第38話
「水魔法? あれはサルジュ様の……」
新しい水魔法の開発は彼の研究で、アメリアはその手伝いをしているだけだ。
「元々、アメリアの婚約を阻止するために考えていたものだ。私は土魔法を使うことはできるが、属性は違う」
「そんなこと……」
アメリアは首を振る。
彼は自分の価値をわかっていないのだろうか。
土魔法よりも桁違いに希少価値のある光魔法の遣い手であり、植物学を専攻し、この国の食糧事情を解決するために全力を尽くしている。
その知識と貴重な魔法はこの国のみならず、帝国まで欲していると言われているくらいだ。
たしかに父は、アメリアに土魔法の遣い手と結婚することを強く望んでいた。それもなりふり構わず、土魔法さえ使えたら誰でも良いと言わんばかりだった。
それを知っていたサルジュは、アメリアの属性である水魔法の価値を高め、アメリア自身を当主にすればいいと考えていたのだ。
女性が爵位を継ぐことは滅多にない。
それでも後継者が他にいなかった場合など、過去に例がなかったわけではない。
だが、水魔法の開発には予想よりも少し時間が掛かりそうだった。
そこでサルジュは、アメリアが従弟に爵位を継いでもらうつもりだと知り、従弟にアメリアの父も納得できるような婚約者を探した。
女性の土魔法の遣い手がこれほど近くにいたのは、幸運だった。
しかも彼女もそれを望んでいる。
加えて水魔法の開発も、アメリアの価値を高めるために続行していた。たしかにこれほど有効な魔法を完成させれば、サルジュの傍に相応しいと認めてもらえるだろう。
でも、もしサルジュが娘を望んでいると知れば、父はアメリアの新しい婚約者を探したりはしなかった。
彼はただ、ひとことそう言うだけでよかったのだ。
それなのに、自ら色々と動いていた。
ただ、アメリアのためだけに。
(どうしよう。私……)
サルジュの顔をまともに見ることができなくて、アメリアは赤くなった頬を両手で押さえて、視線を外す。
彼が自分のために色々と動いてくれているのは、なんとなくわかっていた。でもそれは友人のためであり、便利な助手を手放さないためであると思っていた。
けれどサルジュを動かしていたのは、友情ではなくアメリアに対する愛。そのことが、涙が滲みそうになるくらい嬉しくて、まだ信じられずにいる。
(私の片想いだと思っていたのに)
アメリアも、彼に惹かれていた。
あれほど何度も助けてもらって、好きにならないはずがない。
いつだって、アメリアに手を差し伸べてくれるのはサルジュだった。
そっと視線を彼に戻す。
熱を帯びた、少し切なささえ感じる双眸は、ただアメリアだけを一途に見つめている。
サルジュにこんな瞳で見つめられるのは、自分だけ。
そう思うと、たとえようもない幸福感が胸を満たす。
自然と、彼を慕う言葉が口から出る。
「私も、サルジュ様のことが好きです。きっと、初めてお会いしたときから」
あのときはまだ、名前も身分も知らなかった。
想いを自覚したのは、随分後になってから。
けれど、誰も信じられなくなりそうな絶望から救ってくれたのは彼で、その度に思いが募っていた。
「水魔法の開発、頑張ります。サルジュ様の傍にいられるように、手伝いではなく共同開発者として、名を残せるように」
顔を上げ、はっきりとそう告げる。
決意であり、誓いの言葉を。
「そうだな。ふたりで頑張っていこう。これから先、ずっと一緒に過ごせるように」
誓いの証のように、サルジュの唇がアメリアの手の甲に触れる。
それだけで真っ赤になって俯くアメリアを、彼は愛しそうに見つめていた。
「ああ、でも今日は休みだったね」
「はい。サルジュ様はお休みの日です」
アメリアは当初の目的を思い出して、大きく頷く。
彼の手を取って走り出したときは、まさかこんなことになるなんて思わなかった。
「だったら少し、休ませてもらう」
サルジュはそう言うと、最初と同じようにアメリアの肩にもたれかかる。
「え、サルジュ様。さすがにここでは……」
床に座ったままだったと思い出して、はっとする。
彼をこんなところで休ませるわけにはいかない。それなのにサルジュは、あっという間に眠りに落ちてしまったようだ。
やはり最近、無理をしていたのだろう。
(どうしよう……)
彼にはゆっくり休んでほしい。
けれどこんな場所で休ませていいものかと、迷う。
結局昼休みになってユリウスが探しに来るまで、そのままの体勢でいるしかなかった。
「ああ、悪かった。肩が凝っただろう」
そう言って謝ってくれたのは、サルジュではなくユリウスだ。彼はまだ眠ったままのサルジュを医務室に運んでくれた。
ようやく彼をベッドで眠らせることができて、ほっとする。
「サルジュは一度寝てしまうとなかなか起きない。最近はほとんど寝ていなかったようだから、このまま放課後まで休ませておくよ」
そう言ったユリウスは医務室を見渡して、懐かしそうに目を細める。
「アメリアに初めて会ったときも、医務室に来たな」
「はい。足をくじいてしまって。あのときは治癒魔法をかけてくださってありがとうございました」
あらためて礼を言う。
「気にすることはない。あれはサルジュのせいだから」
「いえ、違います。私が悪いのです」
慌ててあのときの訂正をする。
サルジュにぶつかってしまったのも、怪我をさせてしまったのも自分の方なのだ。
「そうだったのか。もしあのときの護衛がカイドだったら、ふたりとも怪我をすることはなかっただろうな」
「……カイド様には申し訳ないことをしました」
突然護衛対象がふたりとも逃げ出したのだから、かなり困惑したことだろう。
「俺からも謝罪しておいたから大丈夫だ。彼を呼んで、放課後までサルジュを見てもらおう」
サルジュをカイドに託し、アメリアはユリウスと研究所に戻る。
カイドを置いて逃げてしまったことを、アメリアも直接彼に謝罪した。
彼は困ったように笑いながらも、大丈夫だと言ってくれた。
「そうだ。研究所は今日から俺が取り仕切ることになった」
もうすぐに卒業だからと、特Aクラスを受験しなかったユリウスがそう言った。
「ユリウス様が?」
「ああ。サルジュは好きにしてもらっていい。研究所に来てもいいし、以前と同じように学園の図書室にいてもいい」
一応彼も学生なので、学園か研究所のどちらかにはいて欲しいようだ。ユリウスは卒業後、魔法研究所の、それも所長になるらしい。
本来ならサルジュの役目だったようだが、彼の負担になるならとユリウスが立候補したという。
(朝にその話をしてから、半日で……)
彼の対応の早さに驚くが、ユリウスはもともと末弟のサルジュをかわいがっている。すぐに話をつけてくれたのだろう。
王家の人間というと、あまりにも希少な光属性の魔法を使うこともあり、雲の上のような存在だった。けれどこうして親しく接してみると、家族仲のとても良い、微笑ましい兄弟だ。
「サルジュ様のこと、大切にしているんですね」
「もちろんそうだが、俺が大切なのはサルジュだけじゃない。家族全員だ。マリーエはもちろんアメリアのことも、俺はもう家族のように思っているよ」
ユリウスがどこまで事情を知っているのかわからない。
けれど彼は、アメリアとサルジュが水魔法の開発に集中できるように、環境を整えてくれたような気がした。
「ありがとうございます。精一杯がんばります」
そう言うと、優しく頭を撫でられる。
アメリアに兄妹はいないが、まるで兄のような優しい手だった。
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