第11話

 深く溜息を付きながら、ユリウスはサルジュとアメリアを見つめる。

「それで、サルジュ。何を聞きたかったんだ?」

「アメリアのことだ。兄上は『今のところ』婚約者がいる。そして『彼女の評判をますます悪化させてしまうことになる』と言った。その理由を知りたい」

「あ……」

 サルジュに友人になりたくて声を掛けたと言われた。

 それがあまりにも衝撃で、大切なことなのにユリウスの言葉を聞き流していた。

「恐れながらわたくしも聞きたいです。王都に来てからわからないことばかりで、少し戸惑っています」

 きっとユリウスはすべてを知っているのだろう。

 正直に言うと、リースがアメリアに会いたくないのならそれでもいい。

 すべてを父に話して、あとは委ねてしまいたい。

 父は土魔法が使えるリースを簡単に諦めないかもしれないが、リースの方に非があることをはっきりさせたい。

 そう思っていたが、見知らぬ人に悪意を向けられるのはさすがに怖かった。

 解決できるならそうしたいし、せめて理由だけでも知りたかった。

 そう思って尋ねると、ユリウスは頷き、アメリアにいくつか質問をした。

「君の婚約者は、サーマ侯爵家の次男リース。それで間違いないか?」

「はい。おっしゃる通りです」

「彼と最後に会ったのは?」

「……去年の春です。リースが学園に通うために王都に向かったとき、見送ったのが最後でした。学園では会うことができず、面会の申し込みをしましたが、忙しいようで叶いませんでした」

 すべての質問に、アメリアは素直に答えた。

「手紙のやり取りは?」

「私から何度か出しました。返事は二回ほど。すべて忙しいから無理だというものでした」

「……そうか」

 ユリウスは腕を組み、しばらく考え込んでいた。

「兄上。アメリアに事情を話してほしい。聞くだけ聞いてた黙り込んでしまったら、彼女も不安になる」

 あまりにも長い沈黙に、サルジュがそう言ってくれた。

「ああ、そうだな。すまない。とにかく説明しよう」

 そう言ってユリウスが話してくれたのは、とても信じられないような内容だった。

 リースは、去年の夏頃にある女性と懇意になった。カリア子爵家の令嬢で、セイラという名前のようだ。

 セイラを深く愛するようになったリースは、このままアメリアと婚約し続けることは難しいと、ドリータ伯爵である父に婚約の解消を申し出たらしい。

 だがアメリアはそれを承知せず、心変わりしたリースを酷く罵ったことになっているようだ。

「そんな話は、聞いていません……」

 取り繕うことも忘れて、アメリアはそう呟く。

 リースに愛する人ができて、婚約解消まで考えていたことには驚いた。だがそれよりもアメリアがそれを拒み、彼を罵ったことになっている方が衝撃的だった。

 学園の生徒がアメリアを見てこそこそと話していたのも、きっとこのせいだ。

 この国の貴族のほとんどは政略結婚だが、若いうちは恋愛結婚に憧れていることが多い。

 しかも近年は跡取りではない者や下級貴族の中には、本当に学生時代の恋人と結婚する者も出てきた。愛する人を選んですべてを捨てようとしたリースを、ひそかに応援していた者もいたのだろう。

 誠意をもって事情を話し、婚約を解消しようとしたリースを罵り、二人の恋を邪魔したことになっているアメリアは、知らないうちに完全に悪役になっていたのだ。

 でも、リースから婚約解消の申し入れなど届いていない。

 たしかに父は、土魔法の遣い手を婿入りさせたいと必死になっていたが、アメリアには何も言ってこなかった。もしリースから婚約を解消したいと言われていたのなら、それを受け入れるかどうかは別として、王都に旅立つ前に伝えてくれるはず。

 それなのにどうして、そんな話になっているのだろう。

「君は、本当に何も知らないのか?」

 事情を話してくれたユリウスは、案じるようにアメリアを見ていた。

「はい。リースが婚約を解消したがっていたなんて、知らなかった……」

 連絡が途絶えたのも、きっとその女性と恋仲になったからだろう。

 それなら忙しいなどと誤魔化さずに、きちんと伝えて欲しかった。

「どうしてリースは、私が罵倒したなんて嘘を……」

 動揺したアメリアは、こうなったら直接リースに聞くしかないと決意した。

「話してくださって、ありがとうございます。どうしてこうなってしまったのか、直接リースに聞いてみようと思います」

「アメリア、それはやめたほうがいい」

 お礼を言って立ち去ろうとしたアメリアを呼び止めたのは、サルジュだった。

「このまま彼に詰め寄ったら、向こうは噂通りに事を運ぼうとする。むしろそれを望んでこんな噂を流したのかもしれない。少し落ち着いて、向こうの思い通りにならないようにした方がいい」

 そう諭されて、アメリアは立ち止まる。

 たしかにサルジュの言うように、このままリースに詰め寄っても、彼はただ謝罪の言葉を口にするだけだろう。

 周りから見れば、彼が広めた噂のように、アメリアが婚約解消を嫌がっているようにしか見えないかもしれない。

「……そうですね。ありがとうございます」

 何度か深呼吸をしたあと、止めてくれたサルジュに感謝する。

 このままではリースの思い通りになるところだった。

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