第36話

 毎日王城の客間に眠り、朝になると四人の王子達。そして王太子妃のソフィアと朝食をとって、サルジュと一緒に学園に向かう。

 そんな生活が始まってしまった。

 今まで何度も王城を訪問していたので、少し慣れていたのが幸いだった。

 顔馴染みの侍女もアメリアが暮らしやすいように気を配ってくれるし、ソフィアも何か困ったことがあったら何でも頼ってほしいと言ってくれる。

 ただ、学園での過ごし方も少し変わってしまった。

 今までは、午前中は自習室で試験勉強をしていた。でもサルジュの傍を離れないために、朝からまっすぐに図書室に向かうことになっている。

 登校時からずっと一緒で、帰りも同じ馬車で王城に帰る。 

 これでは、まるで彼の婚約者であるかのような扱いである。

 恐れ多いことだと、せめて午前中は別行動をしようとした。だが、別行動をするのならは護衛が必要になると言われて、やはり躊躇ってしまう。

「危険なのは本当だから、おとなしくサルジュ殿下の傍にいた方がよいのではないかしら?」

 そう言ったのは、マリーエだ。

 リースは帝国の者と通じていたが、具体的な話はまだ何も聞かされておらず、彼からほとんど情報を引き出せなかったようだ。

 希少な土魔法の遣い手とはいえ、知識も才能も平凡なリースは捨て駒ではないか。 

 本当の狙いは水魔法の遣い手であり、知識も豊富で優秀なアメリアだったのではないかと言われている。

(私にそこまでの価値があるとは思えないけれど……)

 でも、中にはアメリアを使ってサルジュをおびき出すつもりだったのではと言う者もいて、そんな話を聞いてしまえば無謀なことなどできるはずがない。

 カイドは騎士団の中でも剣技に優れ、さらに火魔法を使う魔法剣士だ。彼ならば、ひとりでもサルジュとアメリアの両方を守れる。だからこそふたりに振り回されて苦労をしているのだが、そんなカイドの傍にいれば安心だと、アメリアも彼を信頼していた。

 リースは正式に王立魔法学園を退学処分になり、魔封じの腕輪をつけられたようだ。彼の身柄はまだ騎士団に拘束されている。しばらく解放されることはないだろう。

 その供述通り、セイラは実家であるカリア子爵家に逃げ帰っていた。セイラもまたリースと同様に退学になり、魔封じの腕輪をつけられていた。ただ、彼女の場合は帝国と通じていたわけではないので、これ以上の処罰はないだろう。

 それでも魔法の使えない貴族が、普通に結婚することは難しい。

 修道女になるか、平民になるしかない。

 それは少し気の毒に思うが、魔法という強い力を持つ者が他人を虐げてはならないのだ。

 まだ人生をやり直せる年齢なのだから、更生してほしいと思う。

 今はこの国に帝国の手の者がどこまで入り込んでいるのか、詳しく調査している最中のようだ。ユリウス達が再現魔法を使って徹底的に調べているらしく、近いうちに完全に排除されると思われる。

 もう二度と入り込めないように警備も強化している。

 だが、完全に防ぐことはおそらく難しい。これからも定期的に調査が行われていくのだろう。

 国内は慌ただしいが、学園はいつも通り平穏だった。

 アメリアは黙々と勉強を続け、特Aクラスにトップの成績で合格した。もちろんマリーエも一緒だ。

 特Aクラスに選ばれたのは、全部で十人だ。

 試験を受けた者が五十人くらいだったことを考えると、試験はかなり難しかったのだろう。

 これからは、学園の隣に新設された魔法研究所に通うことになる。

 研究所には王城の図書室と同じくらいの本がたくさんあり、設備も充実していた。

 ここには特Aクラスに選ばれた者だけではなく、正規の研究員もいる。

 彼らはまさに、魔法研究のエリートだ。

知識も経験も豊富で、実力も確かな者ばかり。中にはプライドが高く、傲慢なふるまいをする者もいたが、学生達に教えるのが好きで、面倒見の良い者もいた。

 魔法を学ぶには最高の環境だ。

 初日はそれぞれ自己紹介をしたあと、それぞれの研究目標を発表し、知識や経験を話し合って情報交換をする。

 アメリアの目標は新しい水魔法の開発だと告げると、魔法研究員達は訝しげな顔をしていた。

 新しい魔法の開発は、たとえベテランの魔法研究者だとしても、一生をかけても達成できるかどうかわからないほど難しいものだ。それを特Aクラスの首席とはいえ、まだ学生であるアメリアが口にしたことを無謀だと笑う者もいた。

 だが、サルジュが共同開発者であり、アメリアが彼の助手であることがわかると、誰もが態度を一変させた。研究者達もサルジュならば可能だと信じているのだ。

 特Aクラスの特待生も魔法研究員も熱心で、ときには激論を交わし、協力し合いながら、魔法研究のためにすべてを捧げていた。

 当然のように、サルジュの元にも多くの人が集まっていた。魔法を極めたいと願う者なら誰でも彼に教えを請い、その会話から何かを学びたいと思うだろう。

 けれど、アメリアは少し心配だった。

 サルジュはどんな人の話もよく聞き、穏やかな態度を崩さない。

 まるで、出会ったばかりの頃の彼のようだ。

 知り合った当初のサルジュは、あまりにも整った容貌から冷たい印象を与えないようにと、穏やかな笑みを絶やさなかった。

 それから親しくなるにつれ、アメリアの前では感情を素直に出してくれるようになっていた。

 研究にのめり込んでいるときの、怖いくらい真剣な顔。

 望んでいた結果を得られたときの、嬉しそうな表情。

 好ましくない相手に向けられる、冷徹な厳しい姿も。

 徹夜をしてしまって、通学の馬車の中で眠そうに目を細める様子も見てきた。

 だからこそ今のサルジュが無理をしているような気がして、不安になる。

 それに王城に帰ったあと、彼が図書室に籠る時間が長くなったことも気になる。

 彼はずっとひとりで研究をしてきた。人が多く騒がしい研究所では、あまり集中できないのではないか。まして、彼と話したい者は多い。だから王城に戻ってから、自分の研究をしているのではないか。

 アメリアも夕食の時間まではサルジュを手伝っているが、その後はあまり傍にいられない。通いの頃ならまだしも、王城に一緒に住んでいる今となっては、たとえ図書室とはいえ夜遅くまで傍にいることは好ましくない。

 だが研究所に移動してから、サルジュが朝食にこなかったことも、一度や二度ではない。

「アメリア、何か心配事か?」

 学園に行くために馬車の前でサルジュを待っていると、ユリウスに声をかけられた。

 今朝もサルジュは朝食の場に現れなかった。昨日も遅くまで図書室にいたようだ。

 ユリウスはもう半年足らずで学園を卒業するため、研究所には所属していない。再現魔法が使えるため、帝国の影を探して各地を回ることも多かった。

 だが最近は落ち着いてきたらしく、王城で会うことも多い。

「……実は、サルジュ様のことで」

 アメリアは思いきって、ユリウスに打ち明けた。

「なるほどな」

 話を聞くと、ユリウスは大きく頷いた。

「最近忙しくて、サルジュの様子になかなか気が回らなかった。アメリアがよく見てくれて助かったよ。ありがとう」

「い、いえ。差し出がましいと思ったのですが」

「そんなことはない。俺にはアメリアほどの知識がないから、研究の手助けをすることはできないが、環境を整えることはできる。研究所は俺が引き受けるから、アメリアはサルジュを頼む」

「……はい」

 ここで荷が重いなどと言ってはいられない。

 アメリアは真摯に頷いた。

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