第27話 シップランドと砂漠の掟
「ミュウ、ずっと砂漠というのも飽きるな」
「そうですね。ですが、もうすぐとあるオアシスに到着するんです」
「有名なオアシスなのか?」
「名前は有名ですね。これまでの旅路からわかると思いますが、非常に遠いので行ったことがある王都の人間は非常に少ないですけど。『シップランド』という、王都周辺にある、バート王国の統治下にあるとされているオアシス群と、一応バート王国領内にありながら、バート王国など無視している独立領主たちの交易を仲立ちしているオアシスなのです」
「支配下に入るのを拒絶しているオアシスと、バート王国は交易をしているんだ」
「大人の判断というわけです。独立領主たちは、なにか利がなければ王国に臣下の礼など取らないので。王国も、無礼だからといっていきなり討伐するわけにもいかないですし、そんな余裕はないので」
「砂漠が、強固な防衛ラインというわけか……」
「そうなんだが、そのせいで各オアシス間では非常に交流が少なく、足りないものも多い。オアシスという狭い空間で一生を過ごす者が多いせいで、輸入品が好きな者が多いのも特徴だな。だが、輸入品なので価格も相当なものだ。一攫千金を目指して貿易商になる者も多い」
「小さな船から始めて、目指せ大商人ってわけか」
「当然死ぬ者も多く、船の遭難率も高いので、ハイリスク・ハイリターンというわけです。砂獣との戦いもあるので、ハンターと被る仕事ですね」
二週間以上も砂漠の船旅を続けていたが、そうなるとやはりオアシスが恋しくなるものである。
それをミュウに言ったら、彼女はもうすぐある有名なオアシスに辿り着くと教えてくれた。
シップランドという、文字通り湿布が名産の……というのは冗談で、交易船が集まる中継地があるオアシスだそうだ。
シップ(船)のランド(国、土地)だから、船が沢山集まるのであろう。
「そこは、バート王国の支配下なのかな?」
「一応、あそこの領主は『子爵』ではありますよ」
「とはいえ、王国の介入など嫌うのでな。実質独立領主みたいなものだな。小国の主だ」
バート王国及び、バート王国に忠実なオアシスの領主たちと、バート王国の臣下にはなりたくないオアシスの主たちとの貿易を、シップランドが仲立ちしているわけか。
ある意味、中立国のような扱いなのであろう。
「双方が揉めないよう、シップランドが仲立ちしているわけか」
「タロウ殿は話が早くて助かる。結局はバート王国に外征能力など皆無なので、多くのオアシスの主たちを従えることができないのだ。ところが、王国貴族には臣下の礼も取っていない連中と貿易をするなと、騒ぐ者もいる」
ところが、そんなことをすれば王都に多くの物資が並ばなくなってしまう。
そこで、一応領主がバート王国子爵であるシップランドを介しているわけか。
「シップランドの主は、美味しい位置にいるんだなぁ」
「中継貿易の雄といった感じですね」
「王城でも、羽振りがいいと有名だったな」
貿易中継点というだけで、シップランドは他のオアシスよりも圧倒的に財政が豊かであった。
多くの交易を行う砂流船が集まるので、船を建造したり修理する造船所も多数あり、そこで働くために多くの人が集まってくる。
大規模な貿易商が船員を集めるので、これを目指す人も多い。
船員は危険な分、他の仕事よりも稼げる。
さらに大型船の船員が多いので、自分で小型船を買って商人を始めるよりも安全に金を稼げるというわけだ。
安全策を取って、船員として稼ぐか。
危険だが、もっと稼ぐために自分が商人になるか。
独立前の資金稼ぎで船員になる人もいるので、どの人生を選んで、どんな結末になっても自己責任というわけだ。
「やっぱり、船が小さいと厳しいか」
「二隻とも小型船って言っていますけど、本来大型船の脱出艇なので、小型ボート扱いですね」
これから旅を続けていくにあたって、ちゃんとした船を購入した方がいいというわけか。
「三人なので、普通の小型船でいいと思います」
「双胴船にしてしまった、この二隻の小型船は売れるのかな?」
「船自体でいうと、中古品扱いなのでそう大した値段でもないと思います。魔力動力と、二隻を繋いでいる木材がそこそこ高く売れるくらいですかね? 結構いい値段で売れるでしょうが、新品の船はもの凄く高いので」
この世界の大半は砂漠なので、森林がとても少ない。
木材の生産量が極端に少なく、非常に貴重で、木材の大半は外国からの輸入品だそうだ。
「魔力動力二つと、木材を売り、あとはなにか売って新品の船を購入するか」
中古の船という手もあるが、これから長旅が続くかもしれない。
新品の方が安心というものだ。
「資金は、『ネットショッピング』で購入した品になるな」
「タロウ殿、砂糖がいいのでは?」
高級品なので、高く売れるはずだ。
特に白砂糖は。
「それがいいかな」
「多分、数百キロも売ればかなりいい船が手に入るはずです。あっ、でも……」
この船に、数百キロの砂糖を積んできたと言い張るのは怪しいな。
砂糖の出所を聞かれ、私の『異次元倉庫』と『ネットショッピング』が知られると危険だ。
「どうする? タロウ殿」
「そうだなぁ……」
「タロウさん! 砂獣の襲撃ですよ!」
『ネットショッピング』で購入した大量の砂糖を怪しまれずに捌く方法を考えていたら、突然ミュウが複数の砂獣の気配を察知した。
同時に、船に搭載している砂獣の接近を知らせる魔導探知機もけたたましい警報音を鳴らしていた。
この魔導探知機も、安全な船旅のためだとミュウが自作したものだ。
比較的簡単に作れるそうだ。
もっともそれはミュウの主観で、私とララベルには作れなかったが。
「タロウさん、砂獣の標的は私たちではありませんよ」
「となると、他に襲われているのか?」
「あそこです!」
ミュウ指差した前方では、小型の交易船に数十匹のサンドウォームたちが襲いかかっていた。
よく見ると、残念ながら船上には生存者はいなかった。
甲板に血糊が残っているので、サンドウォームたちに食べられてしまったのであろう。
次の彼らの目標は、木でできた船体だ。
サンドウォームは硬い木でも噛み砕いて口に入れ、時間をかけて消化してしまうのだ。
「タロウさん?」
「ミュウ、こういう場合って、亡くなった商人の船と積み荷は誰のものになるんだ?」
「それは手に入れた者です」
「遺族はなにも言わないのかな?」
「言うかもしれないですけど、言っても仕方がないといいますか……」
船や船主は、無人の砂漠で遭難したり、砂獣に襲われて死んでしまうので、まずどこで死んだのかわからないケースが多いというわけか。
長らく戻ってこないから死んだと判断されるわけだが、絶対に死んだという証拠もないらしい。
「元々船乗りって、砂漠で荷を運んでいる時間が長いので滅多に故郷に戻らないので。故郷が嫌で飛び出した人も多いから、遺族の方も安否を気にしない人が多いんですよね。所帯を持つと妻子は安否を気にして当然なんですけど」
とはいえ、船主を亡くした妻子が、遺体や遺品、船荷、船の残骸を回収するなどまず不可能だし、そんな依頼を引き受けるハンターはほとんど存在しないというわけだ。
たまたま遭難現場を通りかかった船がそれらの回収に成功したとしても、それを遺族が引き取るとなれば、莫大な謝礼が必要となる。
なぜなら、その船乗りも命がけで遺体や荷物を回収してきたからだ。
自分が砂獣に襲われてしまうリスクもあるので、普通は船の残骸を見つけてもそのまま無視してしまう。
稀に、船の魔力動力、残骸、船荷目当てで回収を試みる者もいるが、潜んでいた砂獣に襲われて二重遭難する者も多いらしい。
「遭難した船の探索は非常に危険なので、遺品はその危険を冒した者のものというわけです。自分で回収できない遺族に権利はないという考えなのです。遭難していた船を漁って賭けに勝ち大金を手に入れる者もいますが、死ぬ者も多いですし、意図的にその船を探していたケースは少なく、偶然見つけたというのが多いですね。命がけで遭難した船を漁っても、なにもなくて徒労に終わることも多いですし」
命がけで回収してきたものを返せとは、遺族でも言えないわけか。
ハンターや他の船主も、遭難したと思われる船を狙って動くというケースは稀で、大半はたまたまそこを通りかかったら遭難した船があったので、危険を冒して探ってみた。
そうしたら、運よく高価な船荷が見つかった。
魔力動力や船体がそんなに壊れていなかったので高く売れた。
そんなものらしい。
「じゃあ、私たちが貰ってもいいな」
「そうですね。なんら問題ないです」
「ならば、行くぞ!」
「ララベル様、気合入ってますね」
「ずっと船旅で、退屈だったからな」
すでに乗組員が全滅した……どうやら船員は船主一人だったようだが……小型船を襲っていたサンドウォームの群れは、ララベルの剣撃とミュウの魔法ですぐに全滅してしまった。
私も久しぶりに戦ったが、二匹だけサンドウォームを槍で倒して終わりだったな。
いてもいなくても、戦闘結果はそんなに変わらないという。
私たちが倒したサンドウォームは消えてイードルクに変換されたが、サンドウォームに食われていた船主の遺体は出てこなかった。
砂獣の体内に入っているものも消えてしまうようだ。
サンドウォームに食い千切られ、消化途中の人間の遺体を見なくて済むのは幸運だと思うことにしよう。
「タロウさん、魔力動力は無事ですね。船荷は……これも無事です。大量の塩ですね」
「塩か……」
砂漠にも岩塩が採れる場所があるので、塩は砂糖よりは安かったが、岩塩すら採れないオアシスもあるので安くない。
人は塩がなければ生きていけず、さらに砂漠だと汗をよくかくので、この世界の住民は塩を大量に欲するという事情があった。
これだけ大量の塩があれば、かなりいい値段で売れるはずだ。
「小規模の貿易商人は、まず塩に手を出しますね」
「利幅は狭いけど、確実に売れるからか」
小型船の船主ほど在庫を嫌う。
運んだ荷を目的地ですべて捌けず、次の目的地に積んでいくほど無駄なことはないからだ。
運ぶ荷を間違え、到着したオアシスで商人に買い叩かれてしまう船主も多く、デビューしたばかりの船主は安全パイである塩を運ぶことが多いわけだ。
「この船主は初心者だったのかな?」
「いや、そうでもないな。タロウ殿、『魔法箱』がある」
「魔法箱? ああっ! 聞いたことがある!」
ララベルは、船倉の端にある宝箱のようなものを見つけて私に教えてくれた。
彼女は、その正体にすぐ気がついたようだ。
魔法箱とは、人間が抱えて持ち上げられるくらいの箱で、その中に小屋一軒分くらいのものが収納できる箱であった。
小型船でも多くの荷を運べるので便利ではあるのだが、作るのが難しいのでとても高価な品だ。
『異次元倉庫』の特技持ちなど、世界に五人いれば多いくらいなので、昔にこれが開発された経緯があるのだと、サンダー少佐から世間話として聞いていた。
「ミュウは、魔法箱を作れるの?」
「無理ですね。作るのが難しいんですよ。これだと、一個で一億ドルクくいらい普通にします」
「高いなぁ……」
「でも、大型船よりは安いんですよ」
沢山荷が載せられる大型船を建造し、多くの船員を雇って荷を運ぶか。
それとも、小型船に魔法箱を載せて大量の荷を運ぶか。
双方にメリットとデメリットが混在していて難しい選択ではあるな。
「大型船は船員を多く載せられるので、砂獣対策には効果的ですね。砂獣も、大型船を襲う確率が低いので」
絶対ではないが、小型船よりは確実に安全なのが実感できるそうだ。
「でも私は、大型船でサンドウォームに襲われたけど……」
「あの兄の指図で、船長たちはわざとサンドウォームの巣に突っ込んだからな」
いくら砂獣が大型船を避けるとはいえ、大量生息地や巣に入り込めば襲われて当然というわけか。
砂獣側も数が多いので、強気になって船を襲うというのもある。
「大型船でも通行すると危険な場所は、これまでの航行経験から地図が作られ、『砂流船員協会』が販売している」
砂漠で荷を運ぶ船員たちの組織が、危険領域を示した地図を売っているのか。
シップランドに入ったら、購入しておかなければ。
「それで、この魔法箱の中身はなんでしょうね?」
「早速開けてみよう」
ララベルが魔法箱の蓋を開けると、中には大きな目の細かい麻袋がいくつか入っていた。
「中身は……」
袋を開けてみないとわからないので、麻袋を破ると、中から黒っぽい塊や粉が出てきた。
「これは?」
「砂糖ですね。これだけあると結構な金額ですよ。魔法箱に、砂糖を仕入れられる余裕がある身の上。定期航路で稼いでいた中堅の船主だと推測されます」
独立したばかりの船主は、とにかく大変だ。
砂流船は小型でも非常に高額なので、まず即金では購入できない。
誰かから借金をするか、地図を売っている砂流船員協会からちゃんと働いていた船員だという保証を受け、ローンを組んで船を手に入れるそうだ。
遭難のリスクが大きいので、ローンを組んだ船主が死んでも遺族に責任はないそうだが、その代わりローンの金利がバカ高い。
ローンを返済すべく、ほとんど休みも取らずに荷を運び続ける。
小型船で利幅を増やそうとすれば、魔法箱が必須となるが、これはローンで購入できないそうだ。
どんなに頑張ってもローンの返済には十年以上かかるのだが、それが終わって、定期航路で荷を運び、安定した収入を得られるようになれば儲けものらしい。
この遭難した小型船の船主も、そういう人だったようだ。
「せっかくローンの返済も終わったのになぁ……」
私は独り身で、両親の実家を相続して住んでいるのでローンを組んだことなどないが、きっと私とそう年も違わなかったであろう船主を思うと、ちょっと切なくなってしまうのだ。
「ここって、安全だから航行していたのでは?」
「タロウさん、砂獣は生き物なので、時に動くこともありますよ」
これまで安全な航路だったのが、いきなり砂獣の巣になってしまうこともあるし、逆のケースもある。
また、たまたま彷徨っていた砂獣の群れと遭遇してしまう不運もあるということか。
「地図は頻繁に更新されます。だから、結構高いんですよね」
砂流船員協会としても、船主や船員たちの安全のため常に航路情報の収集に努めているが、どうしてもタイムラグが出てしまうこともあるというわけか。
「今回の場合、たまたまサンドウォームのハグレ群れに遭遇して襲われたのでしょう。こういうこともたまにあるそうです。大型船の船主や、ハンター兼業の船主で強い人なら問題ないんですけどね」
全員が全員、船主が強いわけではないということか。
ハンターの大半が砂大トカゲを倒すのが限界なので、小型船主の大半にとってサンドウォームは脅威となってしまうのだ。
「あまり考えても意味はないか。撤収しよう」
「タロウ殿、魔法箱の存在はありがたいな。これに『ネットショッピング』で購入した砂糖を積んでいけばいい。そうすれば怪しまれないぞ」
「なるほど。いいアイデアだ」
結果的に他人の魔法箱を奪う結果となってしまったが、これも砂漠で生きる者の定め。
それに、死んでしまった人のことよりも、まずは生きている人間の方が大切だ。
今の私は、綺麗事を言える日本に住んでいるのではない。
ありがたくいただいていくことにしよう。
「タロウさん、船はまだ魔力動力が生きていますね。船体も使える木材は多いです。シップランドまであと少しなので、曳航して運びますか?」
「いや、曳航は危険だ。この船は別の場所で捌こう」
そのままこの小型船を曳航していくと、この小型船の船主の遺族が騒ぐかもしれない。
ルールはルールなので船や積み荷を奪われることはないと思うが、私たちが魔法箱で砂糖を運んできたというシナリオを、シップランドの住民に怪しまれてしまうのはよくない。
「私は死んだことになっている人間なので、慎重に行動した方がいい。慎重すぎると思うかな?」
「いや、思わないな。兄は突然王にされた力のない王だ。自分の力を増そうと四苦八苦しているのは、タロウ殿への扱いを見てもあきらか。そういう者は無茶をするからな」
「とはいえ、シップランドは実質他国です。船の遺族が出張ってきて、砂流船員協会が関わると貴族の手の者もいるのですが、あとはそこまで警戒する必要ないですね」
つまり、壊れた小型船は隠すに限るということだ。
魔法箱は、どれも同じような作りなので特定するのが難しく、そのまま使ってもまずバレないそうだ。
「この船の積み荷だった塩と砂糖も、他の場所で売ることにしよう」
半壊した小型船と積み荷の塩と砂糖を『異次元倉庫』に仕舞い、手に入れた魔法箱に『ネットショッピング』で購入した砂糖の大袋を詰めていく。
小屋程度の収納量というのは間違いないようで、五百袋ほど積み込むことができた。
「三十キロ×五百袋で十五トンか。高く売れるだろう」
「高いどころではないですけどね。精白した砂糖は、よほどの金持ちしか使えません。積み荷の黒砂糖ですら非常に高価ですから」
やはり小型船の船主は、それなりの身代があったようだな。
高価な砂糖を仕入れられるのだから。
「作業は終わり。じゃあ、行こうか」
「そうですね」
「いざ、シップランドへ」
砂獣に襲われていた船から、積み荷と船をいただいた私たちは、再び船を走らせる。
すると、半日ほどで大きなオアシスが見えてきた。
「あそこが、シップランドですね」
「本当に大きな町なんだな」
「久々の人が住む町だな」
私たちは、久々に人の住む町へと到着したのであった。
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