3-18

 異母兄の即位を不服としたイギスとソーセは手を組み、帝位簒奪を企んだ。

 だが、もともとふたりの仲は悪く、常にいがみ合っているような状態だったらしい。

 協力しているつもりが互いに疑心暗鬼となり、ソーセがイギスを出し抜こうとして、このような暴挙に出たのだろう。

「ここでカーロイド皇帝が暗殺されていたら、国家間の戦争が起きていたかもしれない。アメリアがいてくれて、本当によかったわ」

「……わたしは、ユリウス様の指示に従っただけです」

 感謝を示してくれるソフィアに、アメリアはそう答えた。

 回復したばかりのカーロイドを助けるために、アレクシスはまたすぐにベルツ帝国に向かうのだろう。

 けれど過剰な支援は、また反発を生んでしまうかもしれない。

 ベルツ帝国は、アメリアが思っているよりもずっと、排他的な考えを持つ人が多かった。

(他国とは長い間、交流が途絶えていたから、仕方がないのかもしれないけれど……)

 それでも今のベルツ帝国は、自国の力だけで立ち直ることはできないだ゛ろう。

 ふいにアメリアは、サルジュの言葉を思い出す。

 あれは、サルジュによって結界が張られ、守られていた部屋が襲撃を受けたときのことだ。

 このまま放っておけば、おそらくベルツ帝国の領土は、人が住めない場所になってしまう。

 アメリアの様子を見に来てくれたサルジュは、たしかにそう言った。

 おそらくサルジュには、ベルツ帝国に起こる不可解な魔力妨害の原因が、何となくわかっているのかもしれない。

「アメリア、やっぱりもう少し休んだ方がいいわ」

 ソフィアが気遣うようにそう言ってくれて、アメリアは我に返る。

「いえ、大丈夫です。その、色々とあったので、つい考え込んでしまって」

 出産したばかりのソフィアの方が、ずっと疲れているはずだ。

 そんなソフィアに気を遣わせてしまったのが申し訳なくて、アメリアは謝罪した。

 それでもソフィアは、アメリアをもう少し休ませた方がいいと判断したようだ。

「とにかくお礼が言いたかったの。ありがとう、アメリア。この魔導具のお陰で、私もこの子も救われたわ」

「お役に立てて、わたしも嬉しいです」

 優しく笑うソフィアに、生まれたばかりの小さな命。

 傍には、親友で義姉となるマリーエがいる。

 ここは、大切な人たちがたくさんいる、かけがえのない祖国だ。

 このビーダイド王国を守るためにも、魔導具の問題の解決に向けて尽力しなければならないと、あらためて誓う。


 サルジュと会えたのは、その日の夕食になってからだ。

 ソフィアを見舞ったあとは、ソフィアの言うように少し休んだ。

 それから結婚式の準備に悩むマリーエの相談に乗り、そのあとは自分の部屋で、サルジュに提出する資料作りに没頭していたのだ。

 ベルツ帝国で見た魔法の資料の内容を、ただ書き出すだけの簡単なものだ。

 さすがに持ち出すことはできなかったので、なるべくたくさん読んで内容を覚えたものを、整理しながらまとめていく。

(ベルツ帝国に、属性の魔導師がいたのは随分昔のことね。最後に確認されたのは、今から百数十年も前のこと……)

 それからはアロイスのような、属性ではない魔法を使う者が増えている。

 彼が『魔法のようなもの』と言っていたように、本来の魔法と比べると、とても弱い力だ。

(物を少し浮かせてみたり、透視能力があったり……。属性魔法を使えるほど、魔力がなかったのね)

 覚えてきた内容を整理しながら、ベルツ帝国の魔導師の歴史を辿る。

 やがて、そんな些細な魔力を持つ者も完全に途絶えた。

 それがちょうど、ベルツ帝国の前々皇帝のときのようだ。

 魔法は、とても強い力だ。

 そんな力が国から失われてしまったことを恐れた当時のベルツ帝国の皇帝は、他国から魔導師を呼び寄せようとした。

 けれどそのときには、隣接したジャナキ王国でも、魔力を持つ者は王族ばかりとなっていて、そんな貴重な魔導師を他国に流出させることを禁じた。

 そこで標的になってしまったのが、魔導師が豊富なビーダイド王国であり、中でも光属性の魔法が使える唯一の存在である、王族だったのだ。

(けれど、攫われた王女殿下の子どもは、属性魔法が使えるほどの魔力は持っていなかった……)

 いくら王族にしては魔力が弱かったといえ、攫われた王女も、間違いなく光属性の魔法を使う魔導師だった。

 その子どもが、属性魔法が使えない程度の魔力しか持たないとは思えない。

(もしかしたら王女殿下の魔力も、あの国に滞在するうちに弱まっていた?)

 徐々に力を失っていった魔石のように、どんなに力を持った魔導師でも、ベルツ帝国に長く滞在するうちに、魔力を奪われてしまうのだとしたら。

 アメリアは資料を書き出しながら、そこに自分の考えも書き足していく。

 そうだとしたら、頻繁にベルツ帝国に行っているアレクシスが心配だ。

 たしかに彼はこの国で一番強い魔力を持っているが、まったく影響がないとは思えない。

「だとしたら……」

「アメリア?」

 懸念を口にしたアメリアは、ふいに名前を呼ばれて驚いて振り返る。

 するとそこには、少し呆れたような顔をしたマリーエがいた。

「もう夕食の時間よ。もしかして、あれからずっと資料作りに没頭していたの?」

「……ごめんなさい。つい、夢中になって」

 朝にソフィアのところに顔を出し、昼過ぎにはマリーエと別れたはずなのに、気が付けば窓の外は真っ暗になっている。

「サルジュ殿下も来なかったから、ユリウス様が呼びに行っているわ。さあ、行きましょう」

「うん」

 素直に資料を片付けて、マリーエに連れられて部屋を出た。

「お待たせして、申し訳ございません」

 すでにアレクシスとエスト。そしてソフィアが待っていた。やがてユリウスに連れられて、サルジュも姿を見せる。

「サルジュ様」

 やっと会えたのが嬉しくて声を掛けると、彼の方は少し決まり悪そうに、謝罪の言葉を口にする。

「すまない。つい、没頭していた」

 無理はしないと約束したことを、気にしているのだろう。

 アメリアは思わず表情を和らげる。

 約束を、大切にしてくれるのは嬉しい。

「すみません。わたしもつい熱中してしまって。マリーエに迎えに来てもらったところです」

 だからこそ、嘘は言いたくなくて正直に言うと、サルジュはほっとしたように表情を緩ませた。

「ふたりとも、気を付けるように」

 アレクシスにそう言われて、揃って返事をする。

「はい」

「わかっています」

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