3-19

 それから夕食が始まった。

 乳母がついていてくれるものの、それでもソフィアは我が子の様子が気になるらしく、早々に部屋に戻っていく。

 サルジュもすぐに図書室に戻ってしまうのかと思ったが、彼はアレクシスやユリウスと、何やら話し合いをしている。

 だからアメリアもマリーエと、もう間近に迫った彼女の結婚式についての話をしていた。

「とても綺麗で豪奢なドレスだったね。マリーエにとても似合っていたわ」

 昼に彼女の部屋を訪れたとき、ちょうど彼女のためのウェディングドレスを見ることができた。

 細かい調整のために試着したマリーエの姿はとても美しく、アメリアは思わず感嘆のため息をついたほどだ。

「ソフィア様と王妃陛下がとても張り切ってくださって。いくら何でも派手すぎると思ったくらいよ」

「ううん、マリーエにはあれくらいじゃないと」

 マリーエの華やかな美貌を引き立てるためには、あれくらい贅沢なものではないと釣り合わないだろう。

 ソフィアと王妃はよくわかっていると、アメリアはひとり頷いた。

「きっとユリウス様も気に入ってくださるわ」

「そうなら、いいけれど」

 ほんのりと頬を染めてそう言ったマリーエはとても可愛らしくて、思わず笑みを浮かべてしまう。

「この状況では色々と忙しいでしょうけれど、アメリアだってもう準備しなければならないわ。わたくし達と違って、アメリアの結婚式は春だもの」

「……そうね」

 王家に嫁ぐのだから、結婚式もその準備も大掛かりなものになるのは仕方がない。

 けれど自分はマリーエのような華やかな美人ではないし、あのサルジュの隣に立てば、どうしても見劣りしてしまうだろう。

(ああ、でも。それでも……)

 準備の大変さよりも、地味な自分の見た目に対する嘆きよりも、とうとう愛する人と結婚できるという喜びの方がずっと上だった。

「春が、待ち遠しい」

 思わずそう言葉にしてしまったけれど、マリーエはからかうことなく、優しく慰めるように言ってくれた。

「春なんて、もうすぐよ」

「うん、そうね」

 それまでに、雨を降らせる魔導具の問題も、解決すればいい。

 そのためにも、はやくサルジュに提出する資料を完成させなくては。

 そう思ったアメリアは、まだやらなくてはならないことがあると言うマリーエと一緒に、少し早めにそれぞれの部屋に戻った。

 サルジュはまだ、アレクシスとユリウスの三人で話し合いをしているようだ。

 あのふたりが一緒ならば、サルジュが無理をする前に止めてくれるだろう。そう思って、夕食のために中断していた資料作りを再開する。

「うん、できた」

 ようやく完成したのは、もう真夜中過ぎのことだった。

「もうこんな時間……。明日から学園が再開するから、もう寝ないと」

 夏季休暇は、今日で終わりだ。

 もしアメリアがもう学園を卒業していたら、もう少しベルツ帝国に滞在して、詳しい調査ができたのかもしれない。

 そう思うと少し残念になったが、どのみち襲撃があった時点で、国王陛下もアレクシスも、ベルツ帝国から早めに引き上げるように命じただろう。

 資料は明日の朝、学園に行く前にサルジュに渡して行こうと思う。


 そして、翌日から学園が再開された。

 朝食で会ったサルジュに、昨日制作した資料を渡してから、学園に向かう。

 今日からは、研究所に通うマリーエも一緒だ。

 従弟のソルとミィーナが休み時間にわざわざ訪ねてきて、レニア領の作物の成長具合と、両親の様子を報告してくれた。

 とくに、成長促進魔法をかけた肥料を与えた土地は、もう収穫できるくらい育っていて、効果は抜群のようだ。

(でもこれは、サルジュ様が魔法を掛けてくれたからかもしれない。魔導師によって品質の差が出るのは、少し問題ね)

 他の土魔導師にも協力してもらって、一定の品質の肥料が作れるように調整しなくてはならないだろう。

 ソルに渡してもらった資料を分析しているうちに、昼休みになったらしく、マリーエが昼食に誘ってくれた。

「今日は学園内にある食堂に行ってみない?」

 サルジュが卒業してから、学園内にあった王族専用の休憩所は使われていなかった。

 アメリアとマリーエだけならそれほど警戒は必要ないし、研究所にある休憩室の方が近くて便利だったからだ。

 でもマリーエは、学園内の食堂に興味があったらしい。

 まだアメリアが学生のうちに一度行ってみたいと言われていたことを思い出し、アメリアはすぐに頷いた。

「ええ、そうしましょう」

 アメリアも、入学してから特Aクラスに進学するまでの僅かな時間しか、食堂を利用していない。

(そういえば、名前も知らない上級生から、嫌がらせで紅茶を掛けられそうになったこともあった。さすがにあれは酷かったと思う)

 あれから随分経過して、学園内の雰囲気も変わったことだろう。

 あのとき、初めて再現魔法を見たことも思い出し、思わず立ち止まる。

(たしか食堂に入ってすぐに、あの人たちに会って。それをサルジュ様が庇ってくださって……)

「アメリア、どうしたの?」

 立ち止まったアメリアに、マリーエは不思議そうに尋ねる。

「少し昔のことを思い出してしまって。一年生のときに……」

 当時の話をすると、マリーエは憤った。

「そんなことがあったの? いくら何でも、ひどすぎるわ」

「サルジュ様が庇ってくださったし、ユリウス様がすぐに再現魔法を使ってくださったから、大丈夫だったわ」

 そんなマリーエを落ち着かせるように、穏やかにそう言う。

「再現魔法……。そうだったのね」

 過去を完全に再現するあの魔法の前では、誰であろうと言い逃れはできない。

 これからはエストが、学園でその役目を担うのだろう。

(それに、その当時と比べると、雰囲気も随分変わったわ)

 空いていた席にマリーエとふたりで座り、周囲を見渡しながらそう思う。

 生徒たちは皆、和やかに談笑していて、一部の生徒が他を支配しているようなこともない。

(よかった……)

 表には見えない問題があっても、エストがいればいずれ解決していくだろう。

 もう誰にも、あんな思いはしてほしくない。

 成人してからも、楽しかったと思い返せるような場所になってほしい。

 ここは魔法を学ぶための学園で、あまり他の領地とは交流のない地方出身者にとっては、友人を作れる貴重な場でもある。

 アメリアがマリーエと出会えたように、心から信頼できる人と出会うことができればと思う。

 学園から帰ると、着替えをしてからすぐに近くにある図書室に向かう。

 そこには、予想していたようにサルジュの姿があった。

 珍しく魔導書も資料も開いておらず、ただ静かに考えを巡らせている。

 ベルツ帝国で見せてもらった古い資料をわざわざ書き出すことはせず、すべて頭の中で整理しているのだろう。

(さすがサルジュ様……)

 それだけの情報を、書き出すことなく処理できるところはすごいと思うが、この方法ではアメリアは手伝うことはできない。

(どうしようかな?)

 サルジュが気付かないようなら、そっと退出するべきだろうか。

 そう思っていたところに、サルジュが顔を上げた。

「アメリア、おかえり」

 そう言って、優しく微笑む。

 顔色も悪くなさそうだ。

 そんな彼の様子に安堵して、アメリアも笑顔で答えた。

「はい。ただいま戻りました」

 導かれるまま、サルジュの隣の椅子に座る。

「資料をありがとう。わかりやすくまとめてくれて、助かった」

「いいえ。お役に立ててよかったです。あの、資料をまとめていて思ったのですが」

 アメリアは、ベルツ帝国に魔導師がいなくなった理由について、思っていることを述べた。

「魔石と同じで、何らかの原因で、少しずつ魔力が減少していったのではないかと思いました。きっと攫われた王女殿下も、この国で暮らしていたときよりも、魔力が減少していたのではないかと」

 いくら父親にまったく魔力がなかったとはいえ、その娘に魔力が引き継がれなかったのは、さすがにあり得ない。

 その娘の子のアロイスも、属性魔法を使えるほどの魔力はなかった。

「うん、そうかもしれないね」

 アメリアの考えに、サルジュは同意するように深く頷いた。

「アレクシス様は、大丈夫でしょうか?」

 そんなベルツ帝国に頻繁に行っている彼が心配になってそう尋ねると、サルジュは頷いた。

「ああ。アレク兄上は、何でもないようだ。魔法を使っても、とくに違和感などなかったと言っている。それだけ兄上の魔力は高いのだろう」

「……すごいですね」

 アメリアのような普通の貴族からしてみれば、サルジュやユリウスの魔力もかなり高い。それを遥かに上回るアレクシスは、どれほどの魔力を持っているのだろう。

「明日からアレク兄上はベルツ帝国に赴いて、カーロイド皇帝が回復するまで、滞在するようだ。アメリアの治癒魔法で、傷は問題なく回復しているだろうから、そう長くはかからないだろう」

「はい」

 子どもが生まれたばかりだ。

 アレクシスも本当は、まだソフィアに付き添っていたいだろう。けれどベルツ帝国を誰が掌握するかで、この大陸の運命が決まるかもしれない。

 それを考えると、あの国に滞在しても何の影響もないアレクシスが最適なのだろう。

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