第26話 新しい決意
「なるほど。よく理解できた」
「なにがですか? ララベル様」
「タロウ殿が、どうして私たちに手を出さないのかだ」
「それは、私たちだからでしょう。『お前が結婚? 砂大トカゲとか?』と言われる私たちですよ」
「ミュウは理解していたはずなのに、たまにおかしなことを言うな。タロウ殿の美醜の判断は、この世界の常識と逆なのだぞ」
「そういえばそうでした。つまり、タロウさんにとって、亡くなったカナさんという方の存在が大きいのですね」
夜中、停止した船の上に張ったテントの中で、私たちは就寝していたが、タロウ殿はぐっすりと寝ているのに対し、私たちは目が冴えたままであった。
先ほど、タロウ殿の若い頃の話を聞いたからかもしれない。
彼には昔亡くした婚約者がいて、今もその彼女を忘れられず、義理立てもしているから、これまで結婚もせず一人だったのだと。
この世界なら、四十一歳で未婚の男性などあり得ない。
本人がどんなに拒絶しても、周囲が無理やり結婚させてしまうからだ。
タロウ殿がいた世界でも、そうすべきだと勧めた者がいないとは思えない。
つまり、彼はいまだに亡くなったカナという女性のことを深く想っているのだと。
「羨ましい話だな」
「そうですよね。『お前らの顔を長く見て、夢にでも出たら悪夢でしかない』と、見ず知らずの男性貴族から言われていた私たちからすると」
「同じ『過去』でもまったく違うな」
「思い出すと、悲しくなりますよね」
「だがな。今、私たちに幸せへの転機が訪れている。ミュウは理解できるな?」
「当然ですよ。タロウさんは、私たちをドブスだとバカにしませんからね」
それどころか、私たちのことを美しいとまで言ってくれる。
こんな男性、このあとに現れるとは思わない。
「過去の資料を改めて見ると、大昔の『変革者』の大半は女性の趣味が悪かった、と書かれています。まあ、これは研究者のオフレコ扱いの資料からで、表向きの歴史資料だと『情け深い。博愛主義者だ』とか書かれていますけど……」
それは、双方の認識の違いというやつだな。
この世界の人間からすれば、『変革者』はその偉大な功績により美女などより取り見取りのはずなのだが、わざわざドブスを選ぶ、女性の趣味が悪い奴ということになる。
まさか『変革者』の女性の趣味が悪いなどと悪口を書けないので、そんな女性をあえて伴侶に選ぶ優しくて情け深い人、という評価にしているわけだ。
本当は、ただ自分の趣味に合った美人を選んでいるだけだというのに。
世界が違うと、価値観も大きく変わる。
あの兄には永遠に理解できないであろうが。
だからタロウ殿を、いらない『変革者』扱いするのだ。
「この大きな唯一のチャンスを利用したいな。言い方は悪いが、形振り構っていられないだろう」
ミュウは知らないが、私だって普通に結婚して子供が産みたいのだ。
王都にいた頃、あまりに男性たちからバカにされるので、ドブス仲間のミュウと常に行動を共にし、砂獣退治でレベルを上げることに集中するようになった。
確かに、レベルが上がるのは達成感のようなものがあって楽しいのだが、やはり普通の女性と同じく男性と結婚したいと思ってしまう。
この世界の男性相手だとそんな願いは絶望的だが、幸いにも『変革者』であるタロウ殿と知り合って行動を共にしている。
今すぐとは言わないが、是非タロウ殿に妻になりたいと願うのは分不相応な願いなのであろうか?
「私も、ララベル様の意見に賛成ですよ」
「ミュウもそう思うか」
「今後、もしタロウさんと行動を共にしなくなったとします。タロウさんに別行動にしようと言われても、私たちは拒否できませんからね。ハンターとして強いだけの私たちでは」
「『異次元倉庫』、『ネットショッピング』共に大きな力だからな。それに、タロウ殿はハンターとして弱いわけではない。レベルも上がりやすいので、将来私たちの方が足手纏いになってしまうかもしれないのだ」
「そうなったら、私たちはもう永遠に男性に相手にされないでしょう」
「他の『変革者』に会わなければな」
「バート王国の召喚装置は、グレートデザートで知られている装置の中では一番高性能です。他の国は、数百年に一度しか召喚されないとか普通なので」
つまり私たちは、死ぬまでに新しい『変革者』とは会えない可能性が高いというわけか。
タロウ殿と出会えたのは、これは幸運であったと。
「他の国の、同じように中央政府が把握していない砂漠に『変革者』がいたら、私たちには捕まえられませんよ。まさに、砂漠の中で一粒のダイヤを探すような行為です」
「それは厳しいな」
「だからですよ。私はタロウさんの奥さんになりたいです。でもふと思うのですけど、タロウさんは私たちが年下すぎて、ある意味娘みたいな感じだから、遠慮してしまうのかもしれないです」
「そうなのか?」
私は二十二歳で、タロウ殿は四十一歳だから十九歳差か……。
別にそのくらいの年齢差の夫婦、別に珍しくもないと思うが……。
ミュウは十六歳なので、年齢差は二十五歳か……。
状況にもよるが、別段珍しくもないな。
この世界では、砂獣と戦わない人たちでも、働いていて暑さで死ぬ者が多い。
一家の大黒柱を失った家の未亡人や娘が、稼ぐ男性に嫁ぐのは珍しくないからな。
年齢差など考慮しておられまい。
「年齢差が大きい夫婦を忌避するのは、タロウ殿の世界の常識か?」
「かもしれませんね。彼の言動から察するに、その可能性は非常に高いです」
「まずは、それをどう解決するかだな」
つまり、年齢差を感じさせなければいい?
私が『大人の女性』になればいいのか?
「私がもっと大人の女性になる。さすれば、タロウ殿との年齢差が縮まって見え、彼も躊躇せず私に手を出すという戦法だ。どう思う?」
これはなかなかいいアイデアだな。
具体的にどうするのかは、私の知恵袋でもあるミュウに任せればいいか。
「いやあ、ララベル様って意外と子供っぽいですし、無理と違いますか?」
「……ふんっ!」
「痛いですよぉーーー! ララベル様」
いつも世話になっているし、大切な友でもあるが、今の一言には頭にきたので無意識に拳骨を落としてしまった。
だが、私が一方的に悪いということはないと思う。
六つも年上の私を子供扱いして、ミュウだって普段は大人の女性とは言えないではないか。
「加奈?」
「ふんっ!」
「あがっ、久々に夢で会えたのに、いきなり一撃食らった!」
砂漠の海を旅するなんて、とても珍しいことをしているからであろうか?
随分と久しぶりに、夢の中に加奈が出てきたのだが、出会い頭に鳩尾に一撃食らってしまった。
加奈は滅多に怒らないのだが、たまに怒ると結構怖いのだ。
「太郎さん、私は怒っています」
「なぜ?」
加奈に叱られる原因に、身に覚えがないのだが……。
「もしかして、命日の墓参りを忘れたから?」
でもそれは、この世界に飛ばされて一週間後だったから。
ちゃんと事前に有給の申請を出して認められていたのだが、他の世界に召喚されてしまったので、墓地に行けなかったのは不可抗力というやつだ。
「落ち着いたら、この世界にお墓を作ろうと思ったんだけど」
「いらないわ。お墓なんて」
「いらないの?」
『ネットショッピング』では、位牌とか墓石も購入できるので検討していたのだが……。
「そんなお金があったら、あの子たちに指輪の一つでも買ってあげなさい」
「年頃だからね」
若い女性はお洒落をしたいものだと、以前加奈から聞いたことがある。
ララベルさんとミュウさんがそう思っても当然、むしろこれまでのことがあったので余計にそう思うはずだ。
「そういうことじゃなくて、指輪は婚約指輪よ」
「いきなり?」
「太郎さん、あなたはもしもの時には必ずヘタれるわね。色々と余計なことを考えてしまう」
「否定できない……」
今にして思えば、私が初めて加奈と出会った時、あんなに可愛い子は私なんて相手にしないよなと、最初から諦めていた。
先に声をかけてきたのは、加奈の方だったのだ。
「太郎さんの事情は理解しているわ。別の世界に飛ばされてしまい、呼び出した王様から役立たずだと思われ、殺されそうになってしまった。そんな時に、あの子たちと出会った。あの子たちは、この世界で多くの人たちのために頑張っていたのに、容姿のせいでバカにされ続けてきた。それなのに、歪むことなくいい子じゃないの。あの子たちの気持ちに応えるのに抵抗があるの?」
「おっさんだからね」
あの子たちは若い。
もし日本で四十一歳のオッサンが二十二歳と十六歳の女性に交際を申し込んだり、結婚したらなにを言われるか。
そういう、世間の評価を気にしてしまう年になったのだと、私は加奈に説明した。
「あとは、加奈のこともあるかな」
「いやあ、もうすぐ二十年じゃない。どうかと思うな」
「えっ? 加奈がそれを言う?」
おかしいな?
亡くなった頃の彼女の思い出というか、イメージと違うような……。
久々に夢で逢ったからか?
「見た目は変わっていないけど、私もアラフォーだから」
あの世で過ごした時間分、加奈もおばさん化したのか?
「って! 痛いじゃないか」
「太郎さんも、おじさん化したじゃないの」
「それは否定しない」
だって、本当におじさんだから。
今さら若者ぶろうとは思わない。
「まだ老け込むような年じゃないでしょう? これから男盛りなんだから、新しい世界で頑張ってよ。日本の常識なんて、この世界で気にする必要あるのかしら?」
「そうだったな」
私は、もう日本のしがないサラリーマンじゃないんだ。
グレートデザートという砂漠だらけの世界に召喚された、『変革者』という世界を変える力がある者なのだ。
今は私を殺そうとした王様から逃げ出せているが、痩せても枯れても彼は権力者だ。
いつ理不尽なことをしてくるかもしれない。
また命を狙われるかもしれず、あれやこれやどうでもいいことに気を使っても意味はないんだ。
この世界で頼りになるのは自分だけ……いや、ララベルさんとミュウさんがいたな。
私たちは、バート王国からいらない者扱いされた仲間同士。
バート王国に仕返しは難しいが、あの王様に意趣返しするには……。
「自分たちが楽しければ、それでいいんだよな」
「正解。大丈夫よ。あなたがこの世界で生を終えた時、また私と出会えるから。今度は別の輪廻転生した世界で、私たちは今度こそ夫婦になれる」
「それは楽しみ……あれ?」
加奈は、どうしてそれを確信しているんだ?
あの世で加奈と再会はできるだろうが、来世の話を死者がどうしてわかる?
「あら、勘が鋭くなったわね。実は、私はあの世で修行中で、今度は太郎さんと夫婦になって添い遂げたいですって神様にお願いしたら、じゃあその太郎という男を、私が管理している世界に送り込むからって言われたの。そこで太郎さんが自分なりに好き勝手に人生を送ってくれれば、その条件を呑むって」
「つまり、私がこの世界に召喚されたのは、加奈のせいなのか?」
「ごめんなさい! 私もやっぱり未練があって。太郎さんと夫婦になって添い遂げたかったから」
私の指摘は図星だったようで、加奈は見事な土下座をした。
こんな綺麗な土下座、うちの会社の部長が自分のミスで太客を失って、専務にした土下座以来だな。
「別にいいよ。加奈は心配したんだろう? 私を」
そうだよな。
加奈が死んでからの私は普通に働いてはいたが、それは生活のためで、どこか地に足がついていない状態だった。
このまま定年まで勤めあげ、年金を貰って、特にすることもないので一人で散歩なんてして一人で死んでいく。
そんな人生の幕引きだったと思う。
それに比べたら、今の生活は大変なところもあるけど、結構充実しているような気がするんだ。
王様はクソだけど。
「今の私は真に生きているってことか」
「あなた基準で可愛い子が二人もいて、両手に華でいいじゃない。私は、次まで待っていてあげるわ」
「そうか。そうだよな。加奈、わざわざすまなかった。やっぱり加奈はいい女だな」
「でしょう?」
「また会うその時まで」
「ええ、またね。元気で」
「加奈こそ」
「死人は、基本的にずっと元気よ。だってもう死なないもの」
「それはそうだ」
久々に夢で再会した加奈はちょっとおばさんが入ってたけど、とことん話せてよかったと思う。
この世界への召喚も、私のボンヤリとした人生を心配して活を入れてくれたのか。
ならば、私もこの世界でマイペースにやっていこうと思う。
気合を入れてなんてのは合わないけど、自分なりのペースでやる。
それでいいのだろう。
そんなことを考えているうちに、私の意識は徐々に遠ざかっていくのであった。
「タロウ殿?」
「タロウさん?」
「もう朝か」
目を覚ましたら、ララベルさんとミュウさんが私の顔を覗き込んでいた。
悪夢を見てうなされていたとか、そういうことはないと思うのだが、なにかあったのであろうか?
「……ララベル、どうかしたのか?」
「えっ? いえ、ただお腹が減ったなと」
「今のところ、私たちの料理能力は微妙なので。ララベル様は特に酷いです」
「こらっ! 私は調理の経験がないだけだ」
「じゃあ、やってみるか? 私が教えるよ。料理などの家事は、平民の女性でも、ハンターなら男性でも外で簡単な調理くらいはする。誰にでも、ある程度までは覚えられるさ。ミュウは元々器用だから、すぐに私よりも上手になると思うけど」
「私もやります」
「こういうことは、三人ともできた方が便利だから」
「そうだな。私もすぐに覚えてミュウを抜いてみせましょう」
「ララベル様、負けませんよ」
「朝食は、パン、スープ、サラダ、卵とベーコンでいいかな? ララベルは、目玉焼きの担当だ」
「わかった。卵の黄身は半熟だな」
「タロウさんの世界の卵は、本当に生食できるから凄いですよね。私はスープを作ります」
三人で作った朝食を食べたあと、船はオアシスを目指して走り出した。
これからどうなるかは神のみぞ知るだが、加奈のおかげで視界がクリアーになったような気がする。
私にララベルとミュウを情熱的に口説くなんてできないであろうが、この二人に拒絶されなければ、これらも一緒に楽しく暮らしていこうと思う。
私たち三人の旅はこれから始まったばかりで、むしろこれからが本番であった。
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