第24話

 彼は静かな瞳でアメリアを見つめていた。

「兄が君を特別クラスに推薦すると聞いてから、無理を言ったのではないかと気になっていた」

「ユリウス様が?」

 驚いて問い返したアメリアに、サルジュは頷いた。

「アメリアが手伝いをしてくれるようになって、実際とても助かっている。現地のデータだけではなく、魔法についてもこれほど語り合える者は他にはいない。だからつい、アメリアの都合も考えずに連れ回してしまった」

 兄のことは言えないな、と苦笑する。

「だが、私の相手はとても疲れるらしい。それをアメリアに強要するつもりはないよ」

「それは……」

 サルジュの助手が疲れてしまうのは、彼についていくことが非常に困難だからだ。 彼は常に広く深く、様々な分野に思考を巡らせている。

「ユリウス様は、私に命じるようなことはなさいませんでした。ただ、弟を頼むと頭を下げられました」

 王族である彼が、地方領主の娘に頭を下げた。それだけで、ユリウスが弟を大切に思っていることがわかる。

「兄上が……。だがそれでも、アメリアが断れない状況だったことには変わりはない」

 彼は助手が変わるたびに、自分のせいで相手が疲れてしまうのだと思っていたのだ。だからひとりで行動するようになったのか。

 そして、本当はアメリアも強要されているのではないかと気遣ってくれた。

「父が推薦してくれるのなら、アメリアも自分の好きな分野で研究ができるのではないかと思った。だからこれも渡しておく」

 サルジュが差し出したのは、国王陛下からの推薦状だ。

 彼はユリウスがアメリアに特別クラスについて説明していた間に、これを手に入れてくれたのだろう。だから遅れてきたのだ。

 何度もアメリアを助けてくれたことといい、サルジュはとても優しい人だ。そんな彼に、アメリアが強要されて手伝っていると誤解してほしくない。

「サルジュ様。実は私は、昔からデータを作るのが好きでした」

 だから正直に、自分の気持ちを話すことにした。

「何年も前からずっとデータを書き記していましたが、あまり活用できず、倉庫に山積みになるだけでした。ですから今は、サルジュ様のお役に立つことができて、とても嬉しいのです」

 思ってもみなかった言葉なのか。

 サルジュは戸惑ったようにアメリアを見つめる。本心からの言葉だと彼に伝わるように祈りながら、柔らかく微笑む。

「それに、魔法の理論を話すのも楽しいです。まだまだ私には知識が足りませんが、そのためにも特Aクラスに入りたい。そこで、今以上に学びたいと思います」

 特別クラスでは、今よりもサルジュの手助けができるようなことを学びたい。だから国王陛下ではなく、ユリウスの推薦状で構わないのだと告げる。

「……そうか」

 サルジュはアメリアの言葉を噛み締めるように、ゆっくりと頷いた。複雑そうな表情は、アメリアを気遣っているようにも見える。

「せっかく国王陛下が、私などのために推薦状を書いてくださったのに、申し訳ございません」

「いや、アメリアがいいのなら、それでかまわない。時間を取らせてしまってすまなかった。魔法理論の本なら、その辺りにある。ゆっくりと読むといい」

「はい。ありがとうございます」

 サルジュにも研究があるだろうからと、アメリアはその場を離れ、彼に教えられた本棚に向かう。

(すごい、こんなにたくさん!)

 貴重な本や、今はもう絶版になっている古い本などがたくさんあった。アメリアは何冊か手に取り、椅子に座って、夢中になって読み進めていた。まだ理解できない難しい本もあったが、目を通すだけでも勉強になるだろうと、ひたすら読み耽る。

 もう何冊目かわからない本を読み終わったあと、アメリアはふと我に返った。

 窓の外を見ると、空が薄っすらと明るくなっている。

(え? まさか、朝まで読み耽っていたの?)

 慌ててサルジュがいた方を見ると、彼もまた前と同じ場所で、熱心に何やら書き付けている。

 図書室内を見渡してみると、管理人はいつのまにかいつのまにか交代したようで、若い男性に変わっていた。

 おそらくサルジュはここで朝まで過ごすことが多く、管理人もそれを邪魔してはいけないことになっているのだろう。

 でも彼のことは言えないかもしれないが、あまり続くと身体を壊してしまう。

 それに、まだ早朝である。

 少しでも身体を休めた方がいいのではないかと考え、アメリアはサルジュの元に向かった。

「あの、サルジュ様」

「……アメリア? どうした?」

 わからないことでもあったのかと尋ねる彼に、少し気まずそうに伝える。

「いえ、その。もう朝になってしまったようで」

「もうそんな時間か」

 彼も熱中していて、まったく気が付いていなかったようだ。

「部屋まで送らせよう」

「サルジュ様も休まれた方がよいのではないでしょうか?」

 そう提案したが、彼は首を振る。

「いや、もう少しやりたいことがある」

「でしたら私も、まだ読みたい本があります……」

 しばらくふたりで顔を見合わせ、侍女が部屋を訪れる前に戻ればいい、という結論に達する。

「区切りの良いところまで」

「この本を読み終えるまで」

 そう言って作業に戻ったふたりは当然のことながら時間が過ぎても気が付かず、探しに来た侍女に見つかり、ユリウスとソフィアに報告されてしまう。

「図書室を勧めたのは私ですが、まさか朝まで本を読んでいたなんて」

 驚くソフィアに、申し訳ございませんと頭を下げる。

「珍しい本ばかりで、つい夢中になってしまいました」

 その隣では、ユリウスがサルジュを叱っている。

「昨日もたしか朝まで図書室にいたな。さすがに二日連続は見過ごせない。お前が身体を壊しては、どんなに成果を上げても誰も喜ばないぞ」

 ユリウスとソフィアはふたり同時に溜息をつく。

「とにかく今は少しでも休め。推薦状は俺が提出しておく。特Aクラスを受験する者は試験まで自主学習が認められているから、学園には午後から来るように」

 心配が二倍に増えた気がする。こんなはずでは。

 そう呟くユリウスの声に居たたまれないような気持ちになりながらも、アメリアはおとなしく侍女に連行された。

 そのまま昼まで客間で休ませてもらい、朝食兼昼食をサルジュとふたりで食べる。午後から学園に行く彼に同行する形で、馬車に乗せてもらった。

 少し眠ったお蔭ですっきりとしたアメリアだったが、サルジュは少し疲れたような顔をしていた。彼曰く、少し休むとかえって調子が悪くなるようだ。

「アメリアは、元気そうだな……」

「はい。私は昔から農地を駆け回っていたので、見た目よりも丈夫なんです」

 だから気にせず何でも任せてほしいと言うと、同乗した護衛騎士のカイドが複雑そうにアメリアを見ていた。先ほどのユリウスと同じ顔なので、むしろ心配が増えたと思っているのかもしれない。









※読むのが追い付かない、というお声をいただいたので昨日は自重しましたが、今日は2回更新してしまいます。すみません!次は18:00更新です。

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