第39話
翌日から、魔法研究所にユリウスがいるようになった。
研究所は変わらず騒がしいが、彼は元々人と話すのが好きなようだ。
しかも面倒見の良い人だから、すぐにユリウスの周囲には人が溢れるようになった。
サルジュもそんなユリウスがいるからか、学園の図書室に引きこもるようなことはなく、研究所にも足を運んでいる。
彼も別に人嫌いというわけではなく、ただ自分の研究に没頭するタイプであるだけだ。
アメリアもサルジュに付き従い、両方を行き来している。
水魔法の研究は、アメリアが主体で行うことになった。
荷が重いのは間違いないが、サルジュが傍にいて見守ってくれているし、水魔法を専門にしているユリウスも相談に乗ってくれる。
理論ばかりではどうにもならないと、アメリアは夏季休暇には領地に戻って、色々と実験をしてみようと思っていた。
両親に帰ると約束しているし、作物の成長具合をこの目で確認したい。
だが、警備の問題がある。
サルジュにどうしたらいいか相談したところ、結構な騒動になってしまった。
最初は、サルジュが同行したいと言い出したことから始まった。
レニア領地で新品種の小麦を実際に見てみたいと言う。
王族である彼は王都をほとんど出たことがなく、広大な農地を見たことがないそうだ。
たしかに研究者として、実際に見て得られるものは多いだろう。
だが、そうなるとますます警備の問題が大きくなる。
それで、護衛騎士であるカイドが同行するという話になったが、彼の妹のミィーナが、レニア領地を見てみたいと言っているようだ。
彼女にしてみれば、将来嫁ぐことになる領地だ。どんなところなのか気になるのは当然だ。すると彼女に領地を案内するために従弟も来ることになった。
そこで話をまとめようとしたところ、サルジュをひとりで向かわせるのは心配だと、ユリウスも同行すると言ってきたらしい。
ユリウスは、この休暇の間にある領地に視察に行くことになっており、そこがレニア領地からそう遠くないようだ。
さらにその婚約者のマリーエまで、夏季休暇に友人の領地に遊びに行くことに憧れていたと、アメリアにお願いしてきたのだ。彼女にはあまり親しい友人がおらず、去年は互いの領地に誘い合うクラスメイトを見て、羨ましいと思っていたようだ。
結局、王族が二名に伯爵令嬢が二名。護衛騎士のカイドにアメリアの従弟がレニア領地に赴くことになった。
今頃、父も母も大騒ぎになっているだろうと、アメリアは溜息をつく。
だが母はともかく、父には結構振り回されてきたので、少しくらい困ればいいと思ってしまう。
さすがに護衛はカイドだけではなく、ユリウスの護衛も同行する。レニア領地からも迎えの護衛を寄越す予定なので、彼の負担も減るだろう。
ただ、彼はサルジュの護衛騎士だ。広大な農地を目の前にしてサルジュがおとなしくしていてくれるか、アメリアにも自信がない。
せめて自分くらいはひとりにならずに、おとなしくしていようと思う。
この国の北側に位置するレニア領地までは、馬車で二日ほどかかる。
どうしても途中で町に一泊しなければならないので、その手配も大変のようだ。
ただ夏季休暇に実家に帰省するだけのはずが、こんなに大事になってしまい、アメリアもだんだん心配になってきた。
それでもサルジュがその日を心待ちにしているのが伝わってきて、彼がこんなに楽しみにしてくれているのなら頑張ろうという気になる。
護衛騎士のカイドと、レニア領地に向かう道順を何度も確認した。
国内に潜んでいた帝国の手の者は一掃したばかりだから、おそらくその危険性はない。
時期的にも、今が一番よかったのかもしれない。
レニア領地は地方だが、警備兵が定期的に領内の見回りをしているので、盗賊団なども住み着いていない。母が福祉に力を尽くしているので、路頭に迷う孤児もいない。
将来、妹の嫁ぐ領地が平和であることを知って、カイドも安心したくらいだ。
こうして念入りに準備を整え、夏季休暇に入った翌日に、一行はレニア領地に向けて出発した。
学生ではないカイドの妹とアメリアの従弟は、先にレニア領地に向かっている。だからサルジュとアメリア、ユリウスとマリーエに別れて馬車に乗り、王都を出発した。
道中は何事もなく、夕方には無事に、宿泊予定の町に到着した。
この町に一泊したあと、ユリウスは予定していた視察に向かうようだ。
ユリウスの向かう先が、元婚約者であったリースの生家、サーマ侯爵領であることをアメリアはサルジュから聞かされて初めて知った。
「リースの……」
息子の婚約解消による騒動と、嫡男ではない息子の魔法学園の退学だけなら、賠償金や援助金の返済などでどうにかなった。借金を抱えることになったかもしれないが、何とか立ち直れたかもしれない。
けれど、リースが帝国と通じていたことが致命的となった。
まだすべてが明らかになっていないため刑は確定していないが、おそらく投獄させることになる。さらにリースの計画が悪質だと判断され、国家反逆罪になど問われたら、その罪はリースひとりだけで済まなくなる。
そこでサーマ侯爵は、爵位と領地を国に返上することに決めた。
取り潰しではなく自ら返上するのであれば、それ以上罪に問われることはないだろう。
(よかった、と言ったらいけないのかもしれないけれど)
その咎が、リースひとりで終わったことに安堵する。
彼には同情しない。受けた仕打ちを考えれば、リースは自業自得である。
(でも……)
アメリアがただの伯爵家の娘なら、ここまで大事にはなっていなかったかもしれない。婚約話が拗れた結果のことだと、帝国の手引きも表向きにならず、社交界で話題になっただけで済んだ可能性さえある。
だが、アメリアはサルジュの助手だった。
彼と深く関わり、その研究内容を詳細まで知っていることで、アメリアは知らぬ間に国にとって重要人物となってしまっていた。
むしろ帝国はその事実を知っていて、リースを使ってアメリアを狙った。実際、リースの取り調べをした騎士団では、そう結論を出している。
ユリウスはそのサーマ侯爵家の視察に向かったのだ。
義理の両親、義理の兄になるはずだった家がなくなる。
そう思うと、少しだけ罪悪感がある。
でも縁の切れたサーマ侯爵家に、アメリアができることはもう何もなかった。
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