑みとほんの少しの誘導で、アメリアは彼から逃れることができなくなっていた。

 気が付けば会場の真ん中で、サルジュに手を取られて見つめ合っている。

(えっと、どうしてこんなことに?)

 音楽が流れ、周りの生徒達も踊り出す。

 ファーストダンスなのだから、みんなそれぞれ婚約者か、その候補と踊っているのだろう。

 アメリアには、リースという婚約者がいる。

 でもリースとは会うこともできず、なぜか第四王子のサルジュと踊ることになってしまった。

 戸惑いながらも、ここまで来て逃げ出すわけにはいかない。

 彼のリードは巧みで、こんなに軽やかに踊れたのは初めてだった。

 ダンスは好きだった。

 でもリースはあまり好きではなかったから、ふたりで出席したパーティも、いつも踊らずに眺めていただけだ。

 でも今は会場の真ん中で思い切り踊れる。

 その楽しさに、つい相手が王子殿下であること。この会場にリースがいるかもしれないことを忘れて、夢中になっていた。

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