第20話
戻ってきたアメリアを見て、ひそひそと話すクラスメイト達。
聞こえないように話しているつもりだろうが、小声は以外と耳に届く。
アメリアがユリウスの新しい婚約者になるのではないか。いや、今まで一度も婚約者の話がなかったサルジュの方ではないか。
そう話しているのが聞こえてしまい、思わず笑い出しそうになる。
アメリアにはリースという婚約者がいる。
そのリースは真実の愛に目覚めて婚約を解消したがっているのに、アメリアは彼を罵り、ずっと拒んでいる。
そんな噂が広まって、本人も知らない間に真実の愛を邪魔する悪女になってしまっていた。クラスメイト達もそんなアメリアを嫌い、疎んじていたはずだ。
それなのに、それをすっかり忘れ、また無責任な噂を流そうとしている。
(嫌だわ……。こんな場所に居たくない)
午後の授業がもうすぐ始まってしまう。でもアメリアは、そのまま教室を飛び出した。
「あら、どうかなさったの? もうすぐ午後の授業が始まりますわよ」
中庭まで逃げ込み、ぼんやりと噴水を眺めていたとき、背後から声がかけられた。振り返ると、見覚えのある銀色の髪をした令嬢が少し心配そうにこちらを見ている。
「あなたは確かあのときの……。また大切なものを噴水に落とされてしまったの?」
「あ……」
彼女は大切なバッグを噴水に落とされたとき、それを風魔法で乾かしてくれた。そして、リースの企みを教えてくれた人でもある。
たしか、マリーエ・エードリ伯爵令嬢。
「いえ、大丈夫です。ただ、クラスに居たくなくて、出てきてしまいました」
事情を知っている彼女になら言っても構わないだろうと、つい本音を口にした。
「……そう。よかったら話を聞くわ。わたくし達のクラスは、午後から自主学習なの」
「ですが……」
勉強の邪魔をしてはいけないと辞退するアメリアを、マリーエはやや強引に連れ出した。
「図書室は人が多いから、自習室を借りましょう。大丈夫、わたくしは防音魔法が使えるの」
自習室は、二年生になり自主学習が始まると使えるようになると聞いていた。机と椅子があるだけの狭い部屋だが、何もない分、勉強には集中できるだろう。
アメリアは簡単に、昨日のこと。そしてさっきのことを話した。
「噂は聞こえてきたわ。昨日、一年生のAクラスの三人が停学。さらにキーダリ侯爵令嬢が退学になったらしいわね」
「え……。た、退学ですか?」
せいぜい停学だと思っていたアメリアは、予想以上の厳しい処分に驚く。
王立魔法学園を卒業できなければ、今後魔法を使う許可が下りない。
この国では魔法を使えるのが、貴族の証明のようなものだ。
それでは新しい縁談どころか、修道院に入るか、もしくは家を出て平民になるしかない。
「あなたは知らなかったの?」
「はい。四人とも停学かと……」
そんなに甘くはないと、マリーエは首を振る。
「彼女は自分よりも下位の貴族に無理を強いて、噂だけで理不尽にあなたを虐げた。さらにサルジュ殿下の研究の邪魔までしてしまったら、もう救いようがないわ」
特にサルジュの研究には国王陛下も大いに期待を寄せている。それを損なわせるような真似をしてしまえば、侯爵家が取り潰されていてもおかしくはなかったと彼女は言う。
「そんなサルジュ殿下の研究を手伝っているのだから、きっとあなたの価値もこれから上がっていくわ。周囲の雑音など気にすることはないと思いますけれど」
「……ありがとうございます」
アメリアは曖昧に笑った。
マリーエはそう言ってくれたが、実際は資料の提供をしているに過ぎない。
アメリアの表情が晴れないことに気が付いたのか、彼女はさらにこんな提案をしてくれた。
「今度、学園に特別クラスが新設されるの、ご存じかしら?」
「……特別クラス、ですか?」
「ええ。わたくし達の学年の自主学習も、その特別クラスを目指してそれぞれ勉強するためなの」
優れた素質を持つ者がさらに力を伸ばせるように、今年の後期から特Aクラスというものが新設されるらしい。基本的な学習などとっくに学び終えた者達が自分達の研究に力を注げるため、ふさわしい環境を整えようということのようだ。
この国は他国に比べると魔法の研究が進んでいるが、学園に通っているのが貴族ばかりなので、社交にも力を入れている。
だから素質のある者が、社交の煩わしさから逃れて魔法の研究に集中できるような環境を作るのだろう。
「それってほとんどサルジュ様のため、ですよね」
「そうね。でも、最高の環境で魔法を学べるのよ。わたくしは、特別クラス入りを目指して頑張るわ。だから、あなたも目指してみない?」
「私が?」
「学年は不問なの。とはいえ、一年生で受かるのは難しいと思う。でもあなたならやれるかもしれないわ」
前期が終わる前に、特Aクラスに入るための試験があるという。
特Aクラス、とアメリアは呟いた。
もしそこに入ることができれば、今のクラスメイトと顔を合わせなくてもよくなる。
リースのような、AクラスからCクラスに落ちてしまったような人は、きっと合格することはない。
何せ集められるのは魔法のエリート達だ。マリーエのように、くだらない噂を囁くようなこともないだろう。
もっと高度な魔法を覚えたら、領地のためになる。
それに、間違いなくサルジュは特別クラスになるだろう。
「私も、目指してみたいです」
きっぱりと言うと、マリーエは嬉しそうに笑った。
「あなたならそう言うと思ったわ。一緒に頑張りましょう。でも一年生だと、推薦状が必要になるかもしれない。わたくしが書いてもいいけれど、サルジュ殿下に頼んだ方がいいわ。きっと力になってくれるから」
そんなことを頼んでも良いのだろうかと迷ったが、マリーエはとにかく話してみなさいと何度も言う。
最後には、放課後に会う約束をしているので、そのときに聞いてみると答えた。
そのまま午後の授業が終わる時間まで、マリーエは試験のために勉強しなくてはならない箇所を教えてくれた。
「色々とありがとうございます」
頭を下げて礼を言うと、彼女は少し照れたように横を向いてしまう。
「いいのよ。わたくし、友人がいなかったから、加減がわからないの。もし押しつけがましかったらごめんなさいね」
友人なんて、もう二度と作らないと思っていた。
けれどマリーエなら信じられるかもしれない。
そう思ったアメリアは、この学園に来てから初めて、柔らかく微笑んだ。
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