2-21
しばらく歩くと、倉庫が並んでいる場所に到着した。
ここは本来なら、収穫した作物を貯蓄するための倉庫だったらしい。
けれど天候の悪化とともに、中身は空となってしまい、今はこうして武器が納められている。
「これがすべて、武器庫になっています」
カイドの説明に、サルジュは頷いた。
「火薬を使ったものが多いと聞いたが……」
「はい。山を切り崩すためのものでしょう」
カイドが武器庫のひとつを開いた。管理人の仕事をしていたので、自由に入ることができるようだ。
中には大砲から、ハンドキャノンのような小型のものまで、たくさんの武器がびっしりと納められている。
「よくこれだけの量を用意したものだ。これで戦争を仕掛けるよりは、その金額で食糧の輸入を申し出た方が上手くいっただろうに」
サルジュの呟きに、アメリアも同意する。
これから彼が開発する雨を降らせる魔道具ならば、ベルツ帝国の状況を救えるかもしれない。
だが最初からベルツ帝国は、大陸のこちら側と交渉するつもりはまったくないのだろう。だからこそ数十年前にビーダイド王国の王女を攫ったり、幼い頃のサルジュを誘拐しようとした。
しかもリースを唆して、アメリアまで帝国に連れ去ろうとしたのだ。
アロイスのこともあるので、それがすべてベルツ帝国の皇帝の意思なのかどうかはわからない。だが年齢から考えても、少なくとも数十年前の王女誘拐事件と、幼い頃のサルジュの事件には、アロイスは関わっていないはずだ。
「いっそ、こんな山脈などなかったらよかったのに」
アメリアは、思わずそう呟いてしまう。
ベルツ帝国は、山脈の向こう側ではただひとつの国だった。
だからこそ他国との協調を知らず、緊急時に頼ることも知らなかった。
そして魔法がどれだけ強いものか、その魔導師を多数抱えるビーダイド王国がどれほどの強さなのか、知ることもなかったのだろう。
「アメリア様、何を……」
けれど、さすがに少し過激な発言だったかもしれない。
焦ったようなカイドの声で我に返るが、サルジュはアメリアに同意して頷いた。
「そうかもしれない。アレクシス兄上なら、こんな兵器など使わずとも崩せるだろう」
「たしかにアレクシス様なら出来そうですが、むやみに自然を壊してはなりません。せめて、転移魔法の魔方陣を設置するとか……」
サルジュまでそんなことを言い出したので、カイドが慌ててそう言った。
考えてみればたしかに彼の言うように、自然を破壊するのはあまり良くないので、魔方陣は良い考えかもしれない。
「とにかく今は、この武器庫を何とかしないと」
カイドがそう言った途端、背後から低く押し殺した声がした。
「……そうはさせない」
振り返ると、アロイスが武装した兵士達を引き連れて道を塞いでいる。
「まさかビーダイド王国の噂の第四王子が、こんなところまで乗り込んでくるとはな」
彼はそう言うと、アメリアを見つけたときのように不敵な笑みを浮かべた。
「そちらから来てくれるとは思わなかった。ぜひ、帝都まで招待させてほしいものだ」
そう言いながら手を上げると、兵士達が三人を取り囲む。
「彼らは洗脳していないようだな。本物の仲間か」
周囲を見渡したサルジュがそう呟くと、アロイスは明らかに動揺した。
「……何を言っている」
「町の広場に集められた兵士達は、全員が洗脳されていた。けれどここにいる兵士達は違う。何が目的だ? 帝国を乗っ取って、大陸を制覇するつもりか? どちらにしろ、こんなものを見てしまっては見過ごすことはできない」
サルジュは大量の武器を見てそう告げる。
「……たった三人で、何が出来る」
「魔導師が三人だ。あまり魔法を侮らない方がいい」
挑発するわけでもなく、淡々とそう言うと、サルジュは振り返って武器庫を見た。それだけで、大量にあった武器はすべて土塊となり崩れ落ちる。
「!」
これにはベルツ帝国の者だけではなく、アメリアも驚いた。
(魔法というよりは、サルジュ様がすごいのでは……)
カイドも同じように驚いていたので、その認識で間違いないだろう。
「…・・っ」
アロイスは、目の前で起きたことが信じられないように目を見開き、言葉も出ない様子だ。サルジュはそんな彼に近付き、その耳元に何事かを告げる。
それが何だったのか、わからない。
けれど呆然としていたアロイスの瞳に、瞬時に恐ろしいほどの殺意がこもったのが見て取れた。
「貴様……」
「サルジュ様!」
危険を察知したアメリアとカイドが駆け寄るよりも早く、逆上したアロイスの指がサルジュの首に絡みつく。渾身の力が込められているのがわかって、アメリアは悲鳴を上げた。
何とかして彼を助け出さなくては。
アメリアは必死に考える。
使えるのは、水魔法だけ。
けれど水魔法に攻撃手段はない。治癒魔法や、水を出したり降らせたりするだけだ。
でも水が脅威になることもある。
豪雨。濁流。すべてを押し流してしまうほど強い、水の勢い。
それを思い浮かべて、アメリアは呪文も魔方陣さえもなく、ただアロイスに向かって魔法を放った。
「ぐあっ」
サルジュのことを思い、彼を助け出したくて全力を出したその魔法は、アロイスをアメリアが思っていた以上に吹き飛ばした。
それだけではない。
まるで濁流のように勢いのある水は、アロイスだけではなく三人を取り囲んでいた兵士達まで押し流してしまったのだ。
アメリアは、他は何ひとつ顧みず、アロイスから解放されたサルジュに駆け寄って、彼を胸に抱きしめる。
「サルジュ様、よかった……」
アロイスを襲った水は、サルジュには何ひとつ危害を加えていない。まったく濡れていない彼の髪に頬を摺り寄せて、その無事を確認して安堵した。
「アメリア、すまない」
何度か咳き込んだサルジュは、自分を抱きしめるアメリアの背に手を回して、宥めるように撫でる。
「少し確認したいことがあった。まさか彼が、あんなに逆上するとは思わなかった」
「……確認したいこと、とは?」
アメリアが首を傾げると、サルジュは視線を武器庫の奥で土塗れになって倒れているアロイスに向ける。
「今から五十五年ほど前。ビーダイド王国の王女がベルツ帝国に攫われたことがあった。私の祖父の妹で、変わった魔法を使ったと聞く」
「変わった魔法、ですか?」
「そう。隠蔽というか、人の関心や興味を自分から逸らす魔法を使っていたようだ」
王女はその魔法を使って、よくひとりで自由に過ごしていたらしい。
彼女は王家に生まれたにしては魔力があまり高くなく、ひとりでいることを好むおとなしい王女だったそうだ。
「人の興味を逸らす……。ある意味、洗脳の類かもしれないと思ってね」
「それは……」
アロイスは、その攫われた王女の血を引いているのではないか。
サルジュはそう思って、尋ねてみたらしい。
「攫われた王女殿下は、その後どうなったのですか?」
「ベルツ帝国の男性と恋仲になり、彼の協力を得てジャナキ王国に逃げたと聞いている」
王女は一緒に逃げてきたベルツ帝国の男性との仲を父である国王に反対され、帰国を拒んでそのままジャナキ王国で暮らしていたらしい。
もしふたりに子ども、そして孫がいるのなら、ジャナキ王国で暮らしているのではないか。アロイスがジャナキ王国にいたのも、生まれ育った国だからではないか。
サルジュはそう考えたのだ。
だがそれを尋ねられたアロイスが、なぜあそこまで逆上したのかわからない。
でもアロイスが自身のことを魔導師のなり損ないだと言っていた理由はわかった。いくらビーダイド王国の王女の血を引くとはいえ、長い間魔法が絶えていたベルツ帝国の男性との子どもには、魔法が使えるほどの魔力や素質がなかったのだろう。
なり損ないという言葉から察するに、彼にとってビーダイド王家の血を引いているという事実は、あまり公表したいことではなかったのではないか。
アメリアは、そんなふうに思ってしまう。
もっとも、すべて想像でしかない。
「それにしても、アメリアの魔法はすごかったね。あれはどんな魔法?」
サルジュにそう尋ねられ、戸惑う。
「自分でもよくわかりません。ただ、サルジュ様を助けたい一心で。魔方陣も呪文もなく、ただ水をぶつけただけです」
「そうなのか。でも無詠唱で魔法を使える者は、王族以外誰もいない。素晴らしいことだ」
そう褒め称えられたが、もう一度使えるかどうか、自分でもよくわからないほど曖昧なものだ。
サルジュを助けたい。その気持ちだけでできたようなものだ。
「これからどうされますか?」
「他にもアロイスに賛同している者がいるかもしれない。武器庫はすべて無力化した方がいいだろう」
サルジュは武器庫すべてを無力化すると、カイドを見た。彼は心得た様子で、倒れているアロイスとその部下達を拘束する。
病気だというベルツ帝国の皇帝も、過去の所業から考えると、それほどアロイスと違うとは思えない。一度向こうに戻ってこのことを伝えた方がいいというカイドの意見に、アメリアも異存はなかった。
その際、アロイスも連れて行くことになった。
彼をここに残しておけば、また人々を洗脳してこちら側に攻め込もうとするかもしれない。それに、アロイスにはまだ聞かなくてはならないことがたくさんある。
広場に集められた人々の洗脳は、サルジュが解いてくれた。
彼らが今までどうしていたのか、これからどうしたいいのか困惑していた様子で話し合っているうちに、サルジュの移動魔法でようやく山脈の向こう側に帰ることができた。
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