外伝3 ユリウスとマリーエの話 中編

 忙しい両親は別だが、夕食のときはいつも兄弟全員が集まることにしている。

 今日も一番先に到着したユリウスは、後に続く兄弟の様子を注意深く見つめていた。

 長男で王太子でもあるアレクシスは、妻のソフィアとともに現れた。穏やかな笑顔でソフィアの手を取る姿は、いつもと変わらないように見える。

 次期国王になる者として生まれた長兄は、その分光の加護も強かった。なかなか魔力を制御することができず、学園に入る年になるまで王都から離れた場所で暮らしていたほどだ。国王である父も昔はそうだったようで、王太子としての宿命なのかもしれない。

 それでも年に数回は戻ってきていた。六歳年上の兄は母親が違うユリウスを、お前が一番俺に似ていると言って可愛がってくれたのだ。子どもの頃は、そんな兄と離れて暮らすことが寂しくて仕方がなかった。

 次兄でユリウスとは母親も同じであるエストも、アレクシスのすぐ後に来た。

 最近は寝込むこともほとんどなくなり、調子が良さそうだ。それを確認して、ほっとする。

 エストは生まれたときから身体が弱く、成人するまで生きられないのではと言われていた。まだ幼い頃は兄を失ってしまうのが怖くて、ユリウスはずっと兄の傍を離れなかったくらいだ。今は無理さえしなければ普通の生活を送ることができる。それがとても嬉しかった。

「サルジュが来ないな」

 アレクシスの言葉に、ユリウスはすぐに立ち上がる。

「多分また図書室だろう。呼んでくる」

 そうしてすぐに向かい、熱心に本を読んでいたサルジュを何とか図書室から連れ出した。

 十年前にこの弟が攫われてしまった日のことを、ユリウスは今でも詳細に覚えている。

 長兄のアレクシスは王都から離れていたし、次兄のエストは寝込む日が多く、両親は忙しい。当時のユリウスにとって、一緒にいられる家族はサルジュだけだった。そんな弟までも自分の傍からいなくなってしまうのかと、心の底から恐怖した。

 あれから十年が経過して、成長した弟を過保護にしてしまうのも、その恐怖を忘れられずにいるからかもしれない。

 こうやって今、兄弟全員が揃って過ごせるのは奇跡のようなことだとユリウスは思っている。だからこそこの幸せが崩れないように、幼い頃からの癖で兄弟の様子を注意深く探ってしまう。

 全員が揃った夕食が終わり、ゆったりと雑談をしている中で、ふと長兄のアレクシスがユリウスに言った。

「そろそろお前の新しい婚約者を決めなくてはならないな」

「……婚約者、ですか」

 ユリウスはキーダリ侯爵家の令嬢とずっと婚約をしていたが、ほとんど形だけで交流はなかった。

 三男であるユリウスには他国から何度も婚約話が持ち込まれ、それを断る口実として父は国内で婚約者を決めようとしたのだ。そのとき、最後に候補に残ったのがキーダリ侯爵令嬢のエミーラだ。

 のちにキーダリ侯爵が他の候補者を脅していたと進言してきた者がいた。

 だか時間が経過しすぎていたこともあり、再現魔法では確認することができず、決定的な証拠は出てこなかった。

 しかも真の悪いことに、他国に婚約したことを正式に発表した直後のことだった。

 王家の都合と、当時者のエミーラがまだ何もわからない年齢だったこともあり、そのまま婚約は継続された。だがそれも仮のもので、もしキーダリ侯爵やエミーラに問題があれば、即座に解消することになっていた。

 そんな事情で、彼女とはほとんど交流のないまま時間が過ぎた。

 そして学園に入学したばかりのエミーラがクラスメイトを不当に虐げていたことが判明して、婚約解消を決めたばかりだ。

 あれから再現魔法の精度も上がり、今度こそ完全に証拠を掴むことができた。問題のあるキーダリ侯爵家との婚姻は完全になくなり、向こうは決まっていた嫡男の婚約さえ解消になってしまったという。もしその嫡男がまともな人間なら救済措置は必要かと思っていたが、それも不要のようだ。

 だがユリウスの婚約が解消されたと聞けば、また各国から縁談が持ち込まれるかもしれない。この大陸が置かれた状況は年々厳しくなり、どの属性の魔法も使える光の魔導師を望む声は大きい。不穏な動きを見せるベルツ帝国だけではなく、他の国もこちらの動向を伺っている。

 王太子であるアレクシスはともかく、身体があまり強くないエストと、この国になくてはならない存在であるサルジュに矛先が向かうよりは、自分が標的になった方がいい。

「そんなに急いで決めるつもりはないよ」

 だからそう言ったが、アレクシスもエストもそれでは駄目だと反論する。

「お前はいつも人の心配ばかりだ。もっと自分のことも考えろ」

「……学園に良い人はいないだろうか」

 心配する兄ふたりの隣で、サルジュはずっと考え込んでいる様子だった。

 いつものように研究のことだろうと思っていたが、ふと顔を上げて、こんなことを言う。

「マリーエ嬢は?」

「えっ」

 最近よく顔を合わせている令嬢の名前を出されて、思わず声を上げる。

「どこの令嬢だ?」

「エドーリ伯爵家の令嬢で、アメリアの友人だ」

 サルジュがそう答えると、アレクシスは大きく頷く。

 アメリアは何度も王城を訪問していて、今では兄弟全員と面識がある。

「なるほど。エドーリ伯爵家か。婚約者もいないようだな。アメリア嬢と親しいのなら、悪い子ではなさそうだ」

 アレクシスの言葉に、エストも同意した。

「そうですね。エドーリ伯爵も家族を大切にする人だと聞いています。権力に固執しないところも好ましい」

「ま、待ってくれ。急にそんなことを言われても、彼女とは……」

 そう言いかけて、我に返る。

 マリーエとの関係を、どんな言葉で表現すればいいのだろう。

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