第28話

 リースは行方不明のまま退学処分になったようだが、正式な調査が行われていないので、セイラにはまだ処分が言い渡されていなかったようだ。

 だからセイラの実家のカリア子爵家では、リースを、娘を誘拐したとして告発する準備をしているらしい。

 それに対してリースの父であるサーマ侯爵は、セイラをリースと正式に婚約させることで告訴を避けようとしていた。

 この婚約のために、両家の間には色々な取引があったようだ。

 カリア子爵家は告訴を取り下げて、サーマ侯爵家の申し出を受け入れたらしい。

 リースとセイラは不在で、今はどこにいるかもわからないのに、こうしてふたりの婚約が成立した。

 それを知ったら、真実の愛がついに実ったと喜ぶのだろうか。

 もしふたりが見つかれば正式に処分が決定し、セイラも退学になるだろう。それまでの形式的な婚約だが、サーマ侯爵家もカリア子爵家も今は体面を保つことだけを考えているようで、ふたりの捜索も形だけ。むしろ行方不明のままでいてほしいと願っている。

 だが学園側ではきちんと捜索してふたりを連れ戻し、然るべき処分を与える予定である。

 もちろんアメリアとリースは、正式に解消された。

 両親は事実を知ると、すぐにサーマ侯爵家に抗議し、正式に婚約解消の手続きをしてくれた。

 父は、アメリアに非がないことを示すためにも必要なことだと、リースの不義を理由に慰謝料の請求もしたようだ。

 サーマ侯爵家は息子が駆け落ちなどという醜聞の上に、さらにカリア子爵家との取引でかなり困窮しているらしい。

 それでも非は息子にあるからと、慰謝料の支払いに応じてくれたようだ。

 だが、今までのような付き合いはもうできない。

 父親同士が長年築き上げた絆さえも壊してしまい、さすがにこの時はアメリアも、自分がリースの罠に気付かなかったせいだと落ち込んだ

 さらに父は、まだアメリアの結婚を諦めておらず、新しい婚約者選びに奔走しているらしい。

 母は、アメリアは優秀なのだから研究員の道を進ませたらどうかと言ってくれたらしいが、聞き入れてくれない。

 父がそこまでアメリアに拘るのは、実子に領地を継がせたいだけではない。

 土魔法の遣い手は、女性よりも男性の方が多いのだ。父はまだ土魔法を伯爵家に蘇らせることを諦めていない。

 父は従弟の婚約者として土魔法を使える女性を探すよりは、アメリアの相手として男性を探す方が、確率が高いと知っているのだ。

 だがアメリアは長年の婚約を白紙に戻したばかりであり、土魔法の遣い手は貴重である。そう簡単には見つからないだろう。

 その間にアメリアは予定通り、勉学に励むだけだ。このまま婚約者が決まらなければ、父も諦めてくれるだろう。

 母も叔父も従弟も、父以外の人間は伯爵家を従弟が継ぐことに同意している。

「だからといって、毎日閉校時間まで自習室で勉強するのは、少しやりすぎよ」

 そう言ってアメリアを窘めたのは、マリーエだ。

 ひとつ年上の彼女は、まるで姉のように面倒を見てくれる。

 あれから元のクラスに一度も行っていないアメリアにとって、彼女が唯一、友人ともいえる存在だった。

「昼はきちんと食事をしているの?」

「はい。それは、サルジュ様とご一緒なので」

 ユリアンに頼まれていたので、昼だけはサルジュと一緒に食べるようにしている。

 もっとも、図書室にいる彼を呼びに行くはずがふたりで本に夢中になり、気が付けば放課後だったことは何度もある。

 カイドは何度もふたりに声をかけたようで、疲れ果てたような顔をしていたのが申し訳なかった。

 サルジュと同じクラスのマリーエは、彼がアメリアよりもさらにひどいとよく知っているのだろう。

 複雑そうな顔で言った。

「あなたとサルジュ殿下は相性が良いのか、それともむしろ一緒にいるともっと危険になってしまうのか、わからないわね」

 勉強にのめり込むアメリアをマリーエが。研究に熱中すると飲食さえ忘れてしまうサルジュを兄のユリウスが面倒を見ているうちに、四人でいることが多くなった。

 ふたりはよく情報交換をしているようで、サルジュとアメリアがいなくとも一緒にいるようだ。

「兄上は多分、マリーエ嬢と婚約すると思うよ」

 データ作成を手伝ってほしいとサルジュに頼まれ、王城に来ていたアメリアは、サルジュの言葉に思わず頬を緩めた。

「それは、おめでとうございます」

 何度も顔を合わせるうちに、二人は親しくなっていた。

少し気の強いマリーエが、ユリウスを前にすると頬を染めて黙り込んでしまうようになり、微笑ましいと思っていた。

 マリーエは伯爵令嬢だが、エドーリ伯爵家は資産も力もある家だ。彼女が噂に迷わされずにアメリアを助けたことも、決め手になったようだ。

「アメリアの方は、無事に婚約は白紙になったと聞いたが」

「はい。リースとの婚約は正式に解消されました。ですが父はまだ、私の新しい婚約者を諦めていないようで……」

 土魔法が使える者ならば誰でも構わない。

 なりふり構わず探している父には、少し恐怖を感じる。

「そうか。だがレニア伯爵はなぜ、そこまで土魔法に拘る?」

 土魔法はたしかに農地が多い領地にとっては貴重な存在だが、当主がその遣い手である必要はない。

「それは、おそらく曽祖父のことがあったからだと思います」

 レニア伯爵家から土魔法が失われるまでは、その土壌改良魔法や成長促進魔法などで、かなり領地を富ませていた。だが今は天候不順のせいもあり、以前の半分ほどの収穫量しかない。

 こんな状況だからこそ、土魔法の復活を。

 父はそう願っている。

 母やアメリアの声が届かないほど、強く。

「ならば、水魔法の価値をもっと高めればいい。当主が水魔法を使えないのは損失だと思われるほどに」

「サルジュ様?」

 彼は、資料として積まれた本とアメリアのデータ。そして、サルジュ自身が書き記した論文をアメリアの前に並べる。

「新品種の小麦は冷害に強いが、虫害に弱い。それが水魔法で解決できるかもしれない」

「……水魔法で」

 水遣りにしか使えないと思っていた水魔法が、領地の役に立つかもしれない。その可能性に、アメリアは胸を高鳴らせる。

 新品種の小麦は、虫害にさえ合わなければ育ちも良く、収穫量も多い。虫害を防ぐ方法があれば、以前と同じくらいの基準まで戻るに違いない。

 そしてサルジュの言うように、その魔法を実装することができれば、治癒魔法だけが注目されていた水魔法の認識を改めることになるだろう。

「この魔法を作り出す。だが、水魔法は私の専門ではない。そのためにアメリアの力を貸してほしい。色々とあった後で大変かもしれないが、もちろん試験勉強の合間で構わない」

「はい、サルジュ様。私でよければ何でもさせていただきます」

 彼の言葉に、アメリアは何度も頷いた。

 新しい魔法を作ることは、簡単なことではない。

 だが、サルジュなら可能だろう。

 その手助けができるなんて、とても光栄なことだ。







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