第24話 オアシス消滅と旅立ち
「ララベルさん、一つ気になることが……」
「どうかしたのか? タロウ殿」
「オアシスの泉なんですけど、水位が下がっていませんか?」
「確かに下がってるな……。ミュウに聞いてみよう」
お気軽ネット通販が始まって一週間あまり、今日もいつもと同じ日常が始まると思っていたのだが、思わぬアクシデントに見舞われてしまった。
オアシスの泉の水位が、見てわかるほど下がっていたのだ。
これがどういう状況なのかを知るべく、ララベルさんはミュウさんを呼びに行った。
「これは……このオアシスはじきに死にます」
「死ぬ?」
「まあ、『枯れる』が正しいのですが、昔から『死ぬ』ってよく言うのですよ」
ミュウさんによると、グレートデザートの砂漠地帯における人間の生活拠点オアシスは、時に枯れてしまうことがあるらしい。
「数千年間水が湧き続けるオアシスも多く、王都や他国の大都市などもそうですが、逆に、数十年、数百年で水が湧かなくなり、砂漠に消えてしまうオアシスもあるのです。またなにもないところから突如水が湧き、オアシスができることもありますけどね」
「なるほど」
消えるオアシス、生まれるオアシスか。
そのオアシスがいつ消えるかはわからず、それは神のみぞ知るという。
「そのオアシスがいつまで保つかは、本当に神のみぞ知るなのです。このオアシスは、寿命を迎えたということなのでしょう」
「そんなオアシスを私たちに褒美として寄越す。兄らしいな」
ララベルさんは、王様に対し嫌味を言い放った。
あと数ヵ月で枯れるオアシスを実の妹に領地として渡すのだから、嫌な奴と思われ、あいつならやりかねないと思われても仕方ないというものだ。
「ですが、そのオアシスがいつ枯れるかはわからないのでしょう?」
王様が、どうしてララベルさんにこのオアシスを領地として下賜したのかと言えば、サンドウォームの巣とサンドスコーピオンの大量生息地に囲まれていたからで、オアシスが枯れるのは想定外だったと思う。
普段の言動のせいで、わざとすぐに枯れるオアシスを渡したと思われても、別に不思議ではないのだが。
あの王様ならやりかねない、と思われているわけだ。
「ミュウ。この場合どうすればいいのだ?」
「水が湧かなくなりましたからね。幸い、タロウさんの『ネットショッピング』があるので、水が湧かなくても生きていけるのですが、このオアシスに再び水が湧くかどうかは、神のみぞ知るです」
「そうか……」
ミュウさんからの説明を受け、ララベルさんは考え込んでしまった。
「タロウ殿、貴殿はどう思うのだ?」
「そうですね。ララベルさん次第かなと」
「私次第なのか?」
「ええ。ここは、ララベルさんとミュウさんを島流しにするため、王様から与えられたオアシスです。ララベルさんは降家したバート王国の貴族なので、貴族としてはここを離れるのはどうかと思うのです」
たとえ理不尽な命令でも、ララベルさんはそれを受け入れてしまった。
ならばたとえ水が枯れても、このオアシスを維持する責任があるわけだ。
バート王国の貴族として。
「責任か……」
「ですが、タロウさん。我々は陛下のせいで、ここに島流しにされました。はっきり言ってバート王国に義理はないのですが……」
幼少の頃からその容姿をバカにされ、命を懸けて砂獣を討伐してもそれはやまず、砂獣を倒した時に得た成果も搾取された。
普通に考えれば、バート王国に恩なんて感じなくて当然であろう。
「ララベルさんは、どうですか?」
「恩か……そんなものはないな」
「ならば、ここを脱出してもいいのでは? 二人がバート王国に未練があるのなら言いにくかったのですが、ないのなら逃げた方がいいですよ」
幸い小型砂流船が二隻ある。
これで新しいオアシスを探してもいいし、暫く砂漠の旅を楽しんでもいいだろう。
これは、私たちがバート王国の頸木から離れるいい機会でもあった。
「そうですね。この砂漠のもっと東方、西方、南方に向かえば、バート王国も私たちに手を出せませんので。中央海の北、西、東なんて他国の領域なので、余計に手が出せませんよ」
と言うと、ミュウさんはグレートデザートの地図を広げた。
「バート王国の王都は、中央海の南方にありますが、その支配領域は点のみです。臣従して貢物を届けているオアシスの主に爵位を与えていますけど、その数は領内のすべてではありません」
他国に誇示するため、バート王国は自らの領域を地図に記載している。
ところが大半が砂漠で、領内の遠方に点在するオアシスの主を全員把握してるわけではない。
確認していないオアシスの主も多いはずで、連絡が取れておらず、実質独立小国家のようなところも多いのだと、ミュウさんは解説してくれた。
「そうか。広大な砂漠のおかげで、領内を完全に把握していないのか」
「確認に行くだけで砂獣に襲われて死ぬかもしれませんので。強いハンターなら大丈夫でしょうが、そういう人は王都に侵攻してくる砂獣に対応してもらわないと国がなくなるので」
広大な砂漠、数が多く強い砂獣。
これのおかげで、他国もその支配力は大したことがないそうだ。
バート王国ができないことを、他国ができるなんてことはないだろうからな。
「砂漠に逃げてしまえば自由か」
「水や食料の確保に、砂獣対策ができないと死にますけどね」
つまり、力と水と食料が用意できない人は、自分が生まれた場所から一生移動できないということになる。
オアシスが枯れたら、運命を共にするしかないのか……。
交易船や、他国の都市に向かう船便はあるが、それには遭難のリスクがあるというわけだ。
「じゃあ、逃げますか」
「そうだな、逃げよう」
「目指せ! 新天地ですよ」
私たちは、この枯れゆくオアシスから脱出することとなり、早速その準備を始めることにしたのであった。
「水を汲むのか? タロウ殿」
「勿体ないじゃないですか。備えあれば憂いなし。この泉の水はそのまま飲める綺麗さなので」
このオアシスを脱出するにあたり、まずは水位が下がった泉の水を汲んでおくことにした。
砂漠で水がないと死ぬし、このまま放置しても蒸発するだけなので採取しておくことにしたのだ。
「容器はどうしますか?」
「これを購入します」
二十リットル入るポリ容器が安いので、これを購入して泉の水を汲んでいく。
満タンになったら、『異次元倉庫』に仕舞って終わりだ。
「タロウ殿、水は買えるのであろう?」
「水浴び用ですよ」
毎日水浴びはしたいし、そのための水をいちいち購入していたら高くついてしまう。
それなら、泉の水を汲んでおいて、これを使った方がいい。
「水を入れる容器も、砂漠暮らしなら沢山あった方がいいでしょう」
「この容器、軽くて頑丈でまったく水漏れしないんですね」
「水が漏れない壺もあるが、重たいからな」
「容器も売ろうと思えば売れるので」
途中様子を見て、バート王国に臣従していないオアシスで行商をして金を稼いでもいいだろう。
獲得した神貨はイードルクに変換できるので、砂獣を倒さなくても利鞘で金を稼げるはずだ。
「私たちの命綱は『ネットショッピング』なので、砂獣を倒せない事態に備える必要があるでしょう」
「タロウさんの言うとおりですよ。私たちだって、体調不良で砂獣討伐ができないことだってあるかもしれないですし」
「他に頼る者がいない以上、用意は万全な方がいいか。タロウ殿は年上の分、こういうことをしっかりと考えているので凄いな。尊敬できる」
「いやあ、ただの年の功ですよ」
その日は一日かかったが、無事泉の水を回収することができた。
ほとんど水が抜かれた泉の底を見ると、やはり水が湧くのが止まっている。
このオアシスは本当に死んでしまうのだ。
「次に船ですけど……二隻あるんですよね」
ララベルさんとミュウさんがここに来る時に利用した船と、私がサンドウォームたちに破壊される砂流船から脱出した時に使った小型の船だ。
二つを並べて見ると、なんと同型艦であった。
「私は大型砂流船からの脱出に使ったんですけど、二人はこの船で王都からここまで?」
「兄に言われたのだ。『お前らなら大丈夫だろう。失敗しても誰も悲しまん』と」
「……」
相変わらず、酷い兄だな。
あんなのが王様をやっている国ってどうなんだろう?
「二隻に分かれて乗るのでしょうか?」
「それだと、はぐれるかもしれないですね」
それに、寝る時に砂漠に降りるのは危険だと思う。
人が確認していない場所には、流砂や、砂の底なし沼が存在し、人を飲み込んでしまうこともあるそうだ。
つまり、船の上で生活していた方が安全なのだ。
砂獣に襲われた時、砂の上だと機動力に難があることも忘れてはならない。
「となると、双胴船かな?」
「双胴船ですか?」
「幸い、この二隻は同型船なので、搭載している魔力動力も同じはずです。ですよね?」
「そうですね。同じものなので出力は同じですよ」
「なら、この二隻を横に並べ、その上に板を敷いて固定してしまえばいいのです」
双胴船なら、居住スペースも多く取れるはずだ。
「タロウ殿、双胴船とやらにして重量が重たくなると、船の速度や航続距離に問題が出ると思うが……」
「ララベル様、それなら私が魔力動力のバランスを弄ります。出力を上げて、一隻の時と同じスピードが出るようにするのは簡単なので。航続距離は、膨大な魔力持ちが三名もいるので大丈夫ですよ」
魔力動力を動かす魔力については、多少出力を上げても補充に問題はないとミュウさんが言い切った。
元から、ララベルさんも、ミュウさんも、ハンターの中では桁違いの魔力を持っているそうだ。
ララベルさんは、驚異的な身体能力を発揮するために使われて魔法は撃てないそうだが。
私にはこの二人を超える魔力があるのだが、実はそれがなにに使われているのかよくわからなかった。
『異次元倉庫』を維持する魔力はそれほどでもなく、『ネットショッピング』も同様だったからだ。
つまり私は、魔力が多いのに特に使い道がないという状況なのだ。
「私が魔力を補充するので大丈夫ですよ」
「ならばいいが、双胴船にする資材の問題もあるぞ」
オアシスには木が生えているが、木材に加工しなければ使えない。
どうやって双胴船に改造するのだと、ララベル様に尋ねられてしまった。
「『ネットショッピング』で木材や工具も購入できますので」
「なんでも売っているのだな」
というわけで、私は木材やノコギリ、トンカチ、釘などの工具を購入して二隻の船を双胴船に改造する作業を始めた。
船はシンプルな作りなので、マストと帆を取り外し、二隻の間に長い板を渡して一隻の双胴船にする。
「タロウさんは器用なんですね」
「たまにこういうことはしていたのです」
実は私は、古い一軒家に住んでいた。
亡くなった両親の家で、当然古いのであちこちガタがきており、定期的に自分で直していたのだ。
私にはこれと言って趣味がなかったので、こういう作業で休日の時間を潰していたわけだ。
「ミュウさん、魔力動力の方はどうですか?」
「同調と出力アップはもう終わりましたよ。後部のちょうど中心部分に新しい舵を設置した方が船を動かしやすいはずです」
「それも、私がやりますので」
「私もなにか手伝おうか?」
「ララベルさんの手をわずらわせるまでもないですよ」
「私も手伝いますから」
「ミュウさん、釘を打つのが上手ですね」
「魔導動力もそうですが、私は調理器や温熱機など、簡単な魔法道具も作れますので。多少はできますよ。それにしても、いい木材と使いやすい大工道具ですね」
慣れているのであろう。
ミュウさんは器用に木材をノコギリで切り、二隻の船の間に渡した板と船とを釘で打ち付けていた。
「マストはここかな。帆も張り直さないと」
「タロウさん、二隻の船を横に並べて板を張ったのでスペースは広がりましたけど、今まで使っていたテントは使えませんよ」
「じゃあ、小さなテントを購入しますよ」
これまでオアシスで使っていたテントは、『異次元倉庫』に仕舞っておけばいい。
いつか使うこともあるはずだ。
他にも、いくつか使いそうなキャンプ用品なども購入しておいた。
船の改良は三日ほどで終わり、その他の準備も終わって、いよいよもうすぐ出発というその時。
ララベルさんは、泉のほとりに生えている木を見ていた。
「ララベルさん、どうかしましたか?」
「いや、私たちは水が枯れたと言って逃げられるが、これらの木々は砂漠に埋もれて枯れるしかない。可哀想だなと思ってな」
兄からの理不尽な命令でこのオアシスに島流しにあったララベルさんだが、そんな環境にあっても優しさを失っていないのは凄いと思う。
王族として正しいのかはわからないが、私は人間としてのララベルさんに好感を覚えた。
「じゃあ、持っていきますか?」
『異次元倉庫』は植物なら保管できるので、ここに仕舞ってどこか別のオアシスに植樹し直せば、上手くすれば根付くかもしれない。
余裕で保管できるので、私はこのオアシスの木や植物も持っていくことを提案した。
「そうだな。どこかに埋めてあげれば、生き延びられるかもしれない」
そう言うと、ララベルさんはオアシスの木々を引き抜き始めた。
一人でヤシの木に似た巨木を抜いてしまうのは、さすがというべきか。
私も、できる限りこのオアシスに生えている植物を根ごと抜いて回収していった。
「そういえば、加奈も同じようなことを言っていたな」
もう二十年以上も昔のことだ。
とある雑木林が開発されると決まった時、加奈はそこに生えている木が可哀想だと言っていた。
そして私と二人、一本だけ小さな木を抜いて庭に埋めた。
あの木は、加奈の死後もちゃんと成長してくれたのを思い出す。
「私に似たカナさん? どなたですか? タロウ殿」
「昔に亡くなった婚約者ですよ。ララベルさんのように、木が枯れるのを可哀想だと言って植樹したのを思い出すのです」
「そうですか……私に似た」
「発言がですよ。彼女はララベルさんとはまるで見た目も違いますしね」
加奈はどちらかと言うと可愛いというタイプで、体型も日本人女性の平均に近かった。
ゴージャス美人であるララベルさんには、容姿では負けるからなぁ……。
そんなことを考えながら作業をしているうちにオアシスの木や植物の回収も終わり、いよいよ出発となった。
「全力で走れば、サンドスコーピオンは攻撃してこないでしょう。問題は、サンドウォームの巣ですね。ここは戦闘があるでしょう」
「船を壊さないようにしないと」
「サンドウォームなら、私でも数を倒せるので戦力になるはずです」
「では、出発するか」
「そうですね」
「出発進行です!」
双胴船に改造した船の魔力動力のスイッチを入れると、船は順調に進み始めた。
動力の同調に失敗して船が真っ二つになって壊れないか心配だったが、予想以上に改造が上手くいったようだ。
一隻の時と同じスピードで船は前進していく。
「さらば、オアシスよ」
私たちは新しい安住の地を求め、改造双胴船で砂漠の海に乗り出したのであった。
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