第29話 船を買う
「ガルシア商会の旦那が紹介状を書くほどの客だ。五億ドルクってところだな」
「ええ、構いませんよ」
「細かい仕様はどうする?」
「任せます。親方は船のプロでしょう? 長距離航行が多いと思うので、頑丈さとメンテナンス性重視ですかね」
「任せな。あと、お前さんたちがやっつけ仕事で繋いだ双胴船。魔力動力と木材代扱いで買ってやるよ。見積もりはあとで出す」
「わかりました。やっつけ仕事ですか……」
「素人にしては上出来だが、俺たちプロから見れば、やっつけ仕事だな」
「納得しました」
「すまねえが、俺たちはこれで飯を食っているのでね。でも、いい板と釘を使ってるな……他国の品かい?」
「はい」
ガルシア商会の当主から紹介された造船所の主は、いかにも頑固そうな爺さんだったが、腕前はよさそうに見えた。
そうでなければ、シップランド一の大商人が勧めるわけがないので、船のことはお任せでいいだろう。
私たちの大工仕事をやっつけだと評価し、『ネットショッピング』で購入した木材や釘のよさを褒めたので、腕は本物だと思う。
「これが三人から五人乗りで、居住空間にも配慮した小型船だな。複数の魔法箱を積んで運用するのを想定している」
新造とはいっても、一から作ってもらうと時間がかかり過ぎてしまう。
ある程度完成している船を選び、最終艤装をして引き渡しというのが正解であった。
大型船は見切り発車で建造しないので、これは完全に注文生産だそうだ。
「うわぁ、新しい船はいいですね」
「そうだな」
ララベルとミュウが乗っていた船は、あの兄からの贈り物なのでかなり古い。
私が脱出に使った船も、大型定期便の脱出用で、もうそろそろ替え時といった感じなので同じく古かった。
元々無料なので文句は言えないが、実際に船を見ると、新しい船はいいものだと思ってしまうのだ。
「じゃあ、お願いしますね」
「五日後だな」
「わかりました。これが代金です」
「すまねえな」
魔法箱の中から船の代金を取り出して爺さんに渡し、私たちは造船所をあとにした。
「私はこういうことに詳しくないのだが、値引きはしないのか?」
造船所を出るやいなや、ララベルが私に質問してきた。
こういう時、商人なら値段交渉をするのが普通なのではないかと思ったわけだ。
「していい値引きと、してはいけない値引きがある。あの造船所は、ガルシア商会の当主も認める腕のいい造船所だ。多分、他の仕事が詰まっている状況なのに、紹介状のおかげで無理に割り込めたわけだ」
「そういうところに値引き交渉は駄目ですか」
「紹介状を書いた、ガルシア商会の当主に恥をかかせることになるからだ」
それに、船の作りや性能が悪いと命に関わる。
金がなくてもどうにか安く船を手に入れたい船主希望者ならわかるが、私たちは金がないわけでもないし、ここでケチるのは危険だろう。
「ガルシア商会の当主との取引でも、タロウ殿は砂糖の代金を上げろと言わなかったな」
「今回のケースでは、言わない方がいいのさ」
高価な白砂糖の大取り引きなので、もっと高く買ってくれと言うのも間違いではないと思うけど、もしここでガルシア商会と取引が成立しなかったとして、別の商会がガルシア商会よりも多くの金額を出すとは思わない。
すべて買い取るのも不可能であろう。
複数の商会にあれだけ大量の白砂糖を売却すれば、当然私たちは目立ってしまう。
犯罪者たちに金を狙われるかもしれないし、目立てばバート王国に目をつけられるかもしれない。
「だから、このシップランド一の大商人のみと取引したのか」
「彼はあそこまで成り上がった大商人で、このシップランドというオアシスの性格上、バート王国にベッタリではないはず。ここは一応バート王国領でも、実質独立領なのだから」
私たちがいい客である間、彼は私たちの正体についてあれこれ詮索してこないし、私たちがライバル商人たちに流れてしまうような下手は打たないはず。
なぜなら、他の商人たちのせいで美味しい商売ルートを失いたくないからだ。
造船所の紹介も、その船でまた来てくれというわけだ。
「ただ商売していただけなのに、そこまで読んでいるんですか。タロウさん、大人ですね」
「私が勝手にそう思っているだけかもしれないけど」
でも、本当の答えからはそう遠くないはずだ。
「ところで、泊まる場所はどうしようか? 船は造船所に引き取られてしまうからな」
新しい船が手に入るので、あの双胴船は下取りに出すことになった。
魔力動力と一部木材しか金にならないそうだが。
係留所の代金を節約したいので、もう運び出すことになっていて、新造船の艤装が完成するまでは、このシップランドで滞在ということになるはずだ。
「宿を取るか」
どうせ金はあるからな。
節約といっても、金ならララベルとミュウが砂獣を倒したイードルクも沢山あるので、ドルクはそんなに必要なかった。
この町を出たら、イードルクに変換してしまおう。
「せっかくだから、高級な宿にでも泊まるか?」
「たまにはいいのかな」
「そうですね」
せっかくなので、この町で一番高級な宿に泊まろうと向かったのだが、そんな私たちに声をかける者がいた。
「失礼します。私はガルシア商会の者です。船のご注文は無事に終わったようでよかったです。船ができるまで、屋敷に泊まっていただけばいいと主が仰っております」
「私たちのような新人船乗りに、天下のガルシア商会がそこまで配慮してくださるとは。光栄です」
「いえいえ、主は将来有望な取引先といい関係を結びたいと言っておりまして。是非、ご招待を受けていただきたいと」
「それは勿論。ありがたくご招待をお受けいたします」
「(タロウさん、大胆ですね)」
「(砂獣の巣に飛び込むことになるやもしれぬな)」
「(大丈夫さ。どんなご馳走が出るのかな?)」
もしガルシア商会の主がそんなバカなら、とっくにガルシア商会はシップランド一の商会から転落しているはず。
高級宿もいいが、この町一番の大商人からの招待だ。
せいぜい楽しもうと思う。
久しぶりに、建物の中で寝られるな。
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