3-2
アメリアのために色々と教えてくれていた王太子妃のソフィアも、そのひとりだ。
彼女との勉強会が中断されているのは、身重のソフィアがそろそろ出産の時期を迎えるからだ。
いつもは他国を忙しく渡り歩いている王太子のアレクシスも、何度も帰国しては、ソフィアの様子を見に行っているようだ。
アレクシスはサルジュと同母の兄で、四人兄弟の中でも一番強い魔力を持っている。
そのため、幼少時には魔力を上手くコントロールすることができず、兄弟たちとは離れて暮らしていたらしい。
だからか人一倍家族愛が強く、弟や妻であるソフィアはもちろん、第二王子エストの婚約者であるジャナキ王国の王女クロエ。
第三王子ユリウスの婚約者であるマリーエ。
そして、第四王子サルジュの婚約者であるアメリアのことも、本当の妹のように可愛がってくれる。
アメリアにとっても、優しくて美しいソフィアは憧れの的だったし、王太子のアレクシスのことも信頼し、尊敬している。
だからこそ、ふたりの間に初めて生まれる子どものために、何か特別な祝いの品を贈りたいと、ずっと考えていた。
(でも何がいいのか、まったく思いつかなくて……)
アメリアに用意できるものなど限られているし、もちろんふたりには、他にもたくさんの祝いの品が贈られるだろう。
学園が終わり、王城に帰る馬車の中でも、アメリアはずっとそのことについて考えていた。
第四王子のサルジュと婚約してから、アメリアは王城の王族が住まう居住区に部屋を用意してもらっていた。
結婚すれば王子妃になるとはいえ、まだ婚約者に過ぎないアメリアが王族の居住区に住むことを許された原因は、ふたつあった。
ひとつは、この国の食糧事情を解決するために熱心に研究を続けているサルジュをサポートするためだ。
彼は研究に集中すると、休むことも食事をすることも、簡単に忘れてしまう。
アメリアはそんなサルジュが熱中しすぎないように、助手をしながらも注意を促す役目だった。
けれどアメリアも、どちらかというとサルジュと似たような性質で、ふたりで朝まで研究を続けてしまったことが、何度もある。
(最近は、そうならないように気を付けているけれど……)
今までサルジュの護衛騎士であるカイドと、そんなカイドの婚約者で、アメリアの護衛騎士であるリリアーネには、とても面倒を掛けてしまったと思う。
(リースのことでも、色々とあったから)
アメリアは、元婚約者のことを思い出す。
王城に部屋を用意してもらったもうひとつの理由は、その元婚約者であるリースが、かつて敵国であったベルツ帝国に通じて、アメリアを拉致しようとした事件があったからだ。
冷害に悩まされているこの国とは違い、険しい山脈を越えた向こう側にあるベルツ帝国では、反対に国土が砂漠化してしまっていた。
そして、それを解決できる魔導師を求めていたのだ。リースは土魔法、アメリアは水魔法の遣い手なので、砂漠化を解決するには最適だと思ったのだろう。
このビーダイド王国は、貴族のほとんどが魔力を持って生まれているが、クロエの出身地であるジャナキ王国では王族のみが魔法を使える。
他のふたつの国も、今は同じような状態であり、ベルツ帝国に至っては、きちんとした魔法を使える魔導師は、もはやひとりもいないらしい。
だからこそリースに接触して唆し、水魔法の遣い手であり、サルジュの助手を勤めていたアメリアを狙ったのだろう。
もちろん、その企みは失敗している。
それでも用心のために、学園寮よりも警備が厳重な王城に住み、サルジュと同じ馬車で学園に通うことになったのだ。
そのリースは、事件後に魔法を封じられて、罪を犯した貴族が投獄されている建物に幽閉されていた。
今のアメリアはしあわせなので、もう過去を思い出して心を痛めることはなくなったが、それでも完全に忘れることはないだろうと思う。
この王立学園に入学するまでは、リースもアメリアと普通に接してくれていた。将来は彼と一緒に、故郷のレニア領地を継ぐと、信じていた。
数年前までは、まさか自分が王族の一員になるなんて思わなかったのに、アメリアの運命はあのできごとで大きく変わってしまった。
「アメリア様」
ふと声を掛けられて、我に返った。
馬車の入り口から、護衛騎士であるリリアーネが覗き込んでいた。いつの間にか王城に到着していたようだ。
「ごめんなさい。少しぼんやりしていたみたい」
そう謝罪してから、馬車を降りる。
そのまま部屋には戻らずに、ソフィアに会いに行くリリアーネと一緒に、王太子妃の部屋に向かった。
リリアーネとソフィアは友人同士で、とても仲が良い。こうしてたまに会って話すことを、ソフィアも楽しみにしているようだ。
「アメリア、リリアーネ、いらっしゃい」
ソフィアはベッドではなく、ソファーに坐って寛いでいた。
顔色も良く、体調も良さそうだ。
珍しく、いつもソフィアの傍にいるアレクシスの姿はなかった。
「アレクシスは、ベルツ帝国に行っているの」
思わず周囲を見渡してしまったアメリアとリリアーネに、ソフィアはそう言い、納得する。
そんな理由でもなければ、きっとソフィアの傍を離れることはないだろう。
「アレクシス王太子殿下が、あれほど心配なさるとは思いませんでしたね」
リリアーネの婚約者のカイドは、アレクシスとは学生の頃からの付き合いらしい。
そんな関係で、昔の彼をよく知っているだろうリリアーネは、妊娠がわかったソフィアに対する過保護な様子に、随分驚いたようだ。
でも心配するのも無理はないのではないかと、アメリアは思う。
アレクシスはもともと兄弟の中でも一番魔力が強く、しかも王太子である彼の子どもならば、必ず光属性を持って生まれてくるだろう。
このビーダイド王国の王族の直系は、光魔法を使うことができる。
王子は四人いて、王太子のアレクシスと第四王子のサルジュは正妃の子であり、第二王子のエストと第三王子のユリウスは、側妃の子である。
四人とも光属性を持っているが、長男で王太子であるアレクシスの子どもにだけ、光属性は引き継がれるであろう。
それは、この国の王族が光の聖女を娶り、女神の祝福を受けたからだと言われている。過去には稀に、直系の王族以外にも光属性を持っている子どもが生まれることもあったようだが、そのせいでビーダイド王国の王族は、昔からベルツ帝国から狙われてきた。
彼らの祖母に当たる女性はベルツ帝国に拉致されてしまい、幼い頃のサルジュも攫われそうになったことがあるらしい。
だから生まれてくる子どもは、アレクシスに似て強い魔力と光属性を持っているだろう。
だが魔力の強い子どもを産むのは、母親にとってもかなりの負担となる。
ソフィアも王太子妃に選ばれるだけあって、かなり強い魔力を持っている。
それでも、ソフィアを大切にしているアレクシスは、心配になってしまうのだろう。
そのアレクシス自身も、幼い頃は自らの魔力を上手く制御できず、弟たちとは離れて暮らしていた。
(ああ、そうだわ)
ふとあることを思いついて、アメリアは思考を巡らせる。
元婚約者のリースのように罪を犯した貴族は、魔法の力を封じられてしまう。それは、魔力を完全に断ってしまうほど強い魔導具らしい。
それを、魔力を完全に断つのではなく、少し弱めるくらいに調整した魔導具が作れたら、まだ魔力の制御を覚える前の子どもには役立つのではないだろうか。
魔力の強い子どもは、制御できない魔力を暴発させることや、周囲の人たちに意図せずに危害を加えてしまうことがある。
子どもなのだから、不満に思ったり、叱られたら嫌だと思うことは、当然ある。
そんな当たり前の感情に、魔力が引き摺られて暴走してしまうのだ。
幼い頃のアレクシスが隔離されていたのも、それが理由だった。
だから、生まれてくる子どもが自分と同じようなことにならないか、心配しているのだろう。
その懸念を、取り除く魔導具が作れたら、出産祝いにはふさわしいのではないか。
そう思いつく。
(戻ったら、さっそくサルジュ様に相談してみよう)
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