第70話 戦争準備よりも贅沢
「なるほど。それで、魔法箱をいくつもお持ちなのですね」
「ええ」
タラントさんに『ネットショッピング』を知られるわけにはいかないので、白砂糖、ハチミツ、酒類は、わざわざ魔法箱に入れ替えてから運んできた。
「では、倉庫で確認しましょうか」
私たちとタラントさんはガルシア商会の倉庫に移動し、そこで魔法箱から大量の白砂糖、ハチミツ、酒を取り出した。
「ほほう、酒ですか……これは酒精分が強いですね。これは売れますよ」
酒は、大容量の甕やペットボトルに入った焼酎、ウィスキー、ウォッカなど。
とにかくアルコール度数が高いものを中心に用意した。
豪華な箱入りの高級ワインやウィスキーも用意してみたが、これは売れるかどうかわからない。
味見をしたタラントさんは、どれを試飲しても欲しそうな表情を浮かべていた。
「これはどこから?」
「秘密の仕入れ先ですよ」
下手に他国だと嘘をついても、ガルシア商会の情報収集能力があればすぐに嘘だとバレるはずだ。
私はあえて仕入れ先をボカした。
ようは、私にしか仕入れられないと理解してくれればいいのだ。
「バート王国の王族や貴族たちから金を吸い出す作戦があるので、これも本来の半額でいいですよ」
「それは大変にありがたいです。ところでちょっと噂に聞いたのですが、砂漠エルフたちが南に集まっているとか、極南の海が復活していたとか、そんな突拍子もない噂です」
さすがはガルシア商会。
すでに、極南海の復活や、砂漠エルフたちの動向をある程度掴んでいるのか。
私にその話を振ったということは、『変革者』である私がそれに絡んでいると踏んでいるわけだ。
「はてさて、私はそれを実際に目で見て確認していないのでなんとも。ただ……」
「ただ?」
「もしそれが事実ならば、じきにそれは多くの人たちの周知するところとなるはずです。ガルシア商会としては、その時に商会としての対応をすればいいのでは? 今は、バート王国によるシップランド侵攻を少しでも遅らせるべく、手を打つ方が先でしょう」
どうせいつかは知られるが、『南西諸部族連合』の存在はなるべく隠しておいた方がいい。
私がそう思っているからこそ、白砂糖などを安く提供している。
そしてそれは双方の利益になる。
タラントさんならそれに気がつく、これ以上は余計なことは言わないはず。
とにかく今は、『南西諸部族連合』に手を出すよりも、バート王国対策の方にすぐにでも手をつけなければいけないのだから。
「……数はそんなになくてもいいのですが、贅沢な品物はありませんか? 王族や貴族とは、そういうものが大好きです。自分だけが持っている高価な品。それを他の者に見せつけ、自分の権威とする。いくらでも金を出しますよ」
贅沢品か。
これも、貴族や王族から金を奪えるな。
「ありますよ。船内に」
もう一度船に戻って、『ネットショッピング』で購入しておくか。
「『変革者』殿が仕入れ値をオマケしてくれたので、我々も打てる手が増えました。さてと、穀物の値を少しばかり上げましょうかね」
あの王様は、将来のシップランド侵攻に向けて、在地貴族たちに食料の備蓄を命じているのであろう。
そこで、穀物の買い取り金額を増やしてその備蓄を放出させる。
バート王国のみならず、この世界の国家は砂漠に点在している貴族たちの領地の内情をまったく掴んでいない。
国から、『有事に兵力を出せ』、『食料を備蓄しておけ』と命じられて承諾するが、その内情を把握できないのだ。
『いいですよ』と返事をするだけ、まだマシなのか。
兵力を一人しか出さず、『余裕がないんです』と言われてしまえばそれまでなのだ。
大半が砂漠というグレートデザートにおいて、自分たちの生活を守ることはなによりも重要で、いくら王様の命令でも戦争なんてする余裕がないというのが、大半の貴族たちの本音なのだから。
ましてや名ばかりバート王国貴族であるシップランド子爵家などは、バート王国もまったく実情を掴んでいないはず。 だからあの王様はシップランドを攻め落として自分の力にしようとしているわけだ。
「さて、商人の戦を始めましょうか」
大量の品を私から仕入れたガルシア商会は、これらの品を半額にして大量にバート王国に流し入れた。
さすがに王国は財布の紐を緩めなかったが、領地を持つ貴族や、法衣でも金のある貴族がこれらの品をこぞって購入し、神貨の蓄えを大量に減らしてしまう。
ガルシア商会は食料との交換も認めたため、貴族たちは諸侯軍の兵糧として使うために備蓄していた穀物も大量に放出してしまった。
「大分吸い上げたので、諸侯軍の中で戦の時に使い物になるところは相当減ったはずです」
「相当ですか」
「王様はあんなでも、有能な貴族ってのはいますのでね。彼らには無茶はしない方がいい。引っかからないので、労力の無駄ですから」
「なるほど」
優秀な為政者として、無駄な贅沢を控え、有事や飢饉に備えて食料や財貨をちゃんと備蓄している貴族もいるわけか。
「あっ、そうそう。『クリスタルグラス』ですか。あれは人気がありますね。それで酒を飲むのが貴族や金持ちの間で流行していますよ」
そのクリスタルグラスだが、仕入れ先は『ネットショッピング』で販売している数千イードルクから高くても数万イードルク程度の品物であった。
これが数十万~数百万イードルクで飛ぶように売れるので、対バート王国戦略の一環にもかかわらず、タラント殿は予想以上の儲けでホクホク顔のようだ。
「あと、とても安い酒精も大人気ですよ」
「あれですか?」
酒精だけ。
つまり、業務用のエタノールである。
メタノールではないので飲んでも害はないが、アルコールだけなので味もへったくれもない。
ところが、それがとてもよく売れているそうだ。
「王都及び直轄地では、酒の税金が大幅に上がりました。すべては戦争準備のためです」
それに比例して酒の値段を上げたところ、バート王国では酒の売れ行きが減って、潰れる酒蔵も出始めてしまったそうだ。
「そこで、酒精分だけを我々から仕入れ、それに色、味、香りをつけて売るようになったのです」
まさに、昔の地球が辿った道……安価に作れる人工酒の製造に辿り着いたのであろう。
偽物なんて味が……という人も多いと思うが、酒の味なんて実は大半の人がよくわかっていない。
そんなに簡単にわかるのであれば、偽物なんて出回らないからだ。
「少量の果汁を混ぜたり、砂糖やハチミツを混ぜたりです。税金が上がった分のコストを相殺して余りあるとか。酒場でも安く出せるので好評だそうで。ああ、貴族たちは『高貴な我らは、そんな安酒は飲まない!』と言って、ますます高価な酒が売れていますけどね」
私がやっていることはかなり悪辣なのだが、バート王国にシップランドを墜とされてしまうと、『南西諸部族連合』の存在が早くに知られてしまう。
あの王様のことなので、オールドタウンの次に狙われてしまうだろう。
『南西諸部族連合』はまだ態勢が整っておらず、各部族の協調もぎこちない状態だ。
欲しいのは時間であり、そのために私はこういった悪辣な手を使うことを厭わないだけだ。
「それにしても、毎週いらっしゃいますが、今は近場を拠点にしているのですか?」
「ええまあ」
このところ、毎週『拠点移動』でシップランドに荷を運んでいたのだが、さすがにタラントさんに怪しまれたようだな。
隠すにも限度があるし、まさかバート王国に漏らすことはないはずなので、適当に答えをボカしておいたけど。
「そういえば、バート王国は神貨不足なのでは?」
消耗品の購入で、神貨が大量にシップランドと私たちに流れていたからだ。
私は得た神貨をイードルクに変換してしまうので、神貨の流通量が減ってしまう。
デフレが進行するわけだ。
だが、バート王国はそれに気がついていない節がある。
ガルシア商会の交易が活発になったので、関税の収入が増えていたからだ。
王国軍は強化されてしまうのだが、逆に、貴族たちの戦力は大幅に減少してあてにならないはず。
総合的に見れば、バート王国の戦力は低下していた。
バート王国の直轄地など、ちゃんと従えていることになっている貴族領に比べれば、全体の二割程度でしかないのだから。
「砂漠との距離が、中央集権的な国家の誕生を阻んでいるのですね」
「そういうことですね。あの王様、いざ諸侯軍を動員してみたらボロボロで大激怒するかもしれません」
諸侯軍は統一的な指揮が難しいなどの側面はあるが、いくらシップランドが経済的に豊かなオアシスでも、大軍で攻められればひとたまりもない。
数は戦力であり、数でいえば王国軍よりも多い諸侯軍がボロボロなら、シップランド侵攻は成功しないわけだ。
「貴族たちが兵を出せないか、少ししか出さないとしても、王様にはなにもできないのです」
「懲罰の可能性は?」
「結局同じどころか、もっと状況は悪化しますよ」
懲罰でそのオアシスに兵を出せば、今度は王国軍が疲弊し、水や物資の備蓄も消費してしまう。
シップランド侵攻がますます遠ざかるわけだ。
「そのオアシスを攻め落として直轄地化したしても、なにしろオアシスの間には距離がある。統治に手間がかかるのです」
その手間の分、ますます外征など不可能になるわけだ。
「よって、『変革者』殿の策はあなたが思っている以上に有効だったというわけです。兵を用いず、金で軍勢の足を縛る。犠牲も出なくてよろしいではありませんか。あっ、できればこれからも商品をよろしく」
バート王国には大人しくしておいてほしい。
私は、これからもタラントさんに商品を特別価格で卸すことにする。
まあ、それでも私は大儲けなのだけど。
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