第23話
今までも、サルジュの助手になった者はいたようだ。
けれど誰も彼の思考についていけず、伝えることを諦めたサルジュは、結局ひとりで動くようになる。誰も傍にいないせいでますます研究にのめり込み、無理を重ねる末弟を兄達は心配していた。
「俺達の言葉が届かなかったわけではないが、それよりもやらなくてはならないことを優先していたのだろう。冷害による農作物の被害は甚大で、サルジュの研究には期待が寄せられていたからな」
研究の成果は確実に出ていたから、誰も止めることができずにいた。
そんなときに、アメリアが現れた。
彼の必要としていた現地のデータを持ち、魔法の理論も語り合えるほどの知識がある。サルジュがアメリアの言葉だけは素直に聞いたのも、ようやく対等に話ができる存在を失いたくなかったからだろう。
「俺達ができなかったことを、君に押し付けてしまって申し訳ないと思う。だが、君の存在はもうサルジュにとって必要不可欠だ。どうか、弟を助けてやってほしい。これは俺達家族からの頼みだ」
ユリウスに頭を下げられて、アメリアは慌てて立ち上がる。
「そんな、ユリウス様。私などに……」
サルジュの家族といえば、王家である。アメリアなどに頭を下げて頼まなくとも、命令すればそれで充分なのに。
そうせずに家族からの頼みだという言葉に、サルジュに対する愛情が表れていた。彼らは本当に仲の良い兄弟なのだ。
それでも王子に頭を下げられて、どうしたらいいかわからずに、両手を握りしめて狼狽える。
「私などがお役に立てるなら、これからも精一杯務めさせていただきます。ですから、どうか……」
必死に訴えると、ようやくユリウスは顔を上げてくれた。
「ありがとう。サルジュも、君をとても気に入っているようだ。弟をよろしく頼む」
「そのようなことは……」
さすがに、ありえない。
もしかしたら友人としての親しみは持ってくれているのかもしれない。でも、きっとそれだけだ。
否定するアメリアに、ユリウスは告げる。
「サルジュは魔法と植物学にしか興味がなかった。あの容貌だから、昔から令嬢達には人気だったが、サルジュは誰も相手にせずに、ただ穏やかに微笑むだけだ」
だがそのうち、彼女達は誰もサルジュの特別にはなれないのだと気が付く。
「でも図書室で君がリースに腕を掴まれたとき、サルジュは明らかに怒りを覚えていたよ。アメリアを守るために動き、君を傷つけた婚約者に償わせたいと思っていた」
その言葉で、サルジュがリースから守るように前に出てくれたことを思い出す。
リースに対する怒りと悲しみで心が埋め尽くされてしまいそうになったとき、その姿を見て泣きたいくらい安堵した。
思えばサルジュは、何度もアメリアを助けてくれた。
ひとりでパーティ―に入る勇気がなくて躊躇していたとき。上級生に熱い紅茶をかけられそうになったときも、本当は誰よりも守られるべきサルジュが、身を挺してかばってくれた。
(私は……)
自分の気持ちに戸惑っているうちに、遅れてサルジュが部屋を訪れた。
「遅くなってすまない」
彼の登場にユリウスも話題を切り替えて、アメリアに説明したように特別クラスについて話をしている。
「それで、試験を受ければいいのか?」
「いや、さすがにサルジュには必要ない。アメリアには受けてもらうことになるが、問題なく合格するだろう」
そう言われてしまえば、何が何でも合格しなければならない。
「はい。頑張ります。ですが一年生だと誰かの推薦が必要になると言われたのですが」
そう告げると、ユリウスは頷いた。
「そうだったな。俺が推薦しても良いが」
「ご迷惑でなければ、お願いします」
このままでは国王陛下の推薦状になってしまうと、アメリアは慌てて頭を下げる。
「わかった。明日までに用意しておこう」
「はい。ありがとうございます」
そのまま退出しようとしたが、昨日のように家族の夕食に招待され、アレクシスとソフィア、エストとも再会した。
和やかな食事のあとは、ゆっくりとお茶を飲みながら会話を楽しむのがいつもの彼らの習慣のようだ。
アメリアも王太子妃のソフィアと、色々な話をした。
共通の話題などないように思えたが、ソフィアはとても話し上手で、楽しく過ごすことができた。その間に学園寮には連絡を入れてくれたようで、結局今日も王城に泊めてもらうことになってしまった。
「王城の図書室に行ってみたら? 珍しい本がたくさんあると聞いたわ」
ソフィアは、まだ寝るには早い時間だろうからとそう提案してくれた。
昔から本を読むのは好きだった。
珍しい本があると聞いて、アメリアも目を輝かせる。
「私が行ってもよろしいのでしょうか?」
「ええ、もちろんよ。今、案内させるわね」
こうしてソフィアの侍女が、図書室まで案内してくれた。
さすがに王城の図書館だけあって、学園とは比べ物にならないくらい大きなものだった。天井まである大きな本棚には本がびっしりと詰め込まれている。その本棚でさえ、美しい彫刻が施されていた。
図書室には管理人がいて、ソフィアの侍女がアメリアを王太子妃の客人であること。王城に泊まる予定だが、空いた時間で図書室を利用することを伝えてくれた。
管理人は文官の恰好をした女性だった。侍女の言葉に頷き、アメリアを図書室に迎え入れてくれた。
「王太子妃殿下の御友人であればどの本を読んでもかまいませんが、サルジュ殿下がいらしております。ですから……」
邪魔をしないように、騒がないようにと伝えたかったのだろう。
けれどその前に、アメリアの名前を呼ぶサルジュの声がした。アメリアの姿を見て駆けつけたらしく、手には分厚い本を持ったままだ。
「アメリア。どうしてここに?」
ソフィアから勧められたのだと言うと、サルジュは納得したように頷く。
「ちょうどよかった。話したいことがある。少しいいかな?」
「はい、もちろんです」
目を見開いて驚く管理人に軽く会釈をして、アメリアはサルジュの後に続いて図書室の奥に向かった。
図書室の一番奥には背丈ほどの本棚に囲まれた場所があり、大きなテーブルと椅子が置いてある。机の上に積み重なった本から察するに、ここはサルジュがいつもいる場所のようだ。
王城内なので、護衛騎士のカイドはサルジュの傍にいなかった。けれど管理人がいるので、ふたりきりではないだろう。
アメリアは勧められるまま椅子に座り、サルジュを見る。
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