第2話 シュタイン男爵
「タロウ殿、陛下が色々とすまないな」
「このくらいのことは……王に仕える身ともなれば、色々とありますから」
「そうか……タロウ殿もか……」
「(王様はいなくても、サラリーマンともなれば、理不尽な上司とは無縁でいられないってね)」
突如、砂漠だらけの世界に『変革者』として呼び出されてしまった私、加藤太郎(四十一歳、独身、会社での役職は係長)であったが、どうも王様のお眼鏡に適わなかったようだ。
最低限支援はしてやるが、あとはもう用事もないので下がれと言われてしまった。
もう私の顔も見たくないらしい。
私が若くイケメンならよかったのであろうが、こちらも理不尽に呼び出されてしまった身なので、わざわざ向こうの要望に応えてやる義理はないというわけだ。
先ほど事情を説明してくれた男性貴族も一緒に王様の前から辞して、そのままなりゆきで彼が私の面倒を見てくれることになったようだ。
二人きりになると同時に、彼は私に謝罪をしてきた。
彼も貴族なので、もし私が貴族を名乗っていなければ、こうして素直に謝ってくれたかどうかわからない。
やはり、ハッタリでも貴族を名乗っておいてよかった。
あと、苗字があってよかったと、今人生で一番それが実感できる瞬間だ。
「タロウ殿、自己紹介を……そなたは貴族だったな。だから、そのようにいい服を着ているのだな」
「ええまあ……」
私は寝ている間に召喚されてしまったので、今の服装は寝間着代わりのスウェットの上下姿であった。
とても高貴な服装には見えないのだが、スウェットの色が紫色だったのがよかったらしい。
古い日本でもそうだったらしいが、この世界では紫は高貴な色なのだそうだ。
そんな紫色の服を寝間着として着用している私は、確かに貴族なのだと勘違いされたようであった。
王様からすれば、他所の世界の貴族とはいえ『紫色の服を許可もなく着やがって!』という怒りが、私に対しあったわけだ。
しかも私は、冴えないおっさんだからな。
「できれば、その服装で王城の外を歩かないでほしいのだ」
「いきなり召喚されたので、これ以外に服を持っていないのです」
「当然、新しい服は支給しよう。他にも話があるので、こちらに来てくれ」
私は、男性貴族の案内で城内にある一室へと移動した。
「では、改めて。私は、リーブル・シュタイン。爵位は男爵で、このバート王国において財務官僚をしている」
領地は持たず、官僚職を世襲している法衣貴族という感じかな?
いかにも中間管理職っぽい見た目で、会社で係長として上下の板挟みに遭っている私は、彼にシンパシーを感じていた。
ちょっと同類の匂いがしたのだ。
年も近いようだし。
「シュタイン男爵様……」
「別に様はいらない。なにしろ貴殿は貴族だからな。そういえば、爵位は?」
「男爵です。領地はないですけど」
ハッタリなので最下級の騎士爵ということにしようとしたが、そういえば私は紫色のスゥエットを着ている。
騎士爵では不自然なので、ここはシュタイン男爵と同じく男爵ということにしておいた。
彼が私の世話役なので、そうした方が話も早く進むはずだ。
「同じ男爵なら、余計に様はいらないな」
「では、シュタイン男爵。これから私はどうなるのです?」
「一か月ほど、基礎調練を受けてレベルを上げてくれ」
「レベルですか?」
「タロウ殿の世界では、レベルは上がらないのか?」
「レベルとか、そういうものはないですね」
「そうなのか……それでは色々と大変だな」
「ええ……(別に、そんなことはないけど……)」
なんか、子供の頃に遊んだRPGみたいな話だな。
レベルが上がるなんて。
「『変革者』はこの世界の者が持ち得ぬ才能、特技、技能などを持つが、そのままでは普通の人と変わらないのでな」
そこで、一か月ほどかけて基礎鍛錬を行い、レベルを上げてこの世界のためになるであろう特技などを引き出すのだそうだ。
同時に強くなり、死ににくくなる。
この世界の過半を占める砂漠には砂獣という怪物たちがいると聞いたので、人が死にやすい世界なのは容易に想像できた。
「本当は何年もかけてそれをやるのだ。『変革者』は五十年に一度しか召喚できないので貴重な存在。死んでもらうと困るのだ。だが、陛下は貴殿を好いていない」
「それは、あの態度を見ればわかりますけど」
その理由が、私が冴えないオッサンだったからというのが、この国の将来に期待できない最大の要因だな。
そんなことで、人の好き嫌い決めてしまう王様なのだから。
「陛下は完璧主義者なのだ。継承で苦労をして歪んでしまった」
シュタイン男爵の話によると、あの王様は本来王位を継ぐ身ではなかった。
兄王の急死で突然王位が回ってきたがために、いまいち貴族たちからの支持が薄いのだそうだ。
「急死された兄王子様は、非常に優秀な方だったのでな。いまだに兄王子様の才能を惜しむ声が大きい。それを知っている陛下は、自分が優れた王として名を残すため、周りにそなたのような男を置くのを嫌がるのだ」
これから優れた功績を残すため奮闘する自分に、冴えないオッサンの『変革者』は不要という考えか。
理解できなくもないが、まずは私という人間をちゃんと評価してからの判断じゃないとな。
一国の王が、見た目だけがいい者や、耳あたりのいい意見ばかり言う人ばかり傍に置くようになったら、その国の将来は怪しくなる。
彼がそうなってしまったのは、本来回ってこなかったはずの王位を継いだゆえの悲劇なのかもしれない。
「(これは、早めに距離を置いた方がいいな……)シュタイン男爵のおかげで、私はいきなり放り出されずに済みました。感謝しますよ」
「タロウ殿にも、向こうの世界での生活があっただろう。それを理不尽にもこちらの勝手な都合で呼び出してしまったのだ。いきなり放り出すのは、人としてどうかと思うのだ」
シュタイン男爵は、とてもいい人であった。
だが、あの王様の下だと出世できないだろうな。
能力があるから出世できるなんてことは、子供の頃にはそう思っていても、大人になって組織なり会社で働いてみれば、必ずしもそうでないと気がついてしまうのだから。
「それで、これから私は?」
「私は文官なので、タロウ殿を鍛えるのは無理だ。我がバート王国には『変革者育成プログラム』というマニュアルが伝わっており、王国軍の士官がそれを習得している。彼らと共に、王都の外にある砂漠で鍛錬を行うことになるはずだ」
この年で怪物と戦うのか。
人間は環境の生物だというし、なにかしら才能があるからこの世界に召喚されたのだと思って、とにかくやるしかないな。
規模の大きい狩猟だと思えばいいのだ。
「では、兵舎に案内しよう。担当の士官は……確か、サンダー少佐だったかな。彼は人格者で面倒見もいいので安心していいと思う」
シュタイン男爵の案内で、私は王城の隣にある兵舎へと向かう。
ここで軍人から戦闘訓練を受け、『変革者』としての才能を引き出し、この世界で生き残る能力を獲得するというわけだ。
はてさて、これからどうなりますことやら。
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