第26話

 アメリアは呆然として、セイラを腕に抱くもうひとりのリースを見つめる。

 彼が変わってしまったのは、セイラと出会ったせいだと思っていた。

 セイラがリースを焚きつけて、あんな噂を流すことや、自分を陥れるようなことをしているのだと思っていた。

 けれどリースは今まで見たことのないほど歪んだ顔で、アメリアを追い詰める言葉を口にしている。

(リースは最初から、この婚約が不満だったの?)

 長い間婚約者だったが、リースは一度も不満を口にしなかった。

 だから、彼も承知のことだと思っていたのに。

 動揺するアメリアの目の前で、幻のふたりは話し合いを始めた。

「最初にセイラが話しかけてくれ。様子を見て僕も行くから」

「わかったわ。目撃者は多いほうがいいわね。ふふ、あの女。どんな顔をするかしら」

 まさに今起こった通りの計画を立てたところで、唐突にふたりの姿は消えた。


「こんなのでたらめよ。これ、あなたがやったんでしょう?」

 声を荒げてアメリアに詰め寄るセイラは、先ほどまでの可憐な面影はまったくない。

「私ではないわ。こんなことはできないもの」

 アメリアはすぐに否定した。

 これが光魔法であることを知っている。王族の人間以外に、こんな魔法を使うことはできないことも。

 ただ、ユリウスの魔法とは少し違う気がした。

「嘘よ。冤罪で私達を陥れて、学園から追い出そうとしているのでしょう? なんて卑怯なの」

 自分ではないと否定するアメリアの言葉などまったく聞かず、さらに詰め寄ろうとしたセイラが、ふいに目の前から消えた。

(え?)

 突然のことに驚いてその姿を探すと、赤い髪をしたサルジュの護衛騎士カイドが、セイラをアメリアから引き離していた。

「冤罪でアメリアを陥れようとしていたのは、君達の方だろう」

 そうして、この場に静かな声が響く。

 護衛騎士がここにいるのだから、彼がいるのは当然のことだ。

 その姿に気が付くと、興味深そうに見ていた周囲の人達も慌てて頭を下げる。

 もちろんリースとセイラもだ。

 彼に非礼を行うことは許されない。

 サルジュはゆっくりとした足取りで、まっすぐにアメリアの傍に歩み寄った。

「先ほどの映像は魔法で作り出したのではなく、過去の映像をそのまま映し出しただけのもの。この学園で実際に交わされていた会話だ」

「そんな……」

 セイラはもちろん、リースもその言葉に動揺していた。

 何とか言い訳を口にしようとしているようだが、サルジュの魔法を否定することはできず、蒼白な顔をして俯くだけ。

「もっと証拠が必要か?」

 沈黙したふたりに、サルジュが問いかける。

 彼らが口を開く前に、またリースとセイラの姿が映し出された。


「もうすぐ新入生歓迎パーティ―だけど、リースはどうするの?」

「もちろんドレスなど贈らないよ。散々悪評を流したから、友人などできないだろう。ひとりで寂しく参加するんじゃないか?」

「リースったら、ひどいわ」

 くすくすと笑うセイラ。

 そんなセイラを、リースは抱き寄せる。

「僕が愛しているのは君だけだ。本当なら君と一緒に参加したいが、アメリアに見られたら面倒だ」

 やはりリースはわざとアメリアにドレスを贈らず、連絡もしなかったのだ。

誰かが侯爵家の子息であるリースが忘れるはずがないと言っていたが、その通りだった。

「でも彼女に逆上させて騒ぎを起こさせて、学園を退学にさせるんでしょう?」

 あのときのエミーラのように、学園を退学になってしまえば、これから先も魔法を使うことができなくなる。

「そんな女と結婚して伯爵家を継いでやるんだから、セイラを連れて行っても文句は言わせないよ」

「そうね。私はリースと一緒にいられるなら、何でもいいわ」

その後もふたりは、アメリアがリースに出した手紙を見て笑っている。

 さすがに見ているのがつらくなって、視線を逸らした。


「すまない、アメリア。君を傷付けるつもりはなかった」

 そう謝罪してくれたのはもちろんリースではなく、魔法を使ったサルジュだ。

「いえ。サルジュ様のせいではありません。むしろ、彼の本音を聞けてよかったです」

 過去を振り切るように首を振り、そして笑ってみせる。

リースは違っていたかもしれないが、アメリアにとって彼と過ごした日々は大切なものだった。リースの裏切りによって少しずつ色褪せ、形を失っていたけれど、それでも最後まで捨てきれなかった。

それは、リースから直接聞いた言葉ではなかったからだ。

でもこれで完全に、過去の思い出を振り切ることができる。

「事実無根の噂を広げてアメリアの名誉を失墜させ、さらに伯爵家の乗っ取りまで計画していたとは、かなり悪質だ。退学になるのはアメリアではなく、君達のようだ」

「……あ」

 サルジュの言葉に、リースがその場に崩れ落ちるようにして座り込む。

 王立魔法学園を卒業しなければ、今後魔法を使うことが許されない。

 それは貴族にとって、将来を閉ざされたようなものだ。

 土魔法の遣い手としてレニア伯爵家に望まれたリースの価値もなくなる。

 さすがにアメリアの父も、ここまで騒ぎを起こしてアメリアを貶め、さらに魔法を使う資格を失った彼と結婚させようとは思わないだろう。

「君と違ってアメリアは優秀だ。まだ入学したばかりだが、特Aクラスに進学することがほぼ確定している。それに、私の研究の手助けもしてくれている。そんなアメリアを陥れようとしたのだから、君達の罪は重い。それなりの覚悟はしておくことだ」

 特Aクラスに進学するということは、将来は魔法の研究員にもなれるということだ。それにサルジュの助手は、並大抵の知識では務まらないことも知られている。

 アメリアの優秀さに、周囲の人達も驚いたようだ。

 それを聞いたリースは悔しげに唇を噛み締めている。彼自身は、AクラスからCクラスに落ちたと聞いていた。

 そういえばリースは昔から、アメリアが魔法を学ぶことを快く思っていなかった。

 婿入りする予定だったリースは、レニア領地でアメリアと一緒に魔法を学ぶことも多かった。家庭教師はアメリアを優秀だと褒め称えてくれたが、その後いつもリースはとても不機嫌になっていたことを思い出す。

 リースは、伯爵家を継ぐのは自分だから、アメリアはそれほど魔法を学ばなくてもいい。それよりも農地の見回りや農作物のデータを作ってくれと言われていた。

 思えばリースがアメリアとともに何度も出かけていたのは、アメリアに魔法を学ばせないためだったのかもしれない。

「優秀なアメリアを妬んで、自分が有利になるように、その価値を落とそうとしたのか?」

 だからサルジュのその言葉は、真実だったのだろう。

「……っ」

「サルジュ様!」

 逆上したリースがサルジュに詰め寄ろうとしたが、護衛騎士のカイドがそれを許すはずがない。リースはただちに取り押さえられ、学園の警備兵に引き渡された。

 取り残されたセイラは座り込んだまま呆然としている。彼女もまた、警備兵によって連れて行かれてしまった。

 正式な処分が下るまで、ふたりは自室で謹慎となるだろう。










※いつも通り18:00にも更新します。

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