第12話
「つまりこの学園のほとんどの生徒は、当事者のアメリアが不在の中で広められた噂を信じているのか」
サルジュは厳しい表情のまま、そう呟く。
「そうなるな。真偽が定かではない噂に、ここまで振り回されているとは。しかも誰ひとり、アメリアに直接尋ねていない」
ユリウスも深刻な顔をしていた。
たしかに恐ろしいことだと、アメリアも今さらながら思い知る。
誰かが悪意を持って事実無根の噂を流したとしても、それが真実となってしまう。
国内の貴族間の恋愛沙汰だけならまだよい。
この国は魔法の研究が進んでいるため、学園にも他国の貴族や王族が留学することもある。彼らを巻き込んでこんな騒ぎが起こってしまったら、国際問題になってしまう。
「これはもう当事者だけの問題ではない。王族が貴族の婚姻に口を出すのはよくないと静観していたが、ここまで悪質だと放っておくことはできない。直ちに調査をし、真偽を確かめる」
そう言ってくれたユリウスに、アメリアも自分にできることをしようと思う。
「あの、私もお父様にリースから連絡が来ていないのか、再度確かめてみたいと思います」
もしリースから本当に婚約解消の申し出があったとしても、父がそれをアメリアに隠すとは思えない。
だが父は、土魔法の復活を誰よりも願っていた。それを考えると、きちんと確かめたほうがいいだろう。
するとふたりの言葉を静かに聞いていたサルジュが、アメリアに問いかける。
「アメリアはたしかAクラスだったと思う。クラスメイトは君に対して、どんな態度だったのか教えてほしい」
その問いにユリウスがはっとしたような顔をして、真剣な眼差しをアメリアに向けた。
「クラスメイト、ですか?」
「ああ。大切なことだ。正確に答えてほしい」
そう言われて、アメリアは正直に、話しかけても答えてくれないこと。必要な連絡を回してもらえないことも伝える。
アメリアの言葉にユリウスは真剣な顔のまま黙り込んでしまい、サルジュは険しい顔をしている。
「君と同じクラスに、兄上の婚約者がいる」
そう説明してくれたサルジュの言葉にユリウスも頷く。
「ああ。キーダリ侯爵家の令嬢だ」
「……エミーラ様ですね」
初日からアメリアを見下すように見ていた、赤髪の綺麗な女性だった。
思えば彼女は常にAクラスの中心になっていた。周囲にはたくさんの令嬢がいて、いつも彼女に気を使っていた。
エミーラがユリウスの婚約者ならば、それも仕方のないことだ。
でも当のユリウスはあっさりと言った。
「だが、彼女もまた当事者不在の噂に振り回されているひとりならば、婚約を見直す必要がある」
「え……」
「権力には重い責任が伴う。それを理解していない者に、王族の妻は務まらない」
たしかに彼の言う通りだ。
けれど自分の発言でエミーラの将来を変えてしまったのかと思うと、どうしても罪悪感が沸き起こる。
「心配はいらない。アメリアの証言だけで動くことはないよ。きちんとした調査を行い、兄上の再現魔法でも確認する」
アメリアの不安を悟ったのか、サルジュがそう言ってくれた。
「ああ、もちろんだ。君の無実も晴らしたいが、調査には少し時間が掛かってしまうかもしれない。その間、つらいかもしれないが……」
「はい、私は大丈夫です」
自分でも驚くくらい、きっぱりとそう言うことができた。
リースの本心も、どうして自分がこんなに嫌われているのかわからずに、ずっと戸惑っていた。
だが、ようやくその原因がはっきりした。
婚約者の裏切りには少し胸が痛むが、これほど不実な人だと知らずに結婚したら、もっと苦労したかもしれない。
「なるべく急がせるよ。ああ、このままでは昼休みが終わってしまうな。時間を取らせてしまって、すまなかった」
「いいえ。私の方こそ、リースのことを教えていただきありがとうございました」
ふたりに会わなければ、アメリアは何も知らないまま、すべてリースの思い通りになっていたかもしれない。
まだ用事があるというユリウスをここに残し、サルジュとふたりで生徒会室を出る。
「あの、サルジュ様」
これだけは言わなくてはと、アメリアは彼を見上げた。
「食堂では庇っていただき、ありがとうございました」
そう言って頭を下げる。
治癒魔法で治ったとはいえ、痛みはあったはずだ。謝罪とお礼を伝えると、サルジュは優しく微笑む。
「君に怪我がなくてよかった」
綺麗な笑顔に思わず見惚れそうになって、慌てて視線を逸らした。
「あの、先ほどの件ですが。新品種の小麦について、去年の成長具合や虫害の様子、収穫量などを書き記しておりました。もしよかったらそれを……」
「見せてくれるのか?」
サルジュは普段からは想像できないような大きな声でそう言い、アメリアの手を握りしめた。
想像していたよりも喜ばれ、アメリアも嬉しくなって頷いた。
「はい、もちろんです」
リースのために用意したものだった。
でも今の彼は、こんなものは見たくもないだろう。
無駄になってしまうと思っていた資料を、サルジュはこんなにも喜んでくれる。
(リース。小麦の成長具合を詳しく知りたいって言っていたのに……)
こうなってしまった以上、もう彼に未練はない。けれど過去の楽しかった記憶を捨てるのは容易ではなかった。
思わず涙が滲みそうになって俯いてしまう。
「アメリア?」
心配そうに名前を呼ばれて、慌てて笑顔を作る。
「私が書いたものですので、あまり正確ではないかもしれませんが」
「いや、とても助かるよ。ありがとう」
「明日お持ちしますね。あの、どちらに提出すれば良いですか?」
やはりこの生徒会室だろうか。
そう思って尋ねたが、サルジュの返答は違っていた。
「いや、放課後になったら君のクラスまで取りに行くよ。直接聞きたいこともあるかもしれない」
「え、私のクラスにですか?」
わざわざサルジュに足を運んでもらうなんてと思ったが、彼はアメリアが嫌がっていると思ったようだ。
「もちろんひとりでは行かない。質問するときも、護衛は連れて行く」
リースのせいで今のアメリアの評判は最悪だ。それなのに気遣ってくれるのが嬉しくて、思わず作りものではない笑顔になって頷いた。
「はい。お待ちしています」
サルジュが護衛を連れて歩くようになれば、ユリウスも安心するだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます