第8話

「もちろん俺も君の友人だから、ユリウスって呼んでほしい。さて、そろそろ閉校時間だから、寮まで送っていくよ」 

 ユリウスがそう言って立ち上がり、サルジュも続く。

「いえ、すぐ近くですので……」

 まだ事態が飲み込めないまま、それでも慌てて辞退する。

 この国で王家は絶対の存在。学園内でも護衛が必要な王族のふたりに送ってもらうなんて、あまりにも恐れ多い。

「いや、俺達もこれから王城に戻る。途中まで一緒に帰ろう、と言えば友人らしいかな?」

 それでもユリウスにそう言われ、サルジュに促されてしまえば、もう断ることはできなかった。

 幸いにも閉校時間ギリギリだったせいで、学園内に残っている生徒はあまりいない。寮の入口まで送ってもらうと、ユリウスの護衛が用意した馬車で、ふたりは王城に戻っていった。

 その馬車が見えなくなるまで見送ってから、女子寮に入る。

 部屋に戻ると、隣の部屋の扉ががたんと音を立てて閉められた。不自然に大きな音に、あの部屋にいる友人だったはずのエリカに、背を向けられて逃げられたことを思い出す。

 けれどサルジュとぶつかって怪我をさせてしまい、それなのに彼に抱えられて医務室まで運ばれたこと。ユリウスに治癒魔法を掛けてもらい、さらに王子ふたりから友人認定されたことに比べたら、些細なことに思えた。

 もう一度話しかけたとしても、彼女はまた逃げるだろう。むしろ逃げるだけではなく、とても嫌な顔をするかもしれない。

 また傷つくくらいなら、最初からひとりでいた方がよかった。

 リースだってそんなにアメリアに会いたくないのなら、もう会わなくていい。

 クラスメイトと交流がなくても構わない。情報は自分できちんと集め、必要なことは教師に確認すれば大丈夫だ。

「三年間、ひとりで頑張るわ」

 毅然とそう言ったはずだったのに、涙が溢れてきて頬を濡らす。

 ほんの少し前まで、学園に通うことを楽しみにしていた。

 リースと再会できることを心待ちにしていたのだ。

 こんなことになってしまうなんて、まったく思わなかった。

 でも、もう嫌われている原因を突き止める気力も、リースを問い詰める意力も沸いてこない。三年間、領地の発展に役立てるような魔法を学べたら、もうそれでいい。

 そう思ったアメリアの胸に、サルジュの姿が浮かぶ。

 彼にエスコートしてもらったこと。自分も怪我をしていたのに、抱き上げて運んでくれたこと。

 そして、誰からも嫌われる自分を友人だと言ってくれたこと。

 地方貴族でしかない自分が、王族であるサルジュの友人として振る舞うことなど許されない。それくらいわかっている。

 それでも彼が友人だと言ってくれたことは、これから三年間、孤独と戦うことになるアメリアの心の支えとなってくれるだろう。


 翌日。

 アメリアは周囲の視線も、こちらを見てひそひそと話すクラスメイトの言葉もすべて無視して、ひとりで行動していた。

 授業にも集中し、休み時間も机から動かずに勉強をして過ごす。

 それでも、移動しなければならないこともある。

(昼食だけは、食堂で食べなくてはならないわね)

 貴族令嬢として、教室や庭で食事をするのはさすがにはしたないことだ。

 ひとりで向かうと、通りかかった女子生徒達がこちらを見てくすくすと笑っている。

 この学園では、食事も自分達で運ぶ。だから彼女達もトレーを持って移動していた。これから席について食事をするのだろう。ひとりだなんて惨めね、とか。いい気味だわと聞こえてきたが、すべて無視していた。

 顔も知らない、上級生なのか同級生なのかもわからない人達に嘲笑われても、もう何も感じない。

「あら、手が滑ったわ」

 けれど何も反応しないことに苛立ったのか。

 目の前にいた令嬢がまだ湯気の立つ熱い紅茶の入ったカップを、アメリア目掛けて落としてきたときはさすがに驚いた。

「!」

 反射的に目を瞑って衝撃に備える。

 けれどいつまで待っても、覚悟していた熱い紅茶が浴びせられることはなかった。代わりに、誰かの腕にしっかりと守られている。

「アメリア、無事か?」

「あ……」

 庇ってくれた腕がすぐに離れたのは、ここが公共の場であることと、アメリアに婚約者がいることを考慮してくれたのだろう。

 けれどアメリアは、咄嗟に庇ってくれたその腕に縋りついていた。

「サルジュ様! どうしてこんな……」

 アメリアが被るはずだった紅茶は、庇ってくれた彼の腕にかけられている。

 一般生徒と違って王族の制服には、刃さえ通さない守護魔法が掛けられている。

 だから本来なら、熱い紅茶くらい何ともない。制服が濡れることもないはずだ。けれど勢いよく撒かれた紅茶は、サルジュの手の甲にまで掛かってしまっていた。白い肌が真っ赤になっている。それを見てアメリアは真っ青になり動揺した。

「どうしよう……。どうしたら……」

 アメリアも水属性の魔法を使うが、得意なのは農作業に必要な魔法ばかりで、治癒魔法には自信がない。そもそも選ばれた者以外が王族に魔法を使うことは許されないのだ。

「ユリウス様に……」

 彼なら、すぐに癒してくれるだろう。

 泣き出しそうになって周囲を見渡すと、誰かが呼んでくれたのか、それとも騒ぎを聞きつけたのか。ユリウスと彼の護衛が駆け付けてきた。

「この騒ぎは何事だ」

 昨日の親しみやすさとは打って変わって、厳しい声でそう問い質すユリウスの声に、サルジュ以外の人間が頭を下げる。

 割れたカップ。そして涙目のアメリアと赤くなったサルジュの手を見て、ユリウスの瞳がますます険しいものとなる。

「お前の護衛は変更した方がよさそうだな」

 周囲を見渡し、サルジュがひとりだと確認すると、そう言って溜息を付きながら治癒魔法を使う。

 サルジュの手が元に戻ったことを確かめると、アメリアは安堵のあまりその場に座り込んでいた。

「さて、詳しい事情を聞きたい。そこの三人とアメリア。サルジュも生徒会室に来てくれ」

 ユリウスがそう言うと、アメリアに紅茶を浴びせようとしていた令嬢とふたりの友人は、真っ青になった。

「わ、わたくしはただ……」

「私達は関係がありません。すべてミーラが」

「そんな、ひどいわ」

 言い争いを始めた彼女達の前に、ユリウスの護衛が立ち塞がる。

 そのまま生徒会室に連行されていく彼女達を見ていると、目の前に手が差し伸べられた。

「アメリア、立てるかい?」

 サルジュが心配そうにアメリアを見ている。

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