3-21

「アメリアの言うように、夏の終わり頃に収穫することができれば、本来の目的は達成している。データも、ほぼ一定だね」

 サルジュはアメリアが提出したデータを見比べて、深く頷いた。

「これくらいの魔法なら、学生でも問題なく付与できる。想定していたよりも早く、完成させることができそうだ」

 サルジュは満足そうに言い、アメリアに笑顔を向ける。

「ありがとう。またアメリアには助けられた」

「い、いえ。わたしは何も」

 眩しいくらいの笑顔とまっすぐな賞賛に、アメリアは恥ずかしくなって俯いた。

 その言葉通り、アメリアはたいしたことはしていない。

 いつだってサルジュの研究の成果を、平凡な人間の視点で見直しているだけだ。

 賞賛を受けるべきなのはサルジュであり、アメリアは助手に過ぎない。

 けれどサルジュは、アメリアを讃えてくれる。

「そんなことはない。これが普及すれば、ジャナキ王国でも随分と助かるだろう」

 もう少しデータを取って、誰が魔法を付与しても効果が一定になれば、王立魔法研究所に渡しても構わないだろう。

 そうすれば魔法水と同じく、一気に流通するに違いない。

 これでまたひとつ、冷害対策のための手段が完成した。

 アメリアも、肩の荷が下りてほっと息を吐く。

 夏季休暇をベルツ帝国で過ごし、戻ってきてからは土魔法を付与した肥料を完成させるために夢中になっているうちに、もう夏は終わろうとしていた。

 もうすぐ、実りの秋になる。

 そうしたらまた、各地の穀物の収穫状況を調べるために忙しくなるだろうが、その前に大切なことがある。

 ユリウスとマリーエの結婚式だ。

 もう準備は完璧で、当日を待つばかりである。

 そんな忙しい日々の合間に、マリーエはアメリアの実験の手助けをしてくれた。

 大切な親友の晴れ舞台だ。

 どうかその日は晴れてくれますようにと、アメリアは空を見上げて祈った。


 結婚式の数日前には、アレクシスも無事に帰国した。

 アメリアはサルジュと一緒にアレクシスのもとに赴き、帝国の様子を聞く。

 カーロイドも完全に回復し、異母弟のソーセとその側近たちは、皇帝暗殺未遂を企んだことで、厳罰に処されたようだ。

 ソーセには妻と子どもがいたが、妻子も身分をはく奪され、帝城から追放されたらしい。さらにソーセの側近たちもすべて、帝都から追放されていた。

 アメリアが予想していたよりも随分厳しい処分だったが、ベルツ帝国を安定させるためにも、必要なことだったのだろう。

 もうひとりの異母弟であるイギスは、今のところカーロイドを正式に皇帝としてみとめ、忠誠を誓っているらしい。

 けれど単純なソーセとは違い、彼はなかなか策略家だそうだ。

 帝都では、ソーセも彼に煽られて、あんなことをしてしまったのではないかと囁かれている。

 アレクシスがそう教えてくれた。

「共犯の可能性もあるらしい。だがソーセとは違い、決定的な証拠をまったく残していなかったから、罰することはできない。むしろ疑いだけで処罰してしまうと、今度はカーロイドが批判されるだろう。難しいところだな」

 だが、表面だけでもベルツ帝国は平穏を取り戻した。

 雨を降らせる魔導具はまだ不具合のままだが、もともと試作品を借りてきたのだからと、カーロイドは周囲には説明しているらしい。

 もうすぐ、完成した魔導具を手に入れることができる。

 そう言って、不満を抑えているようだ。

 水不足で苦しむ人々に、まったく魔導具の制作に関わっていない立場からそう言うのは、無責任かもしれない。

 けれど、ベルツ帝国ではそれくらい緊迫した状態のようだ。

 一部の町では、飲料水でさえ不足しているという。

 そしてアメリアも感じたように、やはり気温も少しずつ上昇している。

 早く何とかしたいと、カーロイドも焦っているのだ。

「支援として、食糧と水を送ることにした。こちらはサルジュのお陰で、少し余裕があるからな」

 今年は品種改良をした穀物と魔法水が普及したお陰で、以前と同じくらいの収穫量が期待できる。

 だから備蓄していた分を、支援に回すことにしたようだ。

 カーロイドが皇帝だからこそ、こうして他国からの支援を受け取ることができる。帝国の貴族たちも、それがわかってくるだろう。

「それから、サルジュに頼まれたことだが」

 アレクシスはそう言って、サルジュを見た。

「各地を回って計測してみたが、やはり帝国の最南よりも、ほぼ中央に位置しているはずの帝都の方が、気温が高い。むしろ帝都から離れるほど、下がっているようだ」

 各地の気温や砂漠化の様子を記したデータを受け取り、サルジュは素早く目を通している。

「それと帝都周辺に、魔導師がいた頃の建物が、複数あった」

 建物はかなり老朽化している。

 それでも取り壊せないのは、魔法によって施錠されているからのようだと、説明してくれた。

「どんなに外見が朽ち果てても、魔法の施錠を解除して内部に入らないと、建物を取り壊すこともできない造りになっているようだ」

「その建物の場所はどこですか?」

 サルジュに問われ、アレクシスはベルツ帝国の帝都の地図を広げると、そこに複数の印をつけた。

「これで全部だ」

 その地図と、各地の気温が記されたデータを見比べて、サルジュは静かに考え込んでいる。

 そのうちにエストとユリウスもアレクシスのもとを訪れて、話はユリウスとマリーエの結婚式のことになった。

 当時の警備や披露宴の内容など、事細やかに確認している。

 アメリアも、当時はサルジュの婚約者として出席しなければならない。サルジュの分もしっかりと話を聞いておこうと、その話に加わった。

 そのまま夕食と、その後の団らんを終え、アメリアはサルジュと一緒にそのまま図書室に移動した。

 ふたりが夕食後に、そのままそれぞれの部屋に戻ることはほとんどない。

 サルジュはまだ考え込んでいるようで、アメリアは足を止めて、彼に問いかける。

「サルジュ様。わたしがベルツ帝国で感じた魔力のことですが」

「……うん」

 邪魔をしてしまうかもしれないと思ったが、サルジュは顔を上げて、アメリアを見つめる。

「それは帝城ではなく、帝都の方で強く感じました。もしかしたらあの、帝都に残されている昔の建物と関連があるのでしょうか?」

「おそらく、そうだと思う」

 サルジュはアメリアの言葉に同意すると、図書室の机に先ほどの地図を広げた。

「アレク兄上のデータと見比べても、帝都を中心に気温が上昇している。この建物を調べる必要がありそうだ」

 そう言ったサルジュだったが、すぐに地図を閉じる。

「その前に、ユリウス兄上の結婚式があるからね。ふたりには色々と世話になっているから、結婚祝いとして、贈りたいものがある。アメリア、手伝ってくれないか?」

「はい、もちろんです」

 アメリアは笑顔で頷いた。

 サルジュが言うように、ユリウスとマリーエは、研究に熱中しがちなサルジュとアメリアをいつも気に掛けてくれる。

 そんなふたりの結婚式なのだ。

 色々と大変な状況ではあるが、アメリアも心から祝いたいと思う。

 ユリウスもマリーエも、情勢を考えれば結婚式を延期するべきかと悩んだようだが、むしろビーダイド王国だけなら、とても平和である。

 農作物も問題なく実り、確実に収穫量が増えている。

 他国に支援する余裕もあるくらいだ。

 結婚式は、予定通り行われるべきだろう。

「どんな贈り物ですか?」

「揃いの腕輪の形をした魔導具だ。一時的だが、結界が張れるようになっている」

 サルジュは、試作品らしい魔導具をひとつ取り出すと、アメリアに手渡した。

 それを受け取り、腕に嵌めて少し魔力を流してみる。

「これは……」

 ふわりと身体に沿って広がる結界。

 これが発動すれば、誰も危害を加えることはできないだろう。

 ユリウスは外交も担っていて国外に出ることも多いが、これを装着していれば、帰りを待つマリーエも安心するに違いない。

「試作品は以前から作っていたが、これを結婚祝いに贈りたいと急に思いついた。あまり時間はないけれど、アメリアに手伝ってもらえば、きっと完成する」

「はい。頑張りましょう」

 サルジュがこんなふうに思いつきで行動することは珍しいが、それほどふたりのために何かしたいと思ったのだろう。

 ならばアメリアも、全力で支援するだけだ。

 それから暇を見つけては調整を繰り返し、何とか結婚式の数日前には魔導具を完成させることができた。

 装飾にもこだわった美しい腕輪は、一見魔導具には見えず、結婚祝いとしては最適だろう。

「完成しましたね」

 やり遂げた満足感で、思わずアメリアの声も明るくなる。

「ああ、そうだな。アメリアのお陰だ」

 サルジュもそう言ってくれた。

 結界魔法は大きい魔法なので、付与する魔石の選別が大変だった。何度も実験を繰り返し、最適な宝石を探し出す必要がある。

 雨を降らせる魔導具のために、色々な宝石を魔石に使えるようにデータを取っていたのが、ここで役立った。

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