3-4
「急に呼び出して、すまなかった」
エストはそう言うと、アメリアに着席を促す。勧められるまま、アメリアは彼の向かい側の椅子に、腰を下ろした。
「実は、アメリアに聞きたいことがあってね」
エストはそう言うと、机の上に資料を広げた。視線で追ってみると、どうやら王立魔法学園に関するもののようだ。
「これは……。学園の?」
「そう。二年前、アメリアが巻き込まれた事件をきっかけに、学園内で高位貴族が問題を起こした場合の対処に、問題があると感じた」
エストがそう言うように、リースに陥れられた事件では、それに便乗したまったく関係のない生徒から、嫌がらせを受けたりした。
結果として、リースを始めとした複数の生徒が退学となり、魔法を封じられてしまったのだ。
弟のユリウスやサルジュから聞いてその事件を知ったエストは、まず学園の在り方を修正しなくてはならないと、色々と模索してきたらしい。
年齢に関係なく、優れた素質を持つ者がより良い環境で学ぶための特Aクラスの設立にも、実はエストが関わっていたようだ。
「規律を守ることも大切だが、高位貴族が罪を犯した場合、それを咎める者がいないのは問題だ。サルジュも卒業してしまい、もう十数年は、学園に王族が入学することもないだろう」
「そうですね」
たしかに彼の言うように、次に王立魔法学園に王族が入学するのは、もうすぐ生まれるアレクシスの子どもだろう。
この国も、少し前までは年ごとに酷くなる冷害に悩まされ、国内の食糧を確保することで精一杯だった。
サルジュの研究が実を結んだことで、こうして国内の改革に取り組める余裕ができたのだ。
「父より、王立魔法学園の学園長になって内部改革を行うようにと命じられた。思い出すのはつらいかもしれないが、もう少し詳しく、当時のことを教えてほしい」
「エスト様が」
後から聞いた話だが、当時の学園長は優秀だったがあまり身分は高くなく、高位貴族の令息、令嬢には、あまり強く接することができなかったのだと言う。
能力重視で抜擢しても、従わない者ばかりでは、改革を行うことはできない。
だがエストならば、きっとこの学園を変えることができる。
「はい、わかりました」
だからアメリアも、できる限りの協力はしようと思う。
それにエストは気遣ってくれたが、当時のことを思い出してもつらくはない。
たしかにリースの裏切りはつらかったが、今のアメリアはとてもしあわせで、過去のことを思い出すこともほとんどなくなっていた。
それに、たしかに当時の学園の雰囲気は、今考えても異常だったと思う。
アメリアがリースと婚約のことで揉めていたとしても、当事者同士で解決するべき問題だ。
それなのに、アメリアはなぜか学園中の生徒から蔑まれた。
リースの策略が巧みだったのかもしれないが、それだけではなかったのだろう。
自分よりも立場の弱い者ならば、虐げても構わない。
当時の学園には、そんな雰囲気が存在していた。それは、ここ数年のことではなく、何年も前からそうだったのだろう。
むしろあのときは第三王子のユリウス、第四王子のサルジュが在学中だったことを考えると、王族のいない年はもっと酷かったのではないかと思う。
表に出ていないだけで、当時のアメリアのような目に遭っていた人がいたのかもしれない。
そう思うと、サルジュやユリウスと知り合えた自分は、とても幸運だったのだと思う。
アメリアは当時のことを思い出しながら、疎外されるきっかけになったこと。
周囲の反応。
教室での様子。
そして友人だと思っていた人たちの変化を、事細やかに説明した。
エストは厳しい表情をしながらも、アメリアの話を最後まで口を挟まずに聞いてくれた。
「たしかに、君の元婚約者の策略が巧みだったというよりは、学園内にそんな雰囲気が存在していて、それに便乗していた者が多かったのだろう。つらいことを思い出させてしまって、すまない」
優しくそう言ってくれたエストに、アメリアは首を横に振る。
「いいえ。わたしには、サルジュ様やユリウス様。そしてマリーエが味方になってくれました。だから大丈夫です」
むしろ自分の経験が、学園を変えるために役立てればと思う。
それからも色々と話し合いをしたあと、エストはぽつりと呟く。
「私自身は学園に通っていなかったからね。まさかその私が、学園長になるとは思わなかった」
そう言って、サルジュによく似た柔らかな笑みを浮かべる。
あまり身体が丈夫ではないため、エストは学園には通わずに、家庭教師に勉強を習っていたのだと聞いたことがある。
「それでしたら、今の学園のことならばクロエ様に聞けばよろしいかと。わたしはほとんど研究所にいたので、今の状況はよくわからなくて……」
アメリアが普通の教室に通っていたのは、入学してから半年ほどだ。
あれから随分経過したので、今は雰囲気が変わっているのかもしれない。
「ああ、そうだね。クロエにも協力してもらうことにするよ」
そう言うエストの腕には、そのクロエが制作した魔導具の腕輪がある。
それは以前、アメリアがソフィアとユリウス、そしてクロエに作り方を教えた魔導具で、簡単な治癒魔法が込められているものだ。
それぞれソフィアは夫のアレクシスに、ユリウスは婚約者のマリーエに。そしてクロエは、エストのために制作したものだ。
エストはそれを大切にしてくれているようで、それを見たアメリアも嬉しくなって、思わず笑みを浮かべる。
(あ、そうだわ。魔導具のことを、エスト様に相談してみようかしら)
ユリウスは忙しそうで、わざわざ呼び出して話を聞いてもらうのも申し訳ない。
これから学園の改革を行うエストもなかなか忙しいだろうが、こうして会うことができたのだから、話を聞いてもらっても良いだろうか。
「あの、エスト様。少し聞いてほしいことがあって」
そう切り出すと、学園の資料を広げていたエストは、顔を上げてアメリアを見た。
「私で良いなら、もちろん聞くよ」
優しくそう言ってくれて、ほっとする。
「学園を退学になってしまった人たちが着用している、魔封じの腕輪のことなのですが」
アメリアはエストに、生まれてくるアレクシスの子どものために、魔力を抑える魔導具があれば、と思ったことを話した。
「でも魔封じの腕輪は罪人の証のような気がして、それを贈るのは失礼ではないかと気になってしまって」
話を聞いたエストは、少し考え込むような顔をした。
「……たしかに、魔力を制御できるようになるまで抑えることができれば、アレク兄上のように、魔力が原因で隔離されてしまうことはないだろう。けれど、魔封じの腕輪は魔力を完全に抑えてしまう。その辺りの調整は必要となるだろう。それは、サルジュが?」
「はい。サルジュ様には先に相談しました。ただ贈っても良い品なのか、判断ができなくて」
弟の魔導具に対する信頼がありながらも、それをサルジュに相談できなかったアメリアの気持ちを、よく理解してくれたようだ。
「そうだね。サルジュは、そういうことには疎いから。でも魔導具に関しては、右に出る者はいない。きっと用途に合った魔導具を作り出してくれるだろう」
エストはそう言って、アメリアの考えに賛成してくれた。
「魔封じの腕輪をそのまま贈るのなら問題があったかもしれないが、サルジュとアメリアがふたりで作り出した魔導具なら大丈夫だよ」
サルジュとアメリアのふたりの研究の成果や作り出した魔導具は、国内のみならず他国からも高い評価を得ている。
エストは誇らしげにそう言ってくれた。
「……ありがとうございます」
賞賛を受けるべきなのはサルジュであり、自分はただ彼の手伝いをしているだけだ。
けれどそのサルジュが、アメリアがいたからこそだと言ってくれる。
エストだけではなく、アレクシスやユリウスも、アメリアを高く評価してくれる。
だから変に卑屈になって否定せずに、身内からの言葉は有難く受け入れることにしていた。
「それに、魔封じの腕輪も永久的なものではない。とくにまだ学生の場合は、よほど悪質な罪でなければ、更生すれば社会復帰もできる」
リースのような、国家反逆罪に問われてしまうような罪では叶わないことだろうが、せめてあの事件に関わった他の人たちが更生して復帰できるようにと、アメリアも願っている。
アメリアはエストに礼を言って図書室を離れ、そのままサルジュの元に向かった。
彼はいつものように王族の居住区にある図書室で、熱心に研究をしていた。
今日はよほど集中しているようで、アメリアが図書室に入っても、傍に寄っても気付かない様子だ。アメリアは邪魔をしないように少し離れた場所に座り、自分のデータをまとめることにした。
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