2-15
そのまま朝になったようだ。
食糧は何もないが、水ならばアメリアの魔法で無限に出せる。
今回は緊急事態だということで、ビーダイド王国の国王から一般魔法を使用しても良いという許可が出たと、サルジュが伝えてくれた。
だがあまり大きな魔法を使うと、魔力を探知されてしまうかもしれない。だから必要な一般魔法だけということになった。
もちろん、緊急事態になったら別だ。
そのときは、サルジュはもちろんアメリアとカイドも、魔法を制限などしなくても良いと言われている。
「アメリア様がいてくれてよかった。サルジュ殿下とふたりだったら、まず水の確保をしなければなりませんでした」
カイドはそう言って感謝してくれるが、そもそもアメリアが連れ去られなかったら、ふたりも巻き込まれることはなかった。
それでも、いつまでも水ばかりで過ごすわけにはいかない。
あれからアロイスがどうなったのかも気になる。明日から食糧を探しに行かなくてはならないだろう。
けれど、ここがどこかわからない以上、むやみに歩き回るのは危険だろう。
「他に休める場所があるとも限らない。ここを拠点として、しばらく周辺を調査してみよう」
そう言ったサルジュの言葉にカイドも同意する。
「わかりました。この周辺を少しずつ調査してみます。ただ、食糧の確保が最優先ですが」
「それなら問題はない。アメリア、少し力を貸してほしい」
サルジュはそう言うと、廃屋の裏庭だった場所に移動した。アメリアもカイドも、慌てて彼の後を追う。
ふたりの目の前で、サルジュは乾燥してひび割れた土に手を当てる。
すると砂漠化していた土は、たちまち元の柔らかさを取り戻した。サルジュはそこに何かの種を植えると、アメリアに言った。
「水遣りを頼む」
「はい、わかりました」
アメリアが水魔法でたっぷりの水を与えると、サルジュはさらに成長促進の方をかける。たちまち種が芽吹いて成長し、果実を実らせた。
あまりにもあっという間のできごとに、アメリアは息を呑む。
「……すごいです。そんなことが本当にできるなんて」
土魔法はたしかに成長を促進させるが、ここまで急激に成長した例を、今まで見たことがない。
「本来ならこの地に根付くはずのない木だが、土魔法で維持している限り実をつける。しばらくはこれで凌げるだろう」
サルジュは果実を採り、手渡してくれた。
大きくて赤い、林檎だった。
「みんなで作ったアップルパイを思い出します」
そう言うと、サルジュは柔らかく笑った。
「王都に戻ったら、また作ってほしいな」
「はい、もちろんです。皆で頑張って作ります」
もしかしたら、そこにはクロエも交じっているかもしれない。そう思うと、落ち込んでいた気分が少し上向きになる。
「よく種を持ち歩いていましたね」
カイドも林檎を手に、感心したように言った。
「ジャナキ王国の植物学者と、色々な種を交換した残りだ」
たまたま持っていたらしいが、そのお蔭で飢えることはなさそうだ。
(それにしても、やっぱり土魔法はすごい……)
乾いてひび割れていた大地が、たちまち柔らかな土に変わった場面を目の当たりにして、改めてそう思う。もちろんサルジュの魔法が優れているせいもあるだろうが、種からたちまち成長して実をつけたことも驚いた。
これほど砂漠化してしまったベルツ王国が、魔法の力を切望してしまうのも無理はないのかもしれない。
もちろん、無理やり拉致しようとしたのは許されることではないが。
「サルジュ様。この土魔法はどのくらい効果が続きますか?」
三人で収穫したばかりの林檎を食べ終わったあと、カイドは周辺を探索するために出かけた。
だから今はふたりきりだ。
アメリアは気になっていたことをサルジュに尋ねてみた。
「魔法で無理やり変化させているから、そう長くは持たない。このままだと、半年後には元に戻るだろう。だから魔法で土壌改良をするのは、あまり効果的ではない」
「そうですね……」
半年ごとに土魔法を掛け続けなくてはならないのであれば、サルジュの言うように効率が悪い。彼が土魔法だけではなく、植物学も学んでいるのは、そのためだろう。
「帝国に必要なのは、土魔法よりも水魔法だ。だからアメリアを連れ去ろうとしたのかもしれない」
サルジュがアメリアの手を握る。そのまま抱き寄せられて、素直に身を任せた。
「アメリアは、誰にも渡さない」
「サルジュ様……」
彼の体温を間近に感じて、もう少しでサルジュと引き離されるところだったかと思うと、今さらながら怖くなる。
「指輪を、ありがとうございました。お蔭でサルジュ様のお傍にいられます」
「アメリアが肌身離さず持っていてくれて、本当によかった」
「サルジュ様に頂いたものを手放すはずがありません」
指輪をした手を、もう片方で包み込むように握りしめ、アメリアは祈るように目を閉じた。
「ずっと大切にします」
そんなアメリアを見て、サルジュは嬉しそうに笑う。
研究者ではない、素のサルジュを見るのは随分久しぶりな気がして、アメリアも笑みを浮かべた。
「……あの」
ふと入口から声が聞こえて顔を上げると、居たたまれないような顔をしたカイドが、建物の入口に立ち尽くしていた。
「カイド、戻ったか」
「はい。あの、少し前に。それで、どうやらここはベルツ帝国の南側のようです」
「南……」
「はい。大陸の地図がこうだとすると」
カイドは外に出て、硬くて尖った石で地面に地図を描く。
まず大陸の形を描き、その一番北にビーダイド王国、と書く。そのすぐ下の、左側にエイダ王国。右側にソリナ王国、と記す。その真下にあるのが、ジャナキ王国だ。
「ここに山脈があって、ベルツ帝国の帝都はここです」
山脈を記すために横線を引いたあと、山脈から少し離れた左下に、帝都と記す。
「アメリア様が連れ去られようとしていたのは、この帝都かと。そして現在地は」
大陸の一番南。
帝都を越えてさらに下の方に、カイドは丸を描く。
「この辺りだと思われます」
「そう判断した理由は」
「……海に通じていました」
どうやらこの砂漠の奥は、そのまま海に通じていたようだ。
「随分飛ばされたな。アメリアを取り戻そうと思い切り魔力を込めたから、その分反射したのか?」
地図を見つめながら、サルジュがそう呟く。
ソリナ王国からジャナキ王国、厳しい山脈も越えてさらにベルツ帝国の帝都まで越えたのだから、かなりの距離を移動したことになる。
「サルジュ様、お身体は大丈夫ですか?」
不安になって尋ねると、サルジュは心配ないと言う。
「移動魔法を使ったのではなく、あらかじめ仕込んでおいた魔法が、彼の魔法に反応して発動しただけだ。だが、まさかこんな距離を移動するとは……。アメリアとはぐれなくてよかった」
ひとりはぐれたカイドは、少し複雑そうな顔をして言った。
「帝都からこれだけ離れていれば、簡単には見つからないでしょう。ですが、帰る方法が……」
徒歩で移動するには時間が掛かるし、準備も何もない状態で砂漠を渡るのも危険すぎる。
「移動魔法を使うこともできるが、この距離を一気に飛ぶことはできない」
さすがのサルジュも、これほどの長距離を移動することはできないようだ。ここまで飛ばされてしまったのは、本当に事故のようなものだったのだろう。
「だが、ここに留まり続けることはできない。少しずつでも移動するしかないだろう」
知らない場所なので、どこに出るのかわからない。もしかしたら、帝都の真ん中に出る可能性もある。
そう言われたカイドは、悲壮な顔をした。
「……わかりました。この命に代えても、サルジュ殿下とアメリア様はお守り致します」
「そんな決意は不要だ。ベルツ帝国に魔導師はいない。アメリアを浚った者も、どうやら普通の魔法は使えない様子だ。緊急時には魔法を使う許可が出ている。おそらく、帝国兵は敵にもならないだろう」
静かな口調で、サルジュはそう告げた。
魔法の力はとても強い。
サルジュの言うように、普通の兵士では相手にもならないだろう。もしカイドが傷ついても、アメリアは治癒魔法が使える。たとえ取り囲まれても、移動魔法で逃げることができる。
魔法大国であるビーダイド王国にとって、ベルツ帝国はそれほど脅威ではなかった。
「ただ移動魔法を使うには、父上の許可が必要だ。話が決まるまで、ここに留まる必要がある」
「わかりました。引き続き、もう少し周囲を探ってみます」
カイドがそう言った。
そしてアメリアの役目は、林檎の木に水遣りをして、移動用に少し多めに果実を収穫しておくことである。
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