2-19
馬は複数で、乗っている男達は全員が武装していた。
先頭にいた大柄な男が三人に気が付き、こちらに向かってきた。アメリアはサルジュを抱きしめたまま、唇を噛みしめる。
「こんなところで何をしている?」
だがその男は馬を止めると、三人を覗き込んでこう言った。マントを羽織っているが、声からしてまだ若そうだ。
「病人か? どこに行くつもりだ?」
案ずるように尋ねられて、色々な覚悟をしていたアメリアの肩から力が抜ける。
「南から逃れてきたんだ」
カイドがそう答えると、男は納得したように頷いた。
「ああ、南側は干上がった町が結構あったらしいな。北側ならまだマシかと思って逃げてきたのか」
そうして馬に乗ったまま振り返り、国境近くにある町を見た。
「だったら町に来い。これから忙しくなるから、雑用はいくらでもある。仕事をするなら、病人を休ませる部屋くらい貸してやるぞ」
アメリアはカイドと顔を見合わせた。
戦闘になるかもしれないと覚悟していただけに、少し拍子抜けした。
「心配するな。他に女性もいるし、変な仕事はさせない。人が大勢いるから、掃除や食事の支度を手伝ってもらうだけだ」
それを聞いて、アメリアはすぐに返事をする。
「わかりました。手伝います。だから、この人を休ませる部屋を貸してください」
カイドが驚いたようにアメリアを見たが、何も言わなかった。
ここで断るとかえって不自然だと思ったのだろう。
それに、いつまでも砂漠にいるのも危険だ。
たまたま今回は帝国軍にも良い人がいたからよかったものの、余計なトラブルに巻き込まれるかもしれない。アメリアを浚おうとしたあの男、アロイスに見つかってしまう可能性もある。
だったら、人の多い町の中に紛れてしまった方が安全だ。それにきちんとしたところで休めたら、その分サルジュも早く回復するだろう。
「よし、馬に乗るか?」
「いいえ。歩いていきます。この人は、彼が」
カイドがサルジュを抱え、ゆっくりと馬を走らせてくれたその男の後に続く。
町に着くまでの間。アメリアはカイドと男達に聞こえないように、小声でこれからのことを話し合った。
その男は、ローダンと名乗った。
国境の警護をしている地方の兵士だったが、皇弟殿下に招集され、この町に集められたらしい。
こちらは、アメリアはリア。カイドはカイと名乗っておいた。一応、アメリアとカイドは兄妹設定で、サルジュはアメリアの恋人である。
婚約者なのだから恋人を名乗ってもよいはずなのに、何だかとても恥ずかしい。そんなアメリアを見て、ローダンは初々しいなと言って笑った。
ローダンは人が良さそうで、一緒にいるのも彼の同僚で、悪い人ではなさそうだ。その同僚が言うには、ローダンはあちこちから人を拾ってきては、町に連れて行って職を斡旋しているのだと言う。
「戦争が、始まるんですか」
そんな彼なら大丈夫だろうと、少し踏み込んだ質問をしてみると、ローダンは厳しい顔をして黙り込んだ。
答えてくれたのは、別の男だった。
「……皇帝陛下が病に倒れてから、皇弟殿下がこの国を取り仕切っている。皇弟殿下は、食糧が手に入らないのなら奪うしかないと、とうとう山脈越えを決意されたようだ。あの町には今、この日のために開発された多くの武器が集められている」
国境を守る警備兵だったという彼らは、この戦いをまったく望んでいない。
けれどベルツ帝国の皇弟は、乾いて飢えていくこの大地を捨てて、新たな土地を求めて戦争をしようとしている。
アメリアは、誰にも気付かれないようにそっと溜息をついた。
ベルツ帝国すべてが悪ではない。
反対している彼らが戦場に向かわなくてはならない様子を目の当たりにすると、胸が苦しくなる。
(何とか、回避できる方法はないかしら……)
ローダンは町に連れて行ってくれて、サルジュを休ませる部屋も用意してくれた。三人で一部屋だったが、ずっと廃屋や砂漠で暮らしていたので、ベッドがあるだけで有難い。
カイドにサルジュをベッドに寝かせてもらい、ふたりで軽く食事をしながら、これからのことを話し合う。
「本当に、ベルツ帝国軍の手伝いを?」
アメリアはこくりと頷いた。
「ええ。部屋を貸してもらうからには、きちんと働かなくては。カイドはどうするの?」
「こちらにも仕事を紹介してもらえるようです。しばらくはそれをしながら、この町に運び込まれた武器がどの程度のものなのか、探ってみます」
「わかったわ。無理はしないでね」
「アメリア様も、どうかお気をつけて。いざとなったら魔法で強行突破します」
「……そうね」
アメリアは頷いた。
水魔法にはあまり攻撃手段はないが、カイドの火魔法であれば、たとえ複数が相手でも問題なく倒せるだろう。
こうしてアメリアは、国境のすぐ近くの町にしばらく滞在することになった。
ベルツ帝国の兵士と接しなければならないと思い、少し緊張していたが、実際はすでに世話係となっている女性達の手伝いをするだけでよかった。
「病気の恋人のために頑張ってるんだって? 健気だねぇ」
「あんたみたいな若くて可愛い子は、あいつらに近寄らない方がいいよ。給仕なんかは私達がやるから、向こうをお願い」
そう言って料理の下拵えや、誰もいない場所の掃除などを頼んでくれる。兄さんとふたりで食べな、と食事を分けてくれることもあった。
別の仕事を斡旋されたカイドは、驚いたことに、帝国兵がこの町に持ち込んだ武器の手入れを任せられたようだ。お蔭で他の者に不審に思われることなく、じっくりと観察することができたと言っていた。
「やはり、かなりの兵器を用意しています。火薬を使ったものが多いことを考えると、今後の行き来も考えて、山を切り崩して進むつもりのようですね」
「……そんなことまで」
アメリアは部屋の窓から見える険しい山脈を見つめた。
たしかに大勢の兵士を引き連れて山越えをするには、切り崩して進むしかないのかもしれない。
けれどそれには、時間も費用も掛かる。あまり現実的だとは思えなかった。
ベルツ帝国の皇弟は、どうしてそこまでの執念を持って、他国に攻め入ろうとしているのか。
「それと、ひとつ気になることが」
カイドはそう言って、アメリアを見た。
「その皇弟を遠目で見たのですが、アメリア様を拉致しようとしたあの男……。アロイスとそっくりでした」
「!」
思わぬ話に、アメリアはびくりと身体を震わせる。
カイドはアメリアを助けようとしたサルジュに付き従っただけなので、アロイスの姿をはっきりと見たわけではない。
だが、たしかに似ているという。
「気を付けた方がいいでしょう。アメリア様は、なるべく人目に付かない場所にいた方がよいかと」
「……わかったわ」
今もあまり人目に付かない場所で仕事をさせてもらっているので、その点は問題ないだろう。
「おそらくサルジュ様も、そろそろ回復なさるでしょう。そうすればジャナキ王国まで移動して、このことを伝えなくてはなりません」
この町に移動してから、三日ほど経過していた。アレクシスで慣れているカイドは、そろそろ目覚めるはずだと言う。
自分は倒れても一日程度で回復したのでアメリアは心配したが、王家の血を引く者の保有する魔力は桁違いに多いので、回復するにはそれくらい時間が掛かってしまうらしい。
サルジュが目覚めれば、すぐに移動魔法で険しい山脈の向こう側に行くことになる。この町で親切にしてくれた人達のことは気になるが、その人達のためにも、ベルツ帝国の皇弟を止めるべきだ。
カイドとそう話し合ったあと、アメリアは仕事に出かけた。
アメリアは貴族の令嬢だったが、サルジュの婚約者となる前はよく農地を歩き回って領民達の手伝いをしていた。料理だけは今でもあまり得意ではないが、掃除や片付けならばそれなりにできる。
この日も窓の掃除を頼まれて、せっせと窓を拭いていた。
(帝国の町で掃除をしていたなんて言ったら、マリーエやソフィア様は驚くでしょうね……)
きっと心配しているだろう。
無事に帰国したら、心配をかけてしまったことをきちんと謝罪しなければならない。クロエのことも気になる。
そんなことを思いながら手を動かしていたアメリアは、ふと窓の下から視線を感じた。何気なくそちらを見てみると、そこには豪華な軍服を来たひとりの青年が立っていた。
彼はアメリアを見上げて、不敵な笑みを浮かべる。
「!」
背が高く、鍛えられた身体をしている。
艶やかな黒髪に、琥珀色の瞳。
見覚えのある顔だと気が付いて、アメリアは掃除道具も放り出して、その場から逃げ出した。
(間違いない。クロエ王女殿下を騙して恋人に成りすましていた、あのアロイスだわ!)
皇弟かどうかまではわからなかったが、あの佇まいといい、服装といい、高貴な身分であることは間違いない。
そんな身分の人がなぜ、単独でジャナキ王国に潜入していたのだろう。
息を切らせて部屋の中に逃げ込む。
彼の瞳は、明確にアメリアを見つめていた。
きっと気が付いたに違いない。
(どうしよう……)
乱れた呼吸を元に戻そうと、何度も深呼吸をしていると、部屋の奥から声が聞こえた。
「アメリア?」
ずっと待ち望んでいた声が聞こえてきて、アメリアは部屋の中に駆け込んだ。
「サルジュ様!」
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