3-15
「アメリア様、申し訳ございません」
間に入るのが遅れてしまったことをリリアーネは詫びてくれたが、相手はこのベルツ帝国の皇帝だ。
ただ手を取ったくらいでは、問答無用に引き離すことはできなかったのだろう。
「わたしなら大丈夫。少し驚いただけで……」
アメリアはどう言葉にしたらいいのかわからずに、口を閉ざす。
自分が迂闊だった、というのが正しいのかもしれない。
けれど親しい人に裏切られたカーロイドの絶望も、実体験として想像できるだけに、放っておくことはできなかった。
(サルジュ様……)
アメリアは両手を握りしめて、俯いた。
どうしようもなく、彼に会いたい。
サルジュは今、かつてこの国で使われていた魔法の痕跡を調べ、魔石が消費してしまう原因を探っている。
タイムリミットが明日の朝に迫っている今、休憩もせずに没頭しているに違いない。
そんな彼の貴重な時間を奪ってしまうわけにはいかない。
何度も自分にそう言い聞かせるが、会いたくてたまらない。
「サルジュ様」
思わず声に出してそう言うと、ふわりと馴染んだ魔力がアメリアを包み込む。
「あ」
魔法の気配を感じて、リリアーネが慌てて駆け寄ってきた。
「これは……」
「大丈夫。サルジュ様の魔力だわ。リリアーネは、ここで皇帝陛下をお守りして」
最後まで言い終わらないうちに、転移魔法で移動したときのような感覚が身体を包み込む。思わず目を閉じてしまったアメリアの身体は、サルジュに抱きかかえられていた。
「サルジュ様!」
彼の顔を見た途端、心から安堵して、アメリアはその腕の中に飛び込む。
「急に移動させて、すまなかった。アメリアが呼んでいるような気がして、呼び寄せてしまった」
そう謝罪する彼に、アメリアは何度も首を横に振る。
「いいえ。わたしが会いたくて。サルジュ様にどうしても会いたくて、つい呼んでしまったのです」
見れば、周囲には魔法に関する資料が並んでいる。
ずっとここで資料を読み込んでいたのだろう。それなのに、それを中断してまで、アメリアを呼んでくれた。
「邪魔をしてしまって、申し訳ありません」
「そんなことはない」
アメリアの手を握ってくれる。
カーロイドのように大きな男らしい手ではないが、この手に包まれていると、泣きたくなるくらい安堵する。
サルジュの手が、アメリアの指に嵌められた指輪をなぞる。
「研究よりも、他の何よりも。私にとっては、アメリアが一番大切だ。だから、何かあったらいつでも呼んでほしい。何をしていても、必ず駆けつける」
普段はあまり言葉にする人ではないだけに、その言葉はアメリアの心に深く刻み付けられる。堪えなければならないと思うのに、溢れる涙を止めることはできなかった。
「ありがとうございます。わたしにも、サルジュ様だけです」
それからアメリアは、何が起こったのかサルジュに説明した。
手を握られたことを話すのは少し嫌だったが、それでも彼に隠し事はしたくない。
「……そうか」
サルジュはそう呟くと、アメリアの肩を抱く。
「すまない。私が傍を離れてしまったせいだな」
「いいえ、そんなことはありません!」
アメリアはサルジュの言葉を強く否定する。
「わたしが悪いのです。つい、過去の自分と重ねてしまって。まさかあんなことになるなんて」
「……それくらい、彼は孤独なのだろう」
サルジュは、ぽつりとそう呟いた。
高い理想を掲げて、茨の道を歩き続ける彼の背を追う者は、あまりにも少ない。
そしてこれからも、彼が平坦な道を選ぶことはないだろう。
けれどどんなに強い人でも、誰かを頼りたくなることはある。
支えてほしいと思うことは、絶対にあるだろう。
アメリアはちょうどそんなときに居合わせて、手を差し伸べてしまったのだ。
「ひとりで戦い続けている彼を、尊敬する気持ちもある。けれど、他のことなら協力するが、アメリアだけは渡せない」
「はい。わたしも、サルジュ様だけは誰にも譲るつもりはありません」
静かに抱き合いながら、互いの気持ちを再確認する。
アメリアが支えたいと願うのは、これから先もたったひとりだけだ。
それからは、ふたりで朝まで魔法の資料に目を通した。さすがにこれを持ち出すことはできないから、要点を覚えるしかない。
そのままユリウスが迎えに来るまで、ふたりで没頭していた。
迎えに来てくれたユリウスは、カーロイドの様子を見ていたはずのアメリアが、サルジュと一緒にいる理由を聞かなかった。
もしかしたらサルジュが、説明をしてくれたのかもしれない。
ユリウスが対面したカーロイドは意識もしっかりとしていて、体調もそれほど悪くなさそうだったらしい。
このまま順調に回復していくだろう。
彼もまた、昨日のことなど忘れたように、ユリウスに対して命を救ってもらった礼と、引き続き魔導具について協力してもらうことに対する感謝を述べていた。
一晩中、カーロイドも考え、そしてアメリア個人ではなく、ビーダイド王国の代表であるユリウスに感謝を告げるのが最良だと判断したのだろう。
まだ血の気の引いた顔をしているが、その瞳には強い光が戻っていた。
「ソーセの件も、感謝する。再現魔法というものは、すごいものだな」
「使う必要がなければ、一番良いのですが。光魔法の使用には厳しい制限がありますが、それでも要請があればいつでも助力します」
ユリウスはそう告げる。
後のことは、入れ違いにこの国を訪れることになっているアレクシスに任せ、アメリアたちはこのまま帰国することになった。
アロイスはカーロイドの護衛のために残り、リリアンに付き添われて帝城を出ると、魔法陣のある場所まで移動する。
日中だというのに、帝都はとても静かだった。
あまり人影も見えない。
リリアンが言うには、昼の一番暑い時間帯は、あまり屋外には出ずに、早朝や日が落ちてから活動する人が多いらしい。
(たしかにとても暑いから、外に出るのは危険かもしれない)
日よけの布を被っていても、太陽の光は容赦なく降り注ぐ。
(それに……)
アメリアはふと足を止め、帝都を見渡す。
やはり、魔力を感じる気がする。
場所まではわからないが、この町にはたしかに魔力を感じ取れる場所がある。
「アメリア?」
立ち止まってしまったアメリアに、サルジュが心配そうに声をかけた。
慌てて駆け寄り、彼が差し伸べてくれた手を握る。
魔法陣のある建物まで辿り着くと、その前でリリアンとは別れる。
リリアンは何か言いたそうにアメリアを見つめていたが、何も言わずに頭を下げた。
「兄上たちが待っている。帰ろうか」
ユリウスの言葉に頷き、アメリアは魔法陣の上に立つ。
そのまま転移魔法に備えて瞳を閉じた。
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