第9話
「は、はい。申し訳ございません」
その手を取って慌てて立ち上がり、生徒会室に向かうユリウス達に続く。
(ここが、生徒会室……)
内部に案内されると、つい室内を見渡してしまう。
この学園の生徒会は上位貴族のみで構成されている。こんなことがなければ入ることもなかっただろう。
内部は二部屋あり、ひとつは会議室になっている。もうひとつの部屋には壁に沿って書類棚があり、ラベル別にきちんと管理されているようだ。アメリア達は会議室に通され、それぞれ椅子に座る。
前に立ったユリウスの背後には、大きなスクリーンがあった。
「さて、まずは全員、名乗ってもらおうか」
「……っ」
蒼白な顔をしていた令嬢三人が、びくりと身体を震わせる。
「お、お許しください。わたくし達は、何も……」
怯えた瞳でユリウスを見上げるも、彼は厳しい表情を崩さない。
「答えないのなら王城で事情を聞くことになる。君達は実際、サルジュに危害を加えている。このまま何も聞かずに無罪放免というわけにはいかない」
王族だけが持つ光魔法の保護のため、危害を加えようとした者は厳罰だと定められている。
アメリアがサルジュにぶつかってしまったときのように、故意ではないと証明されたらその限りではない。だが今の彼女達のように口を噤んだままなら、本当に王城に連行されてしまうかもしれない。
彼女達もそれがわかったのか、震える声で自らの家名と名前を告げる。
どうやら彼女達はアメリアよりも一学年上のようだ。
「……サルジュ殿下に危害を加えるつもりはありませんでした。本当です。……ただ、手が滑って紅茶を落としてしまって。そこに彼女がいて」
アメリアにわざと熱い紅茶を掛けようしたことは、当事者である彼女達とアメリアしか知らない。
さすがに彼女達も、アメリアを庇ってサルジュが出てくるとは思わなかったのだろう。彼に危害を加えるつもりがなかったというのは、間違いなく本当のことだ。
だからアメリアは、わざとではなかったという彼女の言葉を聞き流した。いきなり罵倒され、熱い紅茶を掛けられそうになったが、冤罪で罰せられることを望むほどではない。もともと知らない人だ。
「そうか」
ユリウスは静かに頷き、今度は視線を弟のサルジュに向ける。
「お前はどうしてあの場所に?」
それはアメリアも不思議に思っていた。
王族は薬物が混入される危険を防ぐために、他の生徒と一緒に食堂で食事をすることはない。彼らには専用の部屋があるはずだ。そこには王族の婚約者さえ入室を許されないほど、厳重に守られている。
ここまでするには、理由がある。
光魔法はあまりにも貴重で、他の国ではほとんど失われている存在だと聞く。稀に、それこそ何十年かに一度、大陸のどこかに光属性を持つ子どもが生まれる。その程度だ。
それがこの国では王族に代々受け継がれ、四人の王子が四人とも光属性を持っている。
それは数百年ほど昔、光の聖女を王妃として迎え、この国の王家が女神の祝福を受けたからだと言い伝えられていた。
その祝福は王族の直系だけで、ほとんどの場合は王太子の子どもにしか引き継がれない。それでも過去を顧みると、可能性がまったくなかったわけではないようだ。
数十年前、そんな僅かな可能性に縋って、この国の王女を浚った者がいた。その悲劇の舞台がこの学園だったのだ。
だからこそ王族は厳重に守られていて、常に護衛が傍にいる。
それなのにサルジュがひとりで食堂を訪れ、アメリアを庇ったのだから、誰もが疑問に思うだろう。
「アメリアに聞きたいことがあって探していた。食堂に入っていく姿を見て追いかけたら、あんなことになっていた」
それでアメリアを庇い、咄嗟に手を出してしまったようだ。
「お前の護衛はどうした?」
知らないとでも言うように首を振るサルジュに、扉を守るように立っていたユリウスの護衛達が、彼の護衛に同情するような顔をしていた。サルジュはこうしてひとりで歩き回ることが多いのだろう。
「あの、私に聞きたいこととは……」
アメリアはそれよりもサルジュの質問が気になって、思わずそう尋ねていた。
「一昨年に解禁になった、冷害に強い小麦の新品種について。レニア伯爵領で取り扱っているのか気になって」
「新品種の小麦のことでしたか」
アメリアは頷いた。
一昨年に一般にも出回ることになった、冷害に強い小麦の新品種。かなり改良されていて育ちやすいのだが、虫害に弱いという欠点があり、なかなか普及していないと聞く。
だが虫害は、きちんと対策すればほぼ防げる。冷害に強いという利点の方が優先されるとして、レニア領では今年からほぼ新品種の小麦に変えていた。
「去年、試しに植えてみたのですが、収穫量が増えたので今年はほぼ新品種となっております」
「本当か?」
ぱっと顔を輝かせたサルジュは立ち上がり、その勢いのままアメリアの手を握った。
「その話を詳しく聞かせてほしい。できれば去年の収穫量と、虫害の様子も。それと……」
「……サルジュ。植物学の研究者として気になるのはわかるが、今はこちらの話が優先だ」
ユリウスの溜息交じりの言葉に、サルジュは我に返ったように座り直す。
サルジュは土魔法専門家だと聞いたが、植物学の研究までしていたとは知らなかった。彼は本気でこの国の食糧事情を改善するために取り組んでいるのだろう。
農地の多い地方領主にとって、彼はかなり頼もしい存在である。
アメリアはリースに報告するために、新品種の小麦の成長や虫害の様子、収穫量などは、事細かに書き記してある。リースに会うことができず不要になってしまったが、それを後で彼に提出しようと思う。
「……今の証言に間違いはないか。再現魔法で確認する」
ユリウスはそう言うと、背後にあるスクリーンを見るように促した。
(再現魔法?)
アメリアと三人の令嬢達が不思議そうにスクリーンを見つめると、ふと映像が浮かび上がってきた。
食堂の奥から入口に向かって映しているようだ。
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