第28話 白い高額の粉

「ようこそ、シップランドへ! 見ない顔だが、商売かい?」


「ええ、かなりの長旅でしたよ」


「その船でか。いい腕なんだな。砂獣に襲われて大変だったろう」


「それを退ける実力はありますよ」


「なるほど。このシップランドではな。稼ぐ船乗りは尊敬される。沢山荷を運んで儲けた奴は、出自など関係なくな。このシップランドで名を成している貿易商だって、先祖はどこの馬の骨ともわからない貧乏人だったが、腕一本でのし上がったんだ。いい船乗りは尊敬されて当然。余所者でも、大量の荷を持ってこの町に辿り着けば、船着き場を借りられる。余所者だから高いってこともない。誰でも金を払えば船を置ける。この大きさの船なら、一日二万ドルクだ」


「では、一週間分で」


「まいどあり。積荷がいい値段で売れるといいな」




 シップランドは、とても大きなオアシスだった。

 オアシスを囲うように、大小沢山の砂流船を係留する船着き場があり、私たちは小型船用の港に船を預けた。

 一日につきいくらと係留費用がかかるが、金さえ払えば誰でも船を泊められ、盗難を防ぐため警備もちゃんとしてくれる。


 このシップランドにおいて、船を盗む奴ほどの悪党はいないそうだ。

 船と、船が運ぶ荷こそがシップランドの経済力の源泉なので、船の窃盗は問答無用で死刑だそうだ。

 船が止まれば、この町は死んでしまう。

 人口を考えると、食糧の完全自給など不可能なので、住民の命綱である船を盗む奴は人殺しと同じ扱いなのだそうだ。


「魔法箱があるから、小型船なのか」


「できたら、もう少し大きな船が欲しいので稼いでいます」


「だろうな。三人なら、もうちょっと大きな船の方が移動も楽だぜ」


 係留所の職員と思われる中年男性と話をしながら情報を集め、船も無事預け終わったので町に移動することにした。


「ララベル様、その仮面暑くないですか?」


「安心するがいい。この仮面はあまり暑くならないのだ。ミュウの魔法もあるしな。ミュウこそ、暑くないか?」


「以前使っていた仮面とは段違いですよ」


 『ネットショッピング』でプラスチック製の仮面を購入したので、以前の金属製の仮面よりは暑くならないはずだ。

 とはいえ、暑くないわけがないんだが……ミュウの魔法がクーラー代わりだからいいのか。


「魔法って、便利なんだなって思う」


「とはいえ、かなり精密なコントロールが必要なので、三名分で限界です」


「大変なら、私の分はいいよ」


「いえ、そういうわけにはいかないですし、纏まってくれた方が魔法のコントロールは楽なので」


「距離が離れると、魔法のコントロールが大変なんだ」


 私は、ミュウとの距離を縮めた。

 ミュウの魔法は涼しいので、できれば魔法があった方が楽だからだ。

 おっさんなので、暑さへの耐性も下がって……レベルアップの影響でそうでもないか。


「顔を隠さなくてもいいような……」


「私たちは、この世の男性に好まれる顔をしていないのでな」


「それと同時に、私たちはこの顔ゆえに有名人でもあるのです。特にハンターたちの間では」


 ララベルとミュウが、仮面で顔を隠している理由。

 この世界では非常に醜い女性という扱いなので、どうしても素顔で歩くと周囲の人たちに注目されてしまうからという理由と、二人はガチで強いハンターなので、その業界では有名人だからというのもあるそうだ。


「バート王国の歴史に残るであろう醜い王女にして、ハンターとしても有名であり、やはりドブスなのでさらに目立つ私だ。当然シップランドにも知れ渡っているはずなので、顔は隠すに限る」


「以下同文です。『そんな王女に付き添う双璧のドブス魔法使い』とは、私のことですからね。知り合いが絶対にいないという保証もないので」


「……」


 以上の理由からだと、二人は私に顔を隠す理由を教えてくれた。

 私としては心苦しいのだが、本人たちが納得しているので口を出せないのだ。

 世界が違えば、逆にこの二人は綺麗すぎて周囲の注目を集めてしまうので、やるせなさを感じてしまう。


「無用なトラブルは避けるに限る」


「嘆いても、世間は斟酌してくれないですからね。隠してなにも言われないのなら僥倖です」


「考えようによっては、私にだけ綺麗な顔を見せてくれると思えばいいのか」


「いっ、いきなりそんなことを言われると恥ずかしいではないか」


「そうですよ、卑怯ですよ」


「ごめんごめん。じゃあ、砂糖を売りに行こうか」


 私が魔法箱を持ち、盗難を避けるため二人が護衛をしながら町中を歩いていく。

 シップランドは、稼ぎたい者が沢山集まる町。

 当然夢破れてスラムの住民になったり、犯罪に走る者も多いので、治安は王都よりも悪いとミュウが教えてくれた。

 成り上がるのも、落ちぶれるのも自由。

 成功者も多いが、貧富の差が激しい場所でもあるのだ。


「タロウ殿、どこで荷を売るのだ?」


「それをミュウに尋ねようと思ったんだ」


「私ですか?」


「このシップランドで、一番の大物貿易商は誰かなって」


「それなら、間違いなくガルシア商会ですよ。鼻もちならない王都の大貴族たちでも気を使っていますから。このシップランドの領主であるシップランド子爵家とも懇意です」


 シップランドの領主の姓は、そのままシップランドなのか。

 わかりやすくていいな。

 

「でも、これだけのオアシスの領主が子爵なのか……」


「いらぬ嫉妬をかわすためとか。ほぼ独立領主で、現状はバート王国も手を出していませんけど、その気になれば兵を出せる場所ではあるのです」


 無理をしてバート王国がこのシップランドを攻め落としても、戦争をしている間は船が動かなくなってしまう。

 誰も得をしないわけで。

 だからここの領主は子爵のままでいて、王都にいるプライドだけは一丁前の大貴族たちに配慮しているわけだ。


「金持ち喧嘩せずだな」


「タロウさんの世界の言葉ですか? 言い得て妙ですね。そんな感じですよ。荷は、ガルシア商会で売却ですか」


「それが一番手っ取り早いし、一番安全だ」


「そんなものなのか?」


「見ていればわかるよ」


 私たちは通行人にガルシア商会の場所を教えてもらい、急ぎ向かった。

 

「人が多いですね」


「さすがは、シップランド一の大商人の本店だな」


 ガルシア商会は、町の中心部に大きな店を構えていた。

 普通に買い物をしている客に、荷を持ち込んでいる船主たち、使っている従業員の数も多く、多くの人たちで賑わっていた。


「荷受けの受付はここか」


「いらっしゃいませ。荷の売却ですか。魔法箱をお持ちですね」


「この箱の中身を売りたいんだ」


「荷はなんでしょうか?」


「白い砂糖だ」


「それは高価な品を……こちらへどうぞ」


 私たちは若い男性従業員の案内で、いくつかある受付の後ろ側にある部屋へと案内された。

 どうやら、私たちの砂糖は別室で鑑定のようだ。


「別室での鑑定なのか」


「白い砂糖は高級品です。偽物が多いのですよ」


 若い男性従業員によると、バート王国のみならずシップランドでも砂糖は百パーセント遠い他国からの輸入品。

 ゆえに、砂糖自体の高さと合わせ、輸送費用も加わって恐ろしい値段になるそうだ。


「近辺のオアシスにいる、質の悪い犯罪者モドキの船主たちが、偽物の白砂糖を持ち込むのですよ」


 そういうと、途端に部屋の外から多くの人間の気配を感じた。

 私でも感じたのだから、ララベルとミュウはそれよりも早く気がついたようだ。

 ララベルは腰に差した剣に手をかけ、ミュウもすぐに魔法を唱えられる状態となっていた。


「偽砂糖売りだと疑われているのか」


「本物の砂糖だと証明されれば問題ないと思いますが。偽物が多いので、無礼はご勘弁を」


 つまり、偽物を売りに来た船主は外の連中に拘束されるわけか。 

 シップランドで詐欺未遂をすると、どんな罪状になるのであろうか?


「確認してみればいい」


 私は、魔法箱から白砂糖の袋を取り出した。


「麻袋も品質がいいですね」


「他国の品さ」


「我が国で、これほどの品質の麻袋を探すのは無理でしょうね」


 紙袋のままだと、日本語で『上白糖』と書かれているので疑われてしまう。

 そこで、土嚢を詰める麻袋を購入して、そこに白砂糖を詰め込んでいたのだ。

 安い麻袋なのだが、この世界基準でいうと作りのいい麻袋という評価のようだ。


「では、確認させていただきます」


 若い男性従業員は、麻袋の紐を解き、中に入っている白砂糖を少量取り出し、それを口に入れた。


「これは……」


「白い砂だったかな?」


「いえ、こんなに白くて品質のいい砂糖は初めてでしたので……失礼いたしました。それで、これがあと何袋でしょうか?」


「五百袋ほどさ」


「暫しお待ちを」


 若い男性従業員は、急ぎ部屋を出ていってしまった。

 倉庫の確認でもしているのであろうか?

 そんなわけないけど。

 

「お偉いさんを呼びに行ったんだろうな」


「この数ですからね」


 これだけの白砂糖なので、当然、買い取り金額は莫大なものとなる。

 若い男性従業員では判断できない金額なので、お偉いさんを呼びに行ったのであろう。

 数分すると、私とそれほど年が変わらなそうな男性が入ってきた。

 平凡な容姿の私と違い、いかにもできるといった感じの人物であった。


「うちの者が失礼しました。ガルシア商会の当主を務めております。タラント・ガルシアと申します」


「これは、ご当主自らがお越しとは。お手間をかけさせて申し訳ありません」


 まさか、当主が出てくるとはな。

 番頭くらいだと思っていたんだが。


「久々の砂糖の大商い。ここは私が、自ら顔を出さないと失礼にあたりますので」


 挨拶を終えると、私はさらに奥にある倉庫へと案内された。

 そこには麻の袋が数十個積まれ、空気が乾いているように感じる。

 砂糖が湿気るのを防ぐ、専用の倉庫なのであろう。


「ご覧のとおりです。うちでも、砂糖の在庫はこの程度なのです。ああ、白くない砂糖はもっとありますよ」


「(タロウ殿、これだけでもひと財産だぞ)」


 この世界の人たちは、本当に甘い物が好きなんだな。

 だが、砂漠だらけの土地ではサトウキビもテンサイも育たない。

 花が咲く植物が少ないので、ハチミツもそんなに採れない。

 需要に対し生産量が極端に少ないので、自然と高価になってしまうのだ。


 糖分が採れる植物や砂獣もいると聞いていたが、こちらは大半が大人の大好きな酒の醸造に使われてしまい、ますます甘い物は高価になってしまうそうだ。

 ハチミツと砂糖だけ、異常に高価だとも言えるのか。


「失礼ながら、検品させていただきます。よろしいですか?」


「勿論ですとも」


 一袋だけ本物の砂糖で、あとのは白い砂を詰めた偽物なんてこともありそうなので、確認は慎重に行うのであろう。

 どうせ全部本物の砂糖なので、好きなだけ確認すればいいさ。


 私たちが魔法箱から取り出した五百袋の白砂糖は、ガルシア商会の当主と従業員たちにより、全部本物だと認められた。


「素晴らしいですね。それにしても、よくこれだけの白砂糖を」


「借金の形なのですよ」


「借金の形ですか……」


「ええ、借金の形です」


 自分は他国の人間で、ザルニア王国が領地だと主張している独立領主のオアシスを故郷とする住民だ。

 船を購入すべく金を稼いでいて、その資金が貯まったのでさて船を新造しようかという時に、知り合いに金を貸してしまった。

 ところが、その知り合いは金を返せなくなって逃亡してしまう。


 その知り合いの親に文句を言ったら、この砂糖で返されてしまった。


 元々砂糖の産地であるザルニア王国で売却しても貸した金には到底届かず、それならシップランドに持ち込んで、そこで船を建造すればいいと思った。


 以上、ミュウから砂糖の産地がザルニア王国という北方の国だという話を聞き、この国も領地だと主張している砂漠にあるオアシスの完全支配などしておらず、独立領主が治めるオアシスからやってきたという嘘をついたわけだ。

 

「私の名は、ターロー・カトゥーです」


 名前も経歴も、ここに来た事情もすべて嘘。

 偽名の方は、かなり本名に被っているけど。

 どうせ船乗りなんて出自が怪しい人たちが多く、故郷で家族と揉めて出てきたなんてまだ可愛い方だそうだ。

 悪さをして故郷を追い出された奴が仕方なしに船乗りをしているケースもあり、それでも荷を運ぶ船乗りは偉いというのが、業界やシップランドの評価というわけだ。

 なので、私が偽名を使おうと、『変革者』である事実を隠そうと、ララベルとミュウが顔を隠していても、そこはあえて追及しないのが本物の貿易商ということだ。


「なるほど。そこのお二方は?」


「私の婚約者です。心強い仲間でもあります」


「……そうですか……」


 ガルシア商会の当主は、バート王国貴族ともつき合い合いがある。

 気がついているのかもしれないな。

 だが、彼が本物の商人なら、ここで彼女たちの正体についてなにも言ってこないはずだ。


「遠いところからご苦労様でした。全部で五十億ドルクですね」


 確か前に、ララベルさんは白砂糖スプーン一杯で十万ドルクくらいすると言っていた。

 さすがに小さじではなく大さじであろうから、大さじ一杯で九~十グラム。

 白砂糖の末端価格は、一グラム一万円かぁ……。


 覚せい剤みたいな値段だな。

 持ち込んだ白砂糖は、三十キロの袋が五百個で十五トン。

 末端価格だと百五十億円くらいか。

 その値段で売るとガルシア商会の大赤字なので、三分の一は妥当かな。

 税金も高いし、他のコストも嵩むからだ。


「五十億ドルクですか。遠くから運んだ甲斐がありますよ」


「そう言っていただけるのであれば。あっ、そうそう。新しい船のご購入をご検討中だとか?」


「そうですね。新しい船で故郷に戻りたいです」


「それでしたら、いい造船所を紹介しますよ。紹介状を書きましょう」


「わざわざすみません」


「いえいえ、私どももいい商いをさせていただきましたので」


 私たちは、ガルシア商会の当主から五十億ドルクと造船所への紹介状を受け取った。

 教会の口座に振り込むと言われたら困ってしまったのだが、現金で渡してくれてよかった。

 船代を差し引いた五十億ドルクの預金が、いきなりイードルクに変換されて消えたら、驚くだろうからだ。

 先の二千万ドルクの件もあるので、今は大人しくしていた方がいい。


「じゃあ、次は造船所に行こうか?」


「そうだな。新しい船を手に入れよう」


 五十億ドルクを魔法箱に入れ、私たちはガルシア商会の当主から教えてもらった造船所へと向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る