第5話
音楽が止まる。
我に返ると、サルジュがアメリアの手を握ったまま尋ねる。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
「し、失礼いたしました。わたくしはレニア伯爵グロンドの娘、アメリアと申します」
「ああ、小麦の生産では国内一と言われている、あのレニア伯か」
ぱっと明るくなったサルジュの表情に、周囲の人達がざわめく。話の内容は聞こえなくても、彼が嬉しそうに笑みを浮かべた場面を見たのだろう。
「よかったら今度、領地の様子を教えてほしい」
「……はい。わたくしでよろしかったら」
第四王子がなぜ、あんな辺境の地に興味を持つのだろう。
不思議に思ったが、国王陛下は農地を増やすことを推奨している。彼も王族として、その政策に携わっているのかもしれない。
「もう少し君と話してみたいが、これから王城に戻ってやらなければならないことがある。すまないが、先に失礼するよ」
エスコートしたのに、最後まで送り届けられないことを詫びてくれたが、アメリアは慌てて首を振る。
「いえ、とんでもございません。ここまで連れてきていただいてありがとうございました。ダンスも、とても楽しかったです」
令嬢らしくない返答だったかもしれない。それでも、楽しかったことを伝えたくてそう言うと、サルジュは穏やかに笑みを浮かべ、アメリアの手の甲に口づける。
「アメリア嬢。どうぞ楽しい夜を。また学園で会いましょう」
そう言うと、颯爽と立ち去っていく。
アメリアは彼と踊ったのが信じられなくて、その姿が見えなくなるまで見送っていた。
次の音楽が始まって、我に返る。
いくら相手が第四王子で断ることは難しかったとはいえ、アメリアには婚約者がいる。リースに申し訳ないような気持ちになってしまう。
踊り出す人達の邪魔にならないように急いで壁側に移動すると、駆け寄ってきた人がいた。
「アメリア、どういうこと?」
「……あ、エリカ」
友人のエリカだった。
アメリアは気持ちを落ち着かせるために大きく深呼吸をすると、彼にエスコートされるまでの経緯を彼女に伝える。
「婚約者が来てくれないかと思って待っていたの。でも、ひとりで入りにくくて。入口で躊躇っていたら、声を掛けていただいて」
「……なるほどね」
エリカはアメリアの話を聞くと、ようやく納得できたとでも言うように頷いた。
「偶然だったみたいだけど、これから大変よ。何せ、いつも穏やかで柔らかな微笑みを絶やさないあのサルジュ殿下が、あんなに嬉しそうにあなたと踊っていたもの」
「それは……」
楽しそうだったのだろうか。
アメリアは思い切り踊れた感動に、あまり彼に意識を向けていなかった。
「そういえば、私の領地の話を聞かせてほしい、とおっしゃっていたわ」
「それはそうよ。サルジュ殿下は土魔法の専門家だもの」
「えっ?」
驚いて顔を上げれば、そんなことも知らなかったのかと呆れられた。
王族は光魔法を使う。
つまり全属性の魔法を使えることになるが、それぞれ専門があると言う。
「王太子殿下は攻撃を主とした火魔法の専門家。第二王子のエスト殿下は、補助魔法である風を。第三王子のユリウス殿下は治癒魔法を中心とした水を。そしてサルジュ殿下は、土魔法の専門家なのよ」
「……そうだったの」
アメリアがあれほど焦がれていた土魔法。
その専門家であるサルジュが領地に興味を持ってくれたのはとても光栄で、得難い名誉である。
それなのに何も知らない自分は、戸惑ったような顔をしてしまった。
「わたしは、もっと色々なことを知るべきね」
「そうね。さすがにそう思うわ」
エリカが婚約者と踊っている間も、アメリアはひたすら反省していた。
だからこそ、周囲から向けられる敵意にも似た視線に気が付くことはなかった。
そのまま壁の花になって時間を潰し、場が崩れてきたことを見計らって会場を離れる。
とうとうリースを見つけることはできなかった。もともと何の連絡もなかったのだから、出席していなかったのかもしれない。
入学試験、そして歓迎パーティ―も終わり、明日から学園生活に突入する。
大量の教科書を渡されたが、中身はほとんど家庭教師から学んだことばかりだった。
きっと他の生徒も同様だろう。
貴族だけが通うこの学園では、勉学よりも人脈作りを重要視している。だからリースの言うように、帰る暇もないほど忙しいということは、あり得ないのだ。
(今になってよく考えみると、不自然な言い訳よね)
どうしてそのまま信じてしまっていたのだろうと、自分の愚かさに溜息が出てしまう。
きっとリースは何らかの理由があって、アメリアに会うのが嫌になったのだ。
たしかに王都はとても賑やかで発展しているし、学園に通っている令嬢達も洗練されていて美しい。その中で暮らしているうちに、田舎の領地と、地味な容姿のアメリアに嫌気がさしたのかもしれない。
(それならきちんと伝えて欲しかった……)
今までは婚約者として、それなりに仲良くしてきたつもりだった。それなのに、当たり障りのない言葉で誤魔化されてきたのかと思うと、虚しくなる。
だが、リースの不誠実はそれだけでは終わらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます