3-3
アメリアはソフィアとリリアーネと一緒にしばらく会話を楽しんだあと、自分の部屋に戻った。
着替えをしてから、おそらくサルジュがいるだろう王族専用の図書室に向かう。
王城にも大きな図書室はあるが、そこには常に色々な立場の人が出入りをしている。常在している文官がいるとはいえ、サルジュはそこで徹夜をしてしまうことも多い。
(でも向こうの図書室は、王城に勤めている者なら、誰でも出入りできる場所でもある)
だからサルジュの研究と彼自身を守るためにも、兄たちが王族の居住区に、彼専用の図書室を作ったのだ。
それ以来、サルジュはほとんどの時間をその図書室で過ごしている。むしろ図書室というよりは、彼専用の研究室だろう。
去年、王立魔法学園を卒業してからは、ますますその傾向が強まっていた。
いくら防犯面では問題がないとはいえ、何日も徹夜をしていたら身体がもたない。
だからアメリアは、学園が終わったあとはなるべく彼の傍にいることにしていた。
研究に熱心なあまり、周囲の意見をほとんど聞き流しているサルジュだったが、それでもアメリアの言葉だけは、きちんと受け入れてくれる。
(嬉しいけど……。責任重大でもあるわ)
今日もその図書室の扉を開いたアメリアは、魔導書に熱中しているサルジュの姿を見つけて、邪魔をしないように気を付けながら、彼の傍に近付いていく。
真剣な顔をして資料に集中していたサルジュだったが、アメリアの気配にすぐに気が付き、笑顔を向ける。
「ああ、アメリア。帰っていたのか」
輝くような金色の髪に、美しいと評判の王妃によく似た容貌。
出会ったばかりの頃はやや線の細い印象があった。
だがこの春に学園を卒業し、この国での成人の年齢に達したサルジュは、以前よりも精悍になったように思える。
思わず見惚れていると、サルジュは魔導書を閉じて、アメリアに手を差し伸べた。
アメリアは迷わずその手を取り、導かれるままに、彼の隣の席に座った。
「ソフィアお義姉様のところに寄ってきました」
そう報告する。
まだアメリアはサルジュの婚約者に過ぎないが、ソフィアには義姉と呼んでほしいと言われている。言葉通り、本当の妹のように可愛がってくれていた。
「そうか」
ソフィアの名を聞いたサルジュの表情が、柔らかくなった。
サルジュと同じ母親の兄はアレクシスだけだが、王家の四兄弟はそんなことは関係なく、とても仲が良い。
もちろん、そんな長兄の妻であるソフィアとの仲も良好のようで、兄弟全員が、アレクシスの子どもが生まれることを待ち望んでいた。
「アレクシス様はご不在でしたが、体調も良く、お元気そうでした。ベルツ帝国に向かわれたそうで」
「アレク兄上のことだから、すぐに戻ってくるだろう」
サルジュはそう言って笑った。
この国の直系の王族だけが使える光魔法はあまりにも強く、普段は色々な制限があって、自由に使うことはできないようだ。
けれど今の情勢を考えて、各国の間を一瞬で行き来できるように、移動魔法だけは使えるようになった。
その魔法を使って、新皇帝のカーロイドが即位したばかりのベルツ帝国を頻繁に訪れているようだ。
ベルツ帝国は、険しい山脈の向こう側にある国である。
少し前までは敵対していた国で、カーロイドが即位した今も、亡き前皇帝のように山脈のこちら側に攻め入ろうという考えを持っている者が少なくない。
さらに皇帝の異母弟たちも、まだ帝位を狙っているのではないかと言われていた。
他国への侵略に強く反対したために、父によって幽閉されていたカーロイドには、それほど多くの味方はいない。
だがこれ以上の争いを避けるためにも、ビーダイド王国はカーロイドを支持している。
アメリアが考案し、サルジュが制作した雨を降らせる魔導具も提供している。
もともとベルツ帝国がビーダイド王国の王族を狙ったり、険しい山脈を越えてまで他国に攻め入ろうとしていたのは、国土が砂漠化してしまい、食糧不足になってしまったからだ。
それを少しずつでも解消し、帝国の国民たちが平穏に暮らせるようになれば、きっとカーロイドの地位も盤石となるだろう。
だが、大切な妻がもうすぐ出産を迎える時期である。
アレクシスも、いつもよりも頻繁に帰国しているようだ。それほど長距離の移動魔法を何度も使うのは、負担にならないのだろうか。
そう心配したが、サルジュはアレクシスなら問題ないと、きっぱりと言う。
「でも、そんなことはきっとアレク兄上しかできないだろうね」
サルジュたちの父であるビーダイド王国の現国王よりも、アレクシスの魔力は強いらしい。
その自覚があるだけに、生まれてくる子どもと、母親となるソフィアが心配なのだろう。
「あの、サルジュ様。ソフィアお義姉様に贈るお祝いの品のことで、少し相談があって」
いつも忙しいサルジュの時間を奪ってしまうのは心苦しいが、話を聞いてほしくて、そう声を掛ける。
「何か良い案はあった?」
優しく促され、ほっとしながらも、先ほど思いついた魔導具について口にした。
「はい。アレクシス様とソフィアお義姉様の子どもですから、きっととても強い魔力を持っているのではないかと思います」
「うん、そうだろうね」
アレクシスが、あれほどまでソフィアを気遣う理由に、当然のことながらサルジュも気が付いていた。
「成長して魔力を制御できるようになるまで、それを抑えるような魔導具が作れたら、と思ったのですが」
やや緊張しながらも、そう提案する。
この国では、魔力を封じられるのは罪を犯した者だけだ。
それを王太子であるアレクシスの子どもに贈るなんて不敬かもしれないと、言ったあとに不安になる。
けれどサルジュは穏やかに同意した。
「そうだね。それがあれば、兄上も安心するだろう。だが、完全に魔力を封じてしまうと、制御を覚えることもできないから、抑えるだけのものを開発しなくてはならないね」
そう言うと、既に魔導具の仕組みについて考えだしたようだ。
魔力を完全に封じてしまう腕輪は、昔からこの国に存在していて、いつ作られたものなのか、アメリアは知らない。
おそらく、王族だけが使う光魔法が使われているのだろう。
罪人の証のようなものを、改良するとはいえ、アレクシスの子どもに付けても大丈夫なのか。サルジュは自然と受け入れてくれたようだが、その辺りは、サルジュではなくユリウスに相談した方がいいかもしれない。
サルジュのすぐ上の兄であるユリウスは、二年前にアメリアが元婚約者のリースに陥れられたとき、サルジュと一緒にアメリアを助けてくれた。
身内にはとても優しいが、厳しいところもあるユリウスならば、どうするのが最善なのか、一緒に考えてくれるだろう。
けれどユリウスもマリーエ同様、秋に執り行われる予定の結婚式で忙しく、この日も話す機会がないまま終わってしまった。
(どうしよう……。でも私用で、お忙しいユリウス様に押しかけるのも……)
きっとどんな用事でも快く迎え入れてくれるだろうが、さすがに申し訳ない。
どうしたらいいか悩んでいると、翌日、学園が終わったあとに、第二王子であるエストに呼び出された。
(エスト様が、わたしに?)
第王子であるエストは、ユリウスと同母の兄だが、あまり身体が丈夫ではなく、公務にもほとんど関わっていなかった。
けれど、ジャナキ王国の王女であるクロエと再婚約することが決まり、それからは少しずつ、表にも出て来るようになった。
クロエのことで話すことはあったが、彼とふたりきりで会うのは初めてかもしれない。
どんな要件なのか不思議に思ったが、きっとクロエに関することだろう。
クロエが何か困ったことがあり、エストを頼ったのかもしれない。
彼が待っているのが王城の図書室だったこともあり、そう思った。
まだ正式にエストと婚約をしていないクロエは、王族の居住区にある図書室には入れないからだ。
だが予想に反して、図書室にいるのはエストひとりだった。
エストはユリウスと同じ黒髪を長く伸ばし、アレクシスと同じ青い瞳をしている。
アレクシスとユリウスは、父である国王陛下に似ているが、エストとサルジュはそれぞれの母によく似たようだ。
だがふたりの母の正妃と側妃も従姉妹同士なので、四人兄弟はよく似ているし、とても仲が良い。
アメリアはひとり娘なので、仲の良い兄弟を少し羨ましく思うが、もうすぐ彼らとも血縁になれる。
そう思うと、心がふわりと温かくなる。
優しい彼らと家族になれるのは、とても嬉しい。
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