外伝3 ユリウスとマリーエの話 後編

◆ ◆ ◆


 エドーリ伯爵家の第二子として生まれたマリーエは、早くに母を亡くし、三歳年上の兄と二歳年下の弟。そして父と暮らしてきた。

 父と兄は穏やかで弟も大人しい性格だったから、家族を引っ張るのはいつもマリーエだった。そのためか、間違っていると思ったらはっきりと言ってしまう、令嬢らしからぬ性格になってしまったのかもしれない。

 十六歳になって王立魔法学園に入学して早々、マリーエはクラスメイトから距離を置かれていた。

 あまりにも他の生徒がマリーエのいる教室に集まるものだから、それを制限してほしいと教師に告げてしまったのだ。それが一部の生徒の反感を買い、他のクラスメイトも面倒ごとに巻き込まれるのを嫌って、マリーエにはよそよそしい態度になっている。

 生徒が集まっていた原因は、同じクラスにいる第四王子サルジュだったようだ。たしかに彼を初めて見たときは、思わず目を奪われた。

 だが彼に関することであれば、マリーエが口を出さずともじきに王家の方で対策をしていたと思われる。実際に教室を訪れた第三王子のユリウスは、マリーエが教師に告げた内容を自分の指示だと言っていた。

 彼がそう言った途端、マリーエに嫌味を言う人間がいなくなった。たしかにマリーエに文句を言えば、同じことを指示したユリウスに文句を言っているのも同じことだ。

 マリーエ自身がこんな経験をしていたから、大切なものをよりによって噴水の中に放り込まれたアメリアを放っておけなかった。

(大切な資料を水の中に放り込むなんて)

 もしかしたらアメリア本人よりも、マリーエの方が憤っていたのかもしれない。

 貴族社会はそういうものだと言われてしまえばそれまでだが、この学園の生徒達は周囲に流されすぎる。このままでは例年よりも多くの退学者を出すことになってしまうのではないか。そんなことすら考えた。

(我が国の王族の方々が完璧すぎるから、危機感がないのかもしれない)

 友人になったアメリアの縁で、深く関わることになった第三王子のユリウス、第四王子のサルジュを見てそんなことを思う。

 安心するどころか、この国を取り巻く情勢は年々厳しくなっている。

 冷害による不作。それに伴う食糧の不足。

 今はまだ、山脈のこちら側の国では友好を保っているが、年々悪化していくだろう食糧不足に各国も焦燥を抱いている。何かきっかけになってしまうのかわからないくらい危うい均衡だ。

 輝かしく完璧な王族の存在に安心していいのは、この国に住まう人達だけだと、マリーエは考えていた。貴族として生まれたからには、王族の補佐と自分達の領民を守ることに全力を注ぐべきだ。

 噂話や、互いに褒め称え合う話ばかりしている他のクラスメイト達を見ると、くだらないことをしていないでもっと魔法の勉強をしたほうがいいと言いたくなってしまう。

(だからといって、サルジュ殿下やアメリアさんは、少しやりすぎよね)

 午後の授業どころか閉校の時間になっても気付かずに、熱心に研究をしているふたりを図書室で見つけて、思わず溜息をつきそうになる。

「もう閉校の時間になりましたよ」

 そう言って、やや強引にふたりを帰らせ、自分も帰ろうとしていたときにユリウスと遭遇した。

 彼もまた同じ目的でここを訪れたようだ。

「ユリウス殿下」

 マリーエは彼に挨拶をしたあと、ふたりがきちんと帰ったことを報告する。

「ああ、ありがとう。助かったよ」

 ユリウスは柔らかく笑って、そう言ってくれた。

 彼はとても家族想いである。さらに公明正大で、人の上に立つのにふさわしい人間だ。

 そんなユリウスが、じっとマリーエを見つめている。いつもの彼にはあまり似つかわしくない、迷いを含む視線が気になった。

「あの、ユリウス殿下?」

「ああ、すまない。少し考え事をしていた」

 そう言って視線を逸らす。いつも威風堂々とした彼に似つかわしくない憂いの表情に、ひどく心が騒ぐ。

「何かございましたか? わたくしにお手伝いできることがあれば……」

 そう言いかけて、余計なことを言ってしまったと慌てて口を閉ざす。

「申し訳ございません。出過ぎた真似をしてしまいました」

「いや、そんなことはない。自分では意識していなかったが、サルジュに言われてようやく気が付いたようだ」

「サルジュ殿下に?」

「ああ。もし嫌なら断ってくれても構わないのだが」

 ユリウスはそう言葉を切ると、まっすぐにマリーエを見つめた。

「俺の婚約者になってくれないだろうか」

「……、……え?」

 またあのふたりに関することだと思っていたマリーエは、虚をつかれて言葉を失う。

「わ、わたくしが、ユリウス殿下の?」

 衝撃が過ぎ去ると、少しずつ理解が追い付いてきた。

 ユリウスはキーダリ侯爵令嬢との婚約を解消している。他国から縁談を持ち込まれる前に、次の婚約者を決めてしまいたいのだろう。

(つまりキーダリ侯爵令嬢と同じく、仮の婚約者ということかしら?)

 マリーエにはまだ婚約者がいない。それがユリウスの身を守るために必要なことなら、喜んで協力しようと思った。

「わたくしでよろしかったら、喜んで」

 そう答えた。

 マリーエとしては、仮の婚約を受けたつもりだった。

 それが、いつの間にか父親であるエドーリ伯爵も王城に呼び出されていて、婚約披露バーティのための話し合いをしている。

 いずれ解消される婚約である。そこまで本格的にしなくてもよいのではないか。そうユリウスに進言したが、彼はにこやかに笑ってこう言った。

「この婚約を仮のものにするつもりはないよ」

「ユリウス様?」

 驚くマリーエを、ユリウスは腕の中に抱きしめる。

「君の家族や友人を思う優しく気高い心に惹かれた。君となら一緒に生きていけると確信している」

「え、えっと……」

 困惑したマリーエだったが、ユリウスの腕の中から逃れようとは思わなかった。

「わ、わたくしも」

 初めての異性からの抱擁に頬を染めながら、何とか自分の気持ちを伝えようとする。ユリウスが伝えてくれたマリーエに惹かれた理由は、そのままユリウスに感じていたこともでもある。けれど、自分が彼の傍に立つことなど許されないと、最初から諦めていた。

「わたくしも、そう思っていました」

 そう答えたマリーエは、ユリウスの婚約者の話になったときに、サルジュが自分の名前を出したことを知る。

 きっとアメリアと仲良くしていたからだろう。けれどそれを聞いたユリウスは、自分の気持ちを自覚したのだと話してくれた。

 あのふたりも、いずれ婚約するのではないか。

 マリーエはそんなことを思う。

 知らない間に囲い込まれていそうだと、思わず笑みが浮かぶ。けれどアメリアと義姉妹になれたらどんなに素敵だろう。

 大切な友人と、心から信頼して尊敬するユリウスと過ごす未来を夢見て、マリーエはうっとりと目を閉じた。

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