第69話 安売り破壊

「国ができたのに、挨拶はナシなんだな」


「アイシャさん、『南西諸部族連合』は国というよりは同盟、連帯のようなものです。それに、バート王国に知られるのはなるべく遅い方が好都合なのですよ」


「でも、交易に向かうんだな」


「それは、タロウさんの『拠点移動』を試すためです」




 レベルが上がり、これまでに行ったことがある場所に魔法で飛ぶことができるようになった。

 そこで、その実験も兼ねて私たちは小旅行に出かけることになった。

 目的地は、シップランド。

 虚無を倒してから数ヵ月が経ったので、バート王国の圧力がどのくらい増したのかを確認するため、行商に出かけることにしたのだ。

 売り物が『ネットショッピング』で購入した白砂糖やハチミツなのは、これが一番金になるからだ。

 バート王国の王都や周辺のオアシスを領有している貴族や王族は、高級品であるこれらの品に大金を出すことがわかっていた。


「販売益はイードルクに換算され、再び白砂糖とハチミツになるけど」


 この世界は、地方貨もなくはないが極端に信用度が低い。

 砂獣を倒すと手に入る神貨の信用度が圧倒的すぎるのだ。

 砂漠にいくらでもいる砂獣を倒すと、必ず手に入るというのも大きい。

 世界中で一番信用がある通貨だと思う。

 問題なのは、倒せる人が少ないことくらいだな。

 そしてそんな神貨を、二度と元の神貨に戻せない電子マネーに変換してしまうという、デフレ政策を邁進している私たち。

 さらに『ネットショッピング』で品物を購入すると、電子マネーですら虚空に消えてしまうという。私が王様に命を狙われる真の理由になりそうな、特殊な能力というわけだ。

 ただ、神貨は常にハンターたちが砂獣を倒して供給はしている。

 それなのに、この世界でハイパーインフレが起こらないのは、それでも貨幣が足りないのか、銀行業をしている教会、大商会、貴族、王族が貯め込んでいるからかもしれない。


「じゃあ、行こうか」


「そうだな」


「久しぶりのシップランド。楽しみですね」


「私は初めてです」


「オレもだ。オールドタウンならよく行っていたんだけどな」


 みんなで、白砂糖とハチミツが大量に入った魔法箱を持ち、私は『拠点移動』でシップランドへと飛んだ。

 初めてなのでちょっと心配だったのだけど、無事シップランドから少し外れた砂漠に辿り着けてよかったと思う。


「じゃあ、船を出してと」


 『異次元倉庫』から小型の砂流船を取り出し、さも交易の旅をしていたかのように見せかけてシップランドに港に入り、そこからガルシア商会に顔を出した。


「これはお久しぶりです」


 私たちが来たことが知られると、当主であるタラントさんがすぐに顔を出し、屋敷に案内してくれた。


「また白砂糖を売ってくれるのですか。ありがたいことです」


「ところでタラント殿。兄はどうした?」


「残念なことに、このシップランドを押さえるべく徐々に動き始めたようですね。また酒と塩の税金が上がりましたよ。関税も上がりましたね」


 やはり、五年後……もう四年半か……に行われる予定の『変革者』の再召喚後、シップランドを攻める計画があるようだ。

 砂漠の行軍には、尋常でない量の水と物資が必要となる。

 さらに、現地で防衛戦力を撃破しなければならないわけで、これがこのグレートデザートにおいてほとんど戦争がない原因にもなっていたのだ。

 目標を攻め落とす前に渇き死にする可能性が高いから戦争がないなんて、こんな皮肉はないだろう。


「しかし変だな。次の『変革者』が、必ずしも兄の覇業の役に立つ保証はないというのに……」


「そもそも召喚できないよな」


 私が生きているので、確実に召喚は失敗する。

 素直に五十年待てば……あの王様も七十を超えてしまうので無理か。


「増税で軍備や物資を整える。船も増やしているそうですよ。魔法箱も買い集めているそうです」


 常識的に考えたら、それしか方法がないか。

 でも、魔法箱はなかなか作れないうえに、商人たちが大部分を買い占めている。

 彼らが魔法箱を使って交易しているからこそ、他のオアシスや国の品が手に入るわけで、大軍勢の遠征を支えられる魔法箱を集めるのは、最悪商人から徴収すれば……それをしたら経済が死ぬな。


「陛下は、なにか別の方策があるのかもしれません。だからこれまでの動きを強化して、シップランドの目を欺いている?」


「ミュウさんの仰るとおりかもしれませんが、あの王様、なかなかに慎重なようでして……」


 ガルシア商会をして、完全に探れない情報もあるというわけか。


「我々も、トレストのオアシスを避難地として開発したり、オールドタウンと連携を取っています。我々の次は標的はあそこなので、連携は上手くいっていますよ。ですが……」


「ですが?」


「砂漠エルフたちが、このところ交易に来なくなってしまいまして。なんでも、すべての部族がなにかの集まりで極南方向に向かってしまったとかで」


「……」


 当然その理由は知っているが、それをタラントさんに話していいものか。

 悩むところではある。

 今はまだ態勢が整っていないし、シップランド経由であの王様に私たちの情報が洩れるのは困る。

 黙っているしかないな。


「あの王様の戦争準備を妨害しないのですか?」


「先に兵を出せと仰るので?」


「いえ、そういうのは逆に薮蛇になりますので。戦争に必要な物資や水の収集を抑えるのです」


「船を襲わせるのですか?」


「それも、もしシップランドの仕業だと知られるとまずいです。もっと効率のいい方法にしましょう。即効性はないですけどね」


「そんな方法があるのですか?」


 バート王国によるシップランド侵攻準備を妨害する方法。

 兵力を使わなくても、商人ならやれる方法があった。

 私は、その方法をタラントさんに提案する。


「白砂糖、ハチミツの半額セールですか?」


「お酒もいいですね。他にも、高価な嗜好品もいいでしょう」


 その作戦は非常に単純で、シップランドがこれらの品を安く放出すると言えばいい。

 そうすると、貴族たちの財布が緩む。

 沢山売れて、バート王国及び貴族たちの貨幣保有量が減るはずだ。

 逆に、シップランドは貨幣の保有量が上がる。

 金が減れば、バート王国の戦争準備も遅れるはずだ。

 嫌がらせくらいにはなるのかな?


「ですが、砂糖を安く手に入れた貴族たちが、元の値段で売れば大儲けですよ」


「そんなに儲からないと思いますよ。だって、タラント商会が先に他国にも転売すればいいのですから。たとえ半額でも高級品なので、売れる量にも限度があるでしょう」


 元が高額すぎるので、そこまで大量に売れないはずだ。

 そうでなくても、重税でバート王国の庶民たちには金がないのだから。

 そして、先にタラント商会が船を動かして他国に転売してしまえば……。


「他の貴族に売るにしても、他国に輸出するにしても、関税が高いのはどこも同じです」


 安く手に入った白砂糖を、他国に売って儲ける。

 一見よさげに思えるのだが、他の国も関税は高いのが現状だ。

 砂流船で運べば時間もかかり、タラント商会が先に安く大量に転売していれば、そのあと貴族たちが運び込んだ砂糖は値崩れをしているはずだ。

 労力の割にさほど儲からないどころか、交易船が難破すれば赤字になってしまう。

 商人に委託して販売すると手数料も取られてしまうので、半額白砂糖の転売で貴族たちが儲けられないとは言わないが、きっと大して儲からないはずだ。


「ほほう。大量に供給して需要を鈍らせてしまうのですね」


「砂糖もハチミツも共に保存も利きますし、諦めて自分たちで使いながら、値が上がるのを待つのではないでしょうか?」


 暫く資金量を減らせればいいのだ。

 結果的に自分たちが楽しむため、大金を使ったのと同じ結果になればいい。

 そして白砂糖やハチミツは、兵糧にするには高すぎる。

 貴族たちは、神貨の代わりに倉庫に溜め込むだろう。


「さほど効果はないかもしれませんが、微妙な嫌がらせにはなるはずです」


「ということは、大量に供給してくれるのでしょうか?」


「ええ」


 タラントさんも私を怪しいと思うであろうが、今はバート王国対策が先だ。

 なにも言うまい。


「お金が減れば、オアシスを持っている貴族たちも出す兵力を渋るかもしれないですね」


「バート王国の在地貴族って、軍役の決まりなどはあるのですか?」


「ないですね。遠いオアシスほど、バート王国もその内情をよく知らないので、具体的に何人出せとか言わないのですよ。いや、言えないのか……。貴族側も人口や生産力をバート王国に教えたがらないですし、出兵自体がマレどころか経験がない者も多い。諸侯軍には、あの夢見がちな陛下も期待していないかも。それでも資産を削れれば御の字ですね。褒賞目当てで張り切る貴族がいないという保証もないので」


 バート王国は、大半の在地貴族の内情を把握していないのか。

 では、有事に際して出す兵力数なんて決められるわけがないな。


「となると、主力は王国軍ですか」


「法衣貴族でも多少は兵を出しますよ。伯爵でも二十人とかそんなレベルですけどね」


 法衣貴族はバート王国から出る年金と役職手当て、あとは人によっては商売をしていたり、なにかしらの利権を持っている者もいるが、そんな人は少数であろう。

 あとは賄賂とか……。

 元からあまり兵数としては期待できないのに、砂糖とハチミツで資産を削れば、もっと兵数を減らせるな。


「王国軍が一番の敵ですか」


「とはいえ、バート王国軍に外征の経験なんてほとんどないはず……せいぜい、王都近隣のオアシスに兵を出して脅すくらいで、あとは砂獣狩りが主な仕事です。とはいえ、貴族出の士官たちには兵たちばかりに砂獣を狩らせ、成果をポケットに入れてしまう愚か者も多いとか」


 サンダー少佐も、とっとと見切りをつけて辞めてしまったからな。

 彼はハンターとして元気にやっているのであろうか?


「ですが油断は禁物ですね。あの陛下は現在、重税を課してまで王国軍を強化しています。油断すると、シップランドは占領されてしまうかもしれません。安い白砂糖他、娯楽品の安売り。やってみましょう」


 タラントさんは、私の提案を受け入れてくれた。


「では、こちらも卸値を半額で出しましょう」


「本当によろしいのですか?」


「ちょっとしたツテで安く手に入れたのですよ」


 砂糖やハチミツなんて、『ネットショッピング』で購入すれば恐ろしいほど安く手に入るからな。

 半額で売っても大儲けである。

 それと、ガルシア商会とシップランド子爵家は表裏一体。

 その黒字で、防衛準備を整えてほしいのだ。

 シップランドの独立が保たれていれば、私たちも安全である。

 このくらいの利益で動いてくれるのであれば安いものだ。

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