第10話
「あっ」
その入口に自分の姿が見えて、アメリアは思わず声を上げてしまった。
無表情のまま混み合った食堂を一瞥して、その最後尾に並ぶ。そこにトレーを持ったあの三人が近付いてきた。彼女達はアメリアに近付くと、侮蔑の表情を浮かべてくすくすと笑う。
「ひとりなんて惨めね」
「真実の愛を邪魔するからよ。いい気味だわ」
「さっさと身を引けばいいのに」
あのとき聞き取れなかった言葉まで、はっきりと聞こえてきた。
(真実の愛?)
あのとき聞き取れなかった言葉に首を傾げる。
いったい何のことなのだろう。
そして真ん中にいた令嬢が、わざと紅茶を落とすシーンまできっちりと再現されてしまった。
「あら、手が滑ったわ」
自分達の発した言葉に令嬢達は揃って真っ青になり、ユリウスとサルジュの顔が険しくなる。
覚悟をして目を閉じるアメリアを庇って、サルジュが手を伸ばす。このときは気が付かなかったが、彼はアメリアのすぐ近くにいた。彼の目の前に大柄な男子生徒がいたので、令嬢達もサルジュが出てくるまで気が付かなかったようだ。
「……なるほど」
再現魔法が消えてからたっぷりと間を取ったあと、ユリウスがそう呟いた。
その冷たい声はたしかに恐ろしかったが、アメリアも他の令嬢達も、本当にぞくりとしたのは、いつもは絶やさない穏やかな笑みを消したサルジュの方だった。
美貌の正妃に一番よく似ていると言われているサルジュは、四兄弟の中でも際立って優れた容姿をしている。その整った顔立ちは人形めいていて、穏やかな顔をしていても気圧されるほどだ。
そんな彼が表情を消すと、その美貌ゆえに凄みが増して、背筋が寒くなる。
直接敵意を向けられていないアメリアでさえそうなのだから、他の令嬢達など怯えて声も出ないようだ。
「たしかにサルジュを害しようとしたわけでないようだが、手が滑ったというのは嘘のようだな。この場で偽りを述べたこと。学園内で他の生徒を故意に傷付けようとしたことは、見過ごせない。処分は後ほど言い渡す。下がれ」
「そ、そんな」
「お許しください、わたくし達は……」
処分と言う言葉に我に返った令嬢達は必死に言い訳を口にしようとしていたが、ユリウスの護衛達によって強引に外に連れ出された。
アメリアは退出のタイミングを見失ってしまい、どうしたらいいのかわからずに視線を彷徨わせる。
「災難だったね」
令嬢達と護衛の姿が見えなくなると、ユリウスの口調が親しげなものになる。
「怪我がなくて何よりだ。だが、どうして彼女達は君にそこまで悪意を持っているのだろう」
「……わかりません。顔も知らない方でした」
正直に答えると、ユリウスは難しい顔をした。
「最近、学園内であまり良くない噂があってね。調査をしなければと思っていたところだ」
「良くない噂……」
それが今の自分の状態に関わっていることは確かだ。
「さて、アメリア」
ユリウスは今まで親しげに語りかけてきた彼とは打って変わって、その言葉には威厳が漂う。
「はい、ユリウス殿下」
アメリアはすぐに姿勢を正し、頭を下げて彼の言葉を待つ。
「学園内に不穏な噂があり、その真偽を確かめるために、聞きたいことがいくつかある」
「はい。承知いたしました」
顔を上げたアメリアは、サルジュが不思議そうにユリウスを見ていることに気が付いた。
「不穏な噂とは?」
しかもそんなことを兄に問う。
「……あれだけ噂になっていたのに、何も知らなかったのか?」
呆れたようなユリウスの言葉にも、彼は頷くだけだ。
「それならどうして、アメリアに近付いた?」
「歓迎パーティが面倒だったから、護衛を撒いて戻ろうとしたときに、アメリアを見かけた」
ひとりで心細そうで、手助けをしたいと思って声を掛けたのだと言う。
「後からレニア伯爵家の令嬢と知って、聞きたいことや協力してほしいことがあった。パーティのときからアメリアと話すのも楽しいと感じていたから、それも理由だ」
「……つまり噂を知って真偽を確かめようとしようとしたのではなく、ただ彼女と友人になりたかったということか?」
頷くサルジュに、ユリウスは一瞬呆けたような顔をしていたが、何事か小さく呟いていた。
「これはチャンスかもしれない。これ以上護衛を撒かれては……」
「兄上?」
「魔法や植物学の研究ばかりしているお前に友人ができるのは、喜ばしいことだと思うよ」
ユリウスはすぐに弟を案じる兄の顔をして、アメリアとサルジュを交互に見つめる。
「でもアメリアには、今のところ婚約者がいる。二人きりになってしまうと、彼女の評判をますます悪化させてしまうことになる。アメリアに会うときは、必ず護衛を連れて行くように」
「わかっている。アメリアに迷惑をかけるつもりはない」
おそらくユリウスは、あまり護衛を連れずに動き回るサルジュのためにアメリアを利用したのだろう。
けれど彼がそのやり取りのあとに申し訳なさそうにアメリアを見たこと。学園内とはいえ、王族が護衛を連れずに歩くのは危険なことを考えると、むしろ口実になれてよかったとさえ思う。
そう思って笑みを浮かべると、ユリウスは驚いたように目を見開いたあと、表情を和らげる。
「ありがとう、アメリア。これからもサルジュをよろしく」
「え、あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
責任重大では、と思いながらも、ユリウスに直接請われてしまえばそう答えるしかない。
「それよりも、兄上に聞きたいことがある」
サルジュは表情を改めると、ユリウスに問いかける。
「どうした? お前がそんな顔をすると令嬢達は怯えるから、穏やかな顔をしていろと言っただろう」
はっとしたように、サルジュの視線がアメリアに移った。いつも通りの穏やかな笑みを浮かべようとする彼に、ゆっくりと首を振る。
「私は大丈夫です。無理に笑う必要はございません」
「……そうか。アメリアがそう言うなら」
その瞬間にサルジュの浮かべた笑みは自然で、だからこそ見惚れるほど綺麗だった。
「考えてみれば、別に関わりのない令嬢に怖がられたとしても問題はないな」
「いや、あるから。せめて最低限は取り繕ってくれ」
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