2-16

 乾いた大地に不釣り合いの木が、青々とした葉を茂らせている。アメリアは慎重に水遣りをしながら、瑞々しい果実を収穫した。

 サルジュの魔法で育った木は、彼がここを離れたら枯れ果ててしまうのだろうか。そう思うと、少しだけ寂しい気持ちになる。

 アメリアの腕には、新品のような籠がある。それに、収穫した林檎をひとつずつ入れていく。

 ここに辿り着いたとき、アメリアが着ていたのは移動用のドレスだった。さすがにその服装では目立ちすぎる。護衛騎士のカイドはまだしも、サルジュも王立魔法学園の制服である。

 だから目立たない衣服が必要だったが、それを手に入れるのは困難だった。

 どうしたらいいのかカイドと話し合っていたが、そこにサルジュがやってきたのだ。

 どこから持ってきたのか、その手には新品のように綺麗な服と、移動用の鞄。収穫用の籠まであった。

「サルジュ様、それは?」

「この家に残されていたものを、魔法で修繕した。これから先に進むためには必要なものだから、緊急事態のうちだ」

「……光魔法には、そんなものまで」

 サルジュが言うには、あの再現魔法を自分なりにアレンジして使ったようだ。

 そう言えばサルジュが使う再現魔法はユリウスとは違っていた。

 ユリウスの魔法が映像だったのに対して、サルジュの使う魔法は、まるでその人がその場にいるような、臨場感のあるものだった。

 光魔法には呪文がないと聞いている。

 だからこそ自由な発想で使うことができるのだろう。

 こうしてアメリアはサルジュが用意してくれた簡素な服に着替え、新品のような籠に林檎を入れている。

 それを持って戻ろうとすると、サルジュが建物の外に立っているのが見えた。

 彼も簡素な服装に着替えているが、シンプルな服装がかえって彼の美貌を際立たせている。思わず見惚れていると、サルジュがアメリアに気が付いて、振り返った。

「アメリア」

 手招きをされて、彼の傍に寄る。

「枯れ果てた大地を再生させるには、どのくらい時間が必要になるか考えていた」

 アメリアの手を握ったまま、サルジュはそう語る。

「魔法で再生させるのは簡単だ。だが、魔法は長くは持たない。さらに何度も同じ場所に掛けていくと、ますます土地を疲弊させてしまう。それならむしろ、このような地でも育つ植物を改良した方が早い」

 ここはベルツ帝国で、ビーダイド王国にとっては敵国も同然。それでもサルジュはこの砂漠を何とかしたいと考え、その方法を探っている。

「だが、雨が少なすぎるのはやはり問題だ」

 やはりサルジュの本質は研究者だ。

 ならばアメリアも、彼の心に寄り沿っていたいと思う。

「砂漠化が進んでいる原因は、雨不足によるもの、ですよね」

「そうだね。データを見てみないと何とも言えないが、土地の様子を見る限り、間違いないだろう」

 天候だけは、どうにもできない。

「あの、サルジュ様。この指輪のことですが」

 アメリアはふと思いつき、サルジュに贈られた指輪を見つめる。

「魔導具ということでしたが、どのような仕組みになっているのでしょうか?」

 そもそも魔導具というものを、アメリアは今まで見たことがない。 

 サルジュは急な話の変化に戸惑うことなく、あっさりと、魔道具は自分が作ったものだと答える。

「付与した魔法は光魔法だから呪文は必要ないが、基本となるもの、この場合は指輪に呪文を刻み込む。その宝石に魔力を込めることによって、魔法が発動する」

 魔力を込めた宝石は、一度使うと力を失ってしまうが、また魔力を込めれば使えるようになると言う。

「雨の魔法を付与した魔導具があれば、魔導師がいないこの国でも、定期的に雨を降らせることができるのでは、と思ったのですが」

「……なるほど、魔導具か」

 サルジュはアメリアの提案に頷き、そこからしばらく考え込んでいた。

「たしかに雨を降らせる魔法だけなら、そう複雑ではないから魔導具に付与できる。稼働するためには魔石が必要になるが……」

 ベルツ帝国とは国交がないどころか、数々の因縁がある相手だ。

 ビーダイド帝国としても無償で提供することはない。けれど向こうは、食糧問題を魔石の購入で解決できるのなら、喜んでそうするだろう。

 だがその辺りは、ビーダイド国王や王太子であるアレクシスの分野である。サルジュとアメリアは、それが実現可能かどうか、研究するだけだ。

「戻ったら早速実験してみよう。ああ、例の肥料の件もあるし、これから忙しくなりそうだ」

 そう言って黙り込んだサルジュは、新しい魔導具の構造について考えているのだろう。アメリアは邪魔をしないように静かに座り、指輪を眺める。

(これをサルジュ様が、わたしのために作ってくださったなんて)

 付与しているのは光魔法なので、詳しくことはわからない。だがアメリアに危険が迫ったとき、サルジュにはそれがわかるようになっているようだ。

 ジャナキ王国では別々に行動していたが、本当はずっとサルジュに守られていた。そのことを実感して、幸せな気持ちになる。

 ふと気配を感じて顔を上げると、砂漠を眺めながら思案に耽っていたサルジュが、アメリアの隣に座った。

「見知らぬ土地で移動魔法を使うのは危険だと、エスト兄上とユリウス兄上が反対している」

 光魔法を使うビーダイド王国の他の王子達と魔法で会話していたようで、サルジュはそう言って溜息をついた。

「だが他に帰る方法がない。いつまでもこの場にいる方が危険だと、アレクシス兄上は言っている」

 なかなか向こうの話し合いは終わらないようだ。

 こんな状況だけに、慎重にならざるをえないのだろう。

「このままでは決着が付かない。だから、カイドが戻ってきたら移動してしまおう」

「……え?」

 思わず聞き返してしまう。

 他国で魔法を使うには、ベルツ帝国の許可はともかく、ビーダイド王国の国王の許可が必要だったはずだ。

 緊急事態は除くと言われているが、まだそれほど切羽詰まった状態ではない。

 だがサルジュは、結論が出る前に出発しようとしている。もしかしたら早く研究を再開したいのかもしれない。

「ですがサルジュ様。エスト様とユリウス様が反対していらっしゃるのは、サルジュ様の身を案じてのことです。ここは、きちんと結論が出るまで待つべきではないでしょうか」

 そう言うと、サルジュは叱られた子どものように俯いた。

「……わかった。アメリアがそう言うなら、おとなしく待つことにする」

「す、すみません。つい……」

 サルジュのことが心配で、思っていたよりも強めに言ってしまったことに、自分でも戸惑った。けれどサルジュは柔らかく微笑んで、首を振る。

「アメリアが謝る必要はないよ。私のことを案じてくれたのだろう? それに、いくら光魔法が強いとはいえ、過信しすぎるのはよくなかった。兄上達が結論を出すのを待とう」

 その後。

 戻ってきたカイドにその話をしたら、何だかとても感謝されてしまった。

 知らない場所での移動魔法は、どこに出るのかわからない上に、消費魔力の量も未知数のようだ。思った以上の魔力を消費してしまって、魔力不足で倒れる場合もあるかもしれないと聞いて、アメリアもぞっとした。

 エストとユリウスの懸念は正しかったようだ。

 食糧事情も、サルジュが他の果実や野菜を植えてみたり、カイドが海から魚を採ってきてくれたりして、解決している。

 再現魔法で修復した鍋を使って、調理できるようにもなった。カイドは火属性の魔法を使うので、野外料理にも重宝する。

 今日の夕食も、カイドが作ってくれた海鮮スープに焼き林檎。そして野菜のサラダである。

「何だか景色が変わってしまいましたね……」

 夕食後、後片付けをしていたアメリアは、廃屋から外を眺めてそう呟く。

 乾いた大地が広がる殺風景な砂漠の片隅に、いつのまにか畑と果実園ができている。

 知らない間にサルジュが光魔法で少しずつ修復しているようで、廃屋も外観以外は綺麗になってきて、なかなか住みやすくなってきた。

 そのサルジュは毎日のように土壌調査をしていた。

 アメリアも彼を手伝って広範囲に雨を降らせる魔法を使っていたら、何だか緑が増えてきたような気もする。

「そうですね。さすがにそろそろ、移動する連絡が欲しいところです」

 慣れた手つきで魚を加工して保存食を作っていたカイドは、そう言って溜息をつく。

 サルジュの護衛に任命されたせいで、他の騎士とは桁違いに苦労しているに違いない。

 だが、もともと王太子のアレクシスと友人らしいので、もしサルジュの護衛にならなかったとしても、平穏であったとは思えない。

 最初から、彼はこういう運命だったのかもしれない。

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