2-14
カイドは随分遠くまで飛ばされてしまったようで、サルジュとアメリアの姿を求めて砂漠を歩き回っていたようだ。
ふたりを見つけた途端、安堵したのか膝をついている。
サルジュはそんなカイドに、アメリアが連れ去られそうになったこと。彼女に渡していた魔導具が発動し、サルジュがアメリアの傍に転移したこと。咄嗟にサルジュに手を伸ばしたカイドが巻き込まれたことを説明していた。
「巻き込まれたというか、むしろ置いて行かれたら困ります。ところで、アメリア様を浚おうとしたのは誰ですか?」
カイドの問いに、アメリアはすべてを話すことにした。
「実は、宿に入ったばかりのとき、クロエ王女殿下が恋人と抱き合っているところを見てしまって。ふたりは、駆け落ちの相談をしていたのです」
「駆け落ち?」
そう問い返したサルジュに、こくりと頷く。
「クロエ王女は、そんなことまで」
「それが、彼女の意思ではなかったようです」
アメリアはクロエとの話をすべてサルジュに打ち明けた。
「その記憶や意識を操作する「魔法もどき」で、クロエ王女はその男を恋人だと思い込まされていたのか」
「はい。記憶は混濁しておりましたが、亡き王女殿下との約束も覚えていらっしゃいました。亡くなった王女殿下の代わりに、立派に役目を果たしてみせると誓ったそうです」
「……卑劣な」
嫌悪を露にしてそう呟いたカイドは、周囲を見渡した。
「その男は、ベルツ帝国の者だった可能性が高いですね」
「そうだろうな。それに、その「魔法もどき」が何なのか気になるところだ。彼は他に何か言っていたか?」
「たしか、自分のことも魔導師のなり損ないだと。属性魔法は使えないと言っていました」
「なるほど。なり損ない、か」
サルジュはそう呟き、深く考え込んでしまう。
そんなサルジュにカイドは、ここは危険だと忠告する。
「ここがベルツ帝国であること自体危険ですが、特にこの砂漠に長く滞在していては、体力を奪われます。もう少し過ごしやすい場所を目指して移動しましょう」
「そうですね」
アメリアはすぐに頷いた。
照りつける太陽は強く、じっとしているだけで汗が滲む。
これほどの暑さを、アメリアは今まで知らなかった。このまま立ち尽くしていたら、かなり体力を消耗してしまうだろう。
「でも、どこに移動したら……」
見渡す限り乾いた大地が広がっていて、どこに移動したらいいのか見当もつかない。
けれどカイドは自分が歩いてきた方向を指す。
「向こうに、休める場所がありました。そこに移動しましょう」
彼に案内されて、砂漠を歩く。
乾燥した大地はひび割れて、ところどころ隆起しているため、何度も転びそうになってしまう。その度にサルジュやカイドが支えてくれた。
ふたりに助けられながらしばらく歩くと、崩れかけた家が見えてきた。
かなり古い建物だが、まだ崩れ落ちてはいない。太陽の光を防ぐことはできるだろう。
(こんなところに家があったなんて)
周囲を見渡してみても、ひび割れた大地が広がるばかり。
ここは最初から砂漠だったのではなく、長い年月の中で少しずつ礫砂漠になってしまい、やがて人の住めない場所になってしまったのだろう。
最初に安全は確認していたようだが、それでもカイドが先に入り、家の中を確認する。
「アメリアも中に。少し休んだ方がいい」
サルジュにそう促されて、カイドが調査を終えた家の中に入る。
三人とも荷物は何も持っていない。だからここに長く留まることはできないが、今は休息が必要だった。瓦礫や砂を取り除き、その上にカイドが上着を敷いてくれたので、その上に座り込む。
「アメリア」
隣に座ったサルジュが、そっと肩を抱き寄せてくれる。
「怖かっただろう。駆け付けるのが遅くなってすまない」
「いいえ、そんなこと。わたしの方こそ、諸々のご報告が遅れてしまって申し訳ありません」
「クロエ王女のことを思っていたのだろう?」
アメリアは優しいから。
そう言われて、恥ずかしくなって俯いた。
「でも、わたしの迂闊な行動のせいで、サルジュ様を巻き込んでしまいました。よりによって、ベルツ帝国に飛ばされてしまうなんて」
アロイスは魔法で移動しようとした。そこにサルジュが干渉してアメリアだけを取り戻したので、あの場にはクロエだけが残されたはずだ。
たったひとりで残されて、しかもアメリアが連れ去られているところを目撃してしまったのだ。きっと困惑しているに違いない。
「クロエ王女殿下は、大丈夫でしょうか……」
「ああ、兄上に確認してみよう」
アメリアの言葉に、サルジュはそう言った。
「え?」
驚くも、以前ユリウスが言っていたことを思い出す。
「遠くにいる人と話すことができるという、あの光魔法ですか?」
「そうだ。すぐに兄上から連絡が来ていたから、情報交換をしている。クロエ王女は兄上に保護されたようだが、自分のせいだと泣くばかりで状況が掴めなかったようだ」
そこでサルジュがアメリアに聞いた話を伝えたところ、向こうではようやく落ち着いたようだ。
「どこにいるのかと聞かれたが、明確な答えは、確信が持てるまでは伝えていない。おそらくベルツ帝国だとは思うが」
そう言ったあと、サルジュは疲れたように深く息を吐く。
「サルジュ様……」
「ユリウス兄上だけならまだしも、事情を知った父上、アレクシス兄上、エスト兄上からも連絡が来て、少しうるさいくらいだ。詳しいことがわかったら連絡すると言って、一度遮断した」
急にサルジュが姿を消したのだから、もし光魔法で連絡を取ることができなかったら、大騒ぎになっていただろう。
「リリアーネとマリーエ嬢にも、事情を説明してもらった。ふたりは率先してクロエ王女の面倒を見てくれているようだ」
「そうですか。ありがとうございます」
あのふたりに任せておけば安心だと、アメリアもほっとする。
無事に戻ったら、あのふたりにもきちんと謝罪しなければならない。
(これでクロエ王女殿下は安全だわ。よかった……)
クロエのことで悩み、アロイスに捕えられて連れ去られそうになって、アメリアもかなり疲弊していた。サルジュに肩を抱かれ、目を閉じているうちに、いつの間にか眠ってしまったようだ。
ふと目が覚めると周囲は暗闇に包まれていて、暖炉だった場所に火が点されている。
カイドは少し離れた場所で見張りをしているようだ。
(サルジュ様は……)
彼は眠ってしまったアメリアを腕に抱いたまま、静かな瞳で建物の外を見つめていた。
「あの、すみません。眠ってしまいました」
そっと声を掛けると、サルジュはアメリアに視線を移し、優しく言った。
「体調はどうだ? もう少し休んだ方がいい」
「サルジュ様もお休みになった方が」
「私は大丈夫だ。少し、考えたいことがある」
そう言ったサルジュは、視線をまた建物の外に向ける。
研究に集中しているときの、彼の瞳だった。
アメリアも彼と同じ方向を見つめる。
「砂漠というのは、砂ばかりだと思っていました」
「そうだね。だがベルツ帝国には、もともと砂漠がなかった。雨が少なくなり、気温が上がり続けた結果、乾燥した土壌となったのだろう」
植物は育たなくなり、人々はこの地を捨てて他に移り住んだ。
「色々と調べてはいたが、実際に目をすると衝撃的だ。ベルツ帝国はこんなにも砂漠化が進んでいたのか」
アメリアも静かに頷いた。
最初に砂漠化した土地を見たとき、サルジュと同じようにかなり驚いた。
ここまで乾燥してしまっては、いくら水魔法をかけても簡単にはもとに戻らないだろう。
「私のアメリアを連れ去ろうとしたことを、許すつもりはない。けれど、これでは帝国民の生活にも支障が出ていることだろう」
「そうですね。これでは作物どころか、木さえも枯れ果ててしまっているようです」
アメリアの答えに頷いたあと、サルジュはまた深く考え込んでしまった。
今はうるさく話しかけないほうがいいだろうと判断し、アメリアもそのまま目を閉じる。
明日は動き回らなくてはならないかもしれない。そのためにも、体調は万全にしておきたい。
もう少し休めば、体力はかなり回復するだろう。
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