第13話

 もう昼休みも終わる時間だ。

 食堂に行くべきか少し迷ったが、今日はもう食事をするような気分になれなかった。

 昼食はとらずに教室に戻って授業の開始を待とう。そう思って、自分のクラスに戻ることにした。

 少し前まではクラスメイトと一緒にいることさえ苦痛だったが、原因がわかってしまえばたいしたことはない。

 彼女らはアメリアが不在の中で広まっていた噂を入学してからの僅かな期間で真実だと決めつけ、虐げても良い存在だと判断して実行した。その誤った判断の代償は、きっと彼女らが考えているよりも大きなものになる。それを思うと、むしろ原因となってしまったことを申し訳ないとさえ思う。

 もっとも元凶は、そんな噂を流して浮気を正当化しようとしたリースだ。

 教室には数名のクラスメイトが戻っていて、ひとりで戻ってきたアメリアを見て笑いながら何事か囁いている。よく見ればその中心にいるのはユリウスの婚約者、キーダリ侯爵令嬢のエミーラだ。

 生徒会室で聞いた話を思い出して、複雑な気持ちで彼女を見つめた。

 たくさんの令嬢に囲まれたエミーラは、ちらりとアメリアを見ると、意地悪そうな顔で笑う。

「婚約者の迷惑になっているのにその立場にしがみつくなんて、みっともないことだわ。このわたくしだって、ユリウス様のご迷惑になるくらいなら身を引く覚悟はできているのに」

「!」

 あまりのことに、思わずびくりと反応してしまった。

 彼女はアメリアを貶めるためにそう言ったのかもしれない。

 でもエミーラの口にした言葉は、彼女が絶対に言ってはいけないことだ。

(それを言ってしまったら……)

 ユリウスは再現魔法というもので、過去の映像を明確に見ることができる。しかも先ほどエミーラの素行を調査すると聞いたばかりだ。

 あまりそんなことを口にしない方がいい。

 そう伝えようと思ったが、きっと彼女はアメリアの忠告など聞き入れてくれない。むしろエスカレートしてしまい、さらに言葉を重ねるだろう。そうなれば、助けるつもりがますます追い込むことになりかねない。

「さすがエミーラ様ですわ」

「ユリウス殿下に相応しいのは、エミーラ様だけです」

 彼女を取り巻く令嬢達が、口々にそう称賛する。もう見ていられなくなって、アメリアは静かに目を閉じた。

 自分の行いは、いずれ自分に返ってくる。だから誰にでも優しく正直に生きなさいと言っていた母の言葉が、これほど身に染みたことはない。

 笑い合う彼女達のことを意識的に考えないようにして、何か別のことを考えようとした。

(ああ、そうだわ。サルジュ様に見ていただくのだから、明日までもう一度資料を整理しないと。比較するためには、いつもの小麦のデータも必要かもしれない)

 ノートを開き、寮に戻ったらやらなくてはならないことを書き出しているうちに、午後の授業が始まった。

 授業に集中していると、あっという間に時間は過ぎる。

 放課後になると、急いで寮に戻ることにした。

 あまり長く教室に滞在していると、余計なトラブルを招きかねない。それに、これからサルジュに渡すデータを作らなくてはならないのだから時間が惜しい。

 さっさと荷物をまとめて教室を出る。

 図書室の前を通り過ぎようとしたとき、中から生徒が出てきた。ぶつかりそうになったので避けたが、相手はとても驚いたようで、一緒にいた女子生徒を庇うように前に出た。

 急いでいたので軽く会釈をして通り過ぎる。

 寮に戻り、着替えをしてから資料をまとめようとしたところで、はっとした。

(あれ……。さっき図書室から出てきたのって、もしかしてリースだった?)

 ちらりとしか見ていないので、確信が持てない。

 だが金色の髪をした背の高い青年は、背後の女性を庇うように前に出ていた。もしかしてその女性が、例のリースの恋人だったのではないか。

(うん。リースだった……気がする)

 思いがけず、一年ぶりに会ってしまったようだ。

 向こうも徹底的にアメリアを避けていたのだから、あの場所で会うとは思わなかったのだろう。

 早く寮に戻ろうとして急いで歩いていたので、リース達が図書室にいることを聞きつけて詰め寄ったのだと勘違いされたかもしれない。

 だから、あんなふうに彼女を庇ったのだろう。

 でもアメリアは急いでいたせいでリースだと気が付かず、むしろぶつかりそうになったことを謝罪するために会釈をして通り過ぎてしまった。

 さぞかし、向こうも拍子抜けしたことだろう。

 そう考えるとアメリアは思わず笑ってしまった。

 そして、もはやリースに対する未練が欠片も存在していないことを自覚する。

 仲の良い婚約者同士だったのは、もう過去のこと。

 まだ婚約は解消されていないが、リースは恋人のためにアメリアを貶め、アメリアはリースだと気が付かずに通り過ぎてしまうくらい、彼に対する関心を失っている。

 こうなったら一刻も早く婚約を解消してほしいところだが、この婚約はサーマ侯爵家とレニア伯爵家が決めたこと。互いに顔も見たくないほど嫌い合っていたとしても、簡単に解消できることではない。

(ああ、そうだわ。お父様にリースから婚約を白紙にしてほしいと言う連絡がきていないか、ちゃんと確かめないと)

 アメリアは父に宛てた手紙を書いた。

 内容はただ、リースから連絡がきていないのか尋ねるだけの簡単なものだ。色々と書きたいことはあるが、父がリースの連絡を握りつぶしている可能性もゼロではない。まずはそれをきちんと確かめなくてはならない。

(うん、これでいいわ)

 簡潔な手紙を書き終えると、ようやく資料のまとめに入った。

 こうやってデータを作り、比較していく作業は嫌いではない。黙々と作業を続けていたが、ふと空腹を覚えて中断する。

 そういえば昼食も食べていない。夕食くらいはきちんとしなくてはならないだろう。

 寮には簡単な調理場もあるし、学園と同じような食堂もある。

 アメリアは侍女を連れてきていなかった。田舎育ちのアメリアは大抵のことなら自分でできる。でも今から料理をするのも面倒なので、食堂にいくことにした。少し遅めなので、すいているだろう。

 そう思って部屋のドアを開けると、通り過ぎようとした人が驚いた様子で立ち止まった。今日はよく人とぶつかりそうになる日だと思いながら、特に反応することなく部屋を出て食堂に向かう。

 その人はしばらく立ち止まっていたが、隣の部屋に入っていったようだ。

アメリアはほとんど人のいない食堂でゆっくりと食事をすると、また部屋に戻って資料作りに励んだ。

 気が付けば膨大な量になってしまったので、さらに見やすいように整理をした。

「うん、できた」

 我ながらわかりやすく、良い資料ができたと満足する。あとはサルジュに渡して、彼の研究のために役立ててもらおう。

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