第6話

 クラスは、入学試験の成績順で分けることになっている。

 昔から家業の手伝いをしたくて魔法を積極的に学んでいたアメリアは、成績優秀者が選ばれるAクラスになることができた。

 残念ながら友人のエリカはBクラスだった。

 しかもAクラスはほとんど王都に住んでいる上位貴族ばかりで、ひとりだけ地方出身のアメリアはクラスで浮いた存在だった。

 いくらここが貴族社会の縮図であろうと、建前は学園だ。勉学に励んでいれば、浮いていたとしても実害はないだろう。

 そう思っていたのに、学園生活がスタートしてから数日後には、アメリアは自分がただ浮いているだけではないと思い知る。

 重要な連絡事項を……。たとえば授業の変更だとか、必ず提出しなくてはならない課題の締切などの連絡を回してもらえない。

 必要があって話しかけても、誰も答えてくれない。

 アメリアが地方貴族だからか。それともアメリア自身に問題があるのか。

 理由がわからないまま、疎外感は日に日に強まっていく。

 さらにBクラスになったエリカを廊下で見かけ、声を掛けようとしたとき。彼女はアメリアを見るとさっと顔色を変え、逃げるように走り去って行ったのだ。

(そんな……)

 友人にも逃げられ、理由もわからないまま孤立して、思わず涙が滲む。必死に涙を堪えて校舎の外に駆け出した。

 貴族の令嬢として、はしたない行為だとわかっている。でも、こちらを見て笑っているような人達の前では、絶対に泣きたくなかった。

 でも涙を堪えるのが精一杯で、周囲をよく確認してしなかったのは迂闊だった。校舎の角を曲がった際、そこに立っていた人に全力でぶつかってしまう。

「!」

 ぶつかった相手は、受け止めようとしてくれたようだ。

 だがアメリアは全力で走っていたし、そこに角を曲がったことによる遠心力も込められていたのだろう。勢いのついた身体を支えきれなかったようで、アメリアは相手も巻き込んで地面に転がっていた。

「うっ……」

 足首にずきりと痛みが走る。

 でも自分のことよりも巻き込んでしまった相手に謝ろうと、アメリアは顔を上げて謝罪の言葉を口にしようとした。

「あ、すみませ……」

 だが背後から強い力で腕を引かれ、ぐいっと押さえつけられる。

「……痛っ」

 大きな力強い腕は、男性のものだ。

 アメリアは背後から男子生徒に、地面に押さえつけられていた。

「ロイ。彼女を離せ」

 聞き覚えのある声がして、アメリアを拘束する腕が緩んだ。

 顔を上げると、アメリアがぶつかって巻き添えにしてしまった人が、傍にいた別の男子生徒の手を借りて起き上がっていた。

「すまない。受け止めるつもりだったのに、転ばせてしまった。怪我はないか?」

「……サルジュ殿下」

 勢いよくぶつかって、押し倒すような恰好で巻き添えにしてしまった。その相手がこの国の第四王子であるサルジュだと知り、アメリアは足の痛みも忘れ、慌ててその場に跪く。

「も、申し訳ございませんでした」

 王族にぶつかって転ばせてしまったのだから、その護衛に押さえつけられるのも当然だ。

「ああ、君か。何だか君とは縁があるようだね」

 それなのにサルジュはまったく気にした様子もなく、むしろアメリアだと知ると嬉しそうにそんなことを言う。

 そして地面に座り込んだままのアメリアに手を差し伸べようとして、顔を顰めた。

「……ッ」

 右手首を押さえているので、転んだときに痛めてしまったのかもしれない。

 アメリアは青ざめた。自分の不注意で王族に怪我を負わせてしまったら、間違いなく不敬により罰せられる。

 彼の傍にいた側近らしき男子生徒が、慌てた様子で彼の手を取る。

「殿下、酷く痛みますか?」

「いや、少し捻っただけだろう。たいしたことはない。それより」

 サルジュは地面に座り込み、蒼白な顔をしているアメリアに視線を移す。

「彼女を立たせてやってほしい」

「……」

 アメリアを押さえつけていたロイと呼ばれた男子生徒と、サルジュの傍にいる男子生徒は、互いに顔を見合わせている。

 どちらも手を差し伸べたくないのだろう。

 忘れかけていた涙がまた滲みそうになった。

 王都に来てから、このようなことばかりだ。

 知り合いもいないし、何かをした覚えもない。それなのにどうしてこんなに嫌われているのか。

 自分に非があるのかと思ったが、理由がわからないのでどうしようもない。

 それでもこれ以上見苦しい姿は晒せないと、アメリアは自分で立ち上がろうとした。

「……あっ」

 けれど捻ってしまった足が酷く痛んで、立ち上がることができずにまた転びそうになる。

「危ない!」

 支えてくれたのはサルジュだった。

 彼も咄嗟のことで、つい利き手を差し出してしまったのだろう。その行動で負傷した右手に負荷が掛ったのか、声を押し殺す。

「サルジュ殿下。申し訳ございません」

 慌てて離れようとしたが、背中に腕を回されて動きを封じられてしまう。

「動かない方がいい。足をくじいたようだね。医務室に連れて行こう」

 抱き上げられて、息を呑む。

 アメリアは小柄だが、負傷した手で抱えるのは負担になるだろう。

「そんな、殿下。お怪我が」

 制しようとしたが、サルジュはアメリアを抱えたまま学園に戻ろうとする。

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