第25話 加奈

「(可愛らしい子だな……)加藤太郎です」


「佐倉加奈です。よろしくお願いします」




 私が加奈と出会ったのは、大学……この世界にもあるのだろうか? 

 ちょっと高度なことを教える学校……別に私は、それほど頭がいいわけではないけど……だった。

 入学後、とあるサークル……同好者の集まりみたいなものだ。基本、飲み会しかしなかったけど……の入学歓迎コンパ……飲み会で彼女と知り合った。


 彼女はとても可愛らしいので、先輩や同級生たちにチヤホヤされていた。

 私はこのように見た目も普通の男で、それほど女性にモテるわけでもなかったので、人あたりのいい彼女と自己紹介をして挨拶を交わしたのみ。


 と思っていたら、いつの間にかよく一緒に遊びに出かけるようになり、気がつけば周囲は私たちのことをカップルだと思っていたという次第だ。


 どうして彼女が、私のような男を好きになってくれたのか?

 今でもよくわからない。

 男女のことは、本当にわからないことだらけなのだ。


 共に大学生活を過ごし、いよいよ就職活動が始まった。

 その頃には私と加奈は結婚しようということになっており、私は少しでもいいところに就職……この世界だと、いいところに仕官するみたいな感じか……しようと努力していたのだが、ちょうどその時に、同じく就職活動をしていた加奈が倒れた。


 彼女は急性白血病で……この世界では知られている病気なのだろうか? とにかく治療が難しい病気であった。

 完治を目指して彼女の治療が始まり、私は就職活動の合間、時間があれば彼女の傍にいた。


 加奈は、自分が就職できないことを申し訳ないとよく言っていたが、私は別に構わないと思っていた。

 今はただ、病気を治すことだけを考えればいい。

 私がいいところに就職するから、加奈は妻として家を守ればいいのだと。


 女性も働く。

 この世界の人たちはどういう風に思うのだろう? 

 私のいた世界では、近年女性も働くのが主流なのだが……とにかく私は、病気が完治した加奈との結婚生活を目指して懸命に努力した。


 その成果が実り、正直なところ私が通っていた大学ではまずは入れないような、非常に待遇のいい会社に入れたのだが、これも加奈のおかげであろう。

 

 入社後も大変だと思ったが、彼女と所帯を持てるのであればと努力したわけだ。

 そして彼女の病状であったが、できる限りの治療をしたが、残念ながらもう手の施しようがないと医者から言われてしまい……。


 でも、私はそれを信じたくなかった。

 だから必ず彼女は治ると信じて、今にも絶望してしそうな気持を隠しながら彼女と一秒でも長くいたいと、仕事をしている時以外は極力一緒に過ごした。


 ところが残念ながら、彼女の容態は悪化するばかりで、自分でも気がついてしまったのだろう。

 もう自分は助からないと。

 だから、彼女はこう言ったのだ。


『太郎さん、私が死んだら、いつまでも義理立てしないでちゃんと新しい女(ひと)とね』


『はははっ、加奈は治るから、それはあり得ない想定だな』


『太郎さんは嘘が下手ね。でも、そういう人だから私は太郎さんを好きになったのだと思う』


 私は胸が張り裂けそうだった。

 どうして彼女は病に倒れ、もう助からないのだと。

 優しい加奈が病気になり、世の中にいるとんでもない悪党が健康なままでのうのうと生きているなんて。

 そんな風に思って世の中に絶望するなんて、今思えば私も若かったのだろう。


 いくら私が嘆き、叫んでも、加奈の死は刻々と迫っていて、それを止める術は私にはないのだと。

 私はただ、彼女の傍に居続けるだけしかできなかった。


 本当は、せっかく内定が取れた会社にも行く気力がなくて辞退しようかと思ったのだが、加奈に叱られたのだ。


『私はもう駄目だけど、太郎さんにはこれから輝かしい未来があるの。人生を捨てては駄目』


 彼女の方が迫り来る死に対し不安や恐怖が大きいはずなのに、私を叱って励ましてくれた。

 やはり私は駄目な男なのだ。

 なんとか気力を振り絞り、無事入社を果たしたのだが、ついに最後の時間が訪れた。


『桜が綺麗……お花見に行きたい……』


 これが、加奈の最後の言葉だった。

 きっと彼女は、私と、のちに産まれたかもしれない私と彼女との子供と一緒にお花見に行くことを夢見ながら、天国へと旅立ったのだと思う。


 加奈の死後、私は彼女を失った悲しみを埋めるように、要するになにも考えたくなかったのだ。

 仕事に集中した。

 私の地頭では、そんなに出世できなかったけど。

 大きな会社だったので、学閥などの問題も……同じ大学の先輩が後輩を引き上げることが多かったのだ。

 貴族がいなくても、人間とはそういう生き物なのだと思う。


 彼女が死んで二十年近く。

 ようやくか。

 自分の足が地についたような感じがしたのは。


 正直なところ、これからの人生どうしようかなと、漠然と考えていた時に召喚されたのだ。

 今思えば、他の女性とお付き合いしたり、結婚してもよかったような気もしなくもなかったが、やはり彼女のことを思い出すと……。

 実はそれを理由に、自分がモテないのを誤魔化すためかもしれなかったのだけど。


 まあ、こんな感じかな。

 若い女性にする話でもないような気がするけど。




 見渡す限り砂漠しか見えない、砂漠の海と呼ばれる広大な無人地帯を急造の小さな双胴船で渡っていく。

 まずは、王都から離れた南西を目指してひたすら船を走らせる。


 たまに砂獣とも遭遇するが、それらはすべてララベルさんとミュウさんがすぐに倒してしまうので問題なかった。

 夜は船を停止させ、船の上に張ってあるテントで眠る日々。 

 とにかく単調な生活であり、とても暇なので、私は二人に自分の過去の話をした。

 

 このモテない私が、若い頃に亡くした優しい婚約者の話をだ。

 未来ある若い二人に話すような内容とも思えないのだが、旅が長く話題が尽きてしまったのでつい話してしまったのだ。


 しまったのだが……。


「カナ殿、その無念お察しますぞ……」


「ううっ、悲恋、悲恋です。涙が止まりません」


「あのぅ、ハンカチをどうぞ」


「かたじけない、タロウ殿」


「すびばせん。ずずぅーーー!」


 こういう話は、若い女性たちにはツボなのであろうか?

 二人とも滝のような涙を流して泣いているので、私は急ぎ購入したハンカチをそっと差し出すのであった。


 それとミュウさん、ハンカチで豪快に鼻をかまれると普通の男性は引くと思います。

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