第76話 弱体化するバート王国

「ようこそいらっしゃいました。心より歓迎しますぞ」 




 最近は色々と物入りで出費が多いので、前以上にガルシア商会に白砂糖、ハチミツ、酒、贅沢品を販売しているため、タラント氏の屋敷に飛ぶと彼は私たちを快く出迎えてくれた。


「『南西諸部族連合』の大族長であるカトゥー殿」


「バレましたか」


「情報に疎い商人では、生き馬の目を抜く商売の世界では生き残れませんので。砂漠エルフたちの大規模移動と集団化、それに極南の海がいつの間にか復活し、それを成し遂げたカトゥー大族長なる謎の人物がいる。彼は海の精霊様と交信ができる。そんなもの凄い人物、『変革者』であるあなたしかあり得ませんからね」


「バート王国にはもうバレましたか?」


「今はまだです。我がガルシア商会はこの世界で十本の指に入る商会ですので、情報を得られるのが早いですからね。中央海の『ウォーターシティー』を支配する商人たちには負けませんよ。もっとも、連中は中央海からすべての砂獣が消え、海水が徐々に減っている事態に対応するため、今は他所に目を向けている暇はないですけどね」


 いきなり中央海からすべての生物が消えてしまったのだ。

 まさか、精霊に愛想を尽かされたからだとは思わず、原因究明と対策で忙しいのであろう。


「ウォーターシティーは商人たちが治める町。油断すれば、特にバート王国などはすぐに手を出すはずです。貴族たちは、生まれが卑しいのに羽振りがいい商人という存在を、内心では見下しておりますので」


 領内の経済活動に貢献していても、贅沢品を外国などから手に入れてもらっても、心根では商人を蔑んでいる。

 人間の心とは複雑なものである。


「バート王国の港町『リスス』も、大貴族や王族に献上したり販売する海の生物や砂獣がいなくなってしまい、混乱しているとか」


 海に住む砂獣や普通の魚介類がみんな消えてしまったので、『リスス』の経済価値が一気に下がってしまったわけか。

 でもその原因がなぁ……。

 まさか、それを教えてあげるわけにもいかない。


「リススもウォーターシティーも、漁業よりも交易中継点、港としての価値の方が高いのでは?」


「それにしても、貴重な海の生物と砂獣の消滅は深刻ですよ。いきなり売り上げの三割が消えるのですから。漁師たちも失業の危機です」


 海の精霊がドブスだから恥ずかしいと言って勝手に鎧兜姿の銅像を作ってしまい、そういう姿として崇拝されてしまった結果、ウリリンはいつも鎧兜姿となってしまい、重くて暑い状態を五百年以上も我慢する羽目になってしまった。

 それは、逃げられて当然だろう。

 マリリンと共に極南海を守護する双璧となったウリリンは、元の涼やかなローブ姿に戻れ、今は重たくないし暑くもないと、大喜びで極南海を守護しているのだから。

 こんな真実、タラントさんにも話せないな。


「そのせいか、黒砂糖と蒸留酒の売り上げが上がりましたけどね」


 海の砂獣(魚介類)の流通がなくなった結果、今までそれに使われていたお金が、他のものに流れる。

 よくあることだ。


「貴族や金持ちは、白砂糖とハチミツ。庶民はたまに奮発して黒砂糖。安い蒸留酒も人気ですね。王都ではまた酒の税金が上がったので、酒蔵はこれを仕入れ、味や香りをつけて販売しています。従来の酒は貴族たちが買っているそうですよ。貴族たちは、混ぜ物の酒など卑しい庶民に相応しいと言っているそうです」


 黒砂糖と白砂糖。

 安い甲種焼酎とちゃんと醸造した酒。

 貴族と庶民で住み分けができてしまったのか。

 でも、どちらからも金を吸い上げられるので都合はいい。


「あの陛下は、貴族たちの弱体化に気がついていないのですか?」


「貴族の領地や利権というのは、一種の独立国、治外法権なのです。いくらバート王国の王様といえど、他人の財布を覗こうとすれば反発は大きいですよ。もっとも、その財布の中身がすっからかんな貴族が多いですけど」


 そんな財政状態では、ろくな諸侯軍も出せないであろう。

 そしてあの陛下は、それに気がついていないのだ。


「王家の力は、とても弱い。それをなんとかしようとして自爆した王も多いというのに……」


 ララベルは、自分の兄の愚かさ、理想がなかなか実現できない様を知って、なんとも言えないような表情を浮かべていた。

 為政者としては、王家の力が強い中央集権的な国家は理想なのであろうが、グレートデザートという世界の環境がそれを難しくしており、それでもなんとかそれを実現しようとする兄をバカにしたくはないが、その方法が残念すぎるのでやはりバカにもしてしまう。

 複雑な心境なのであろう。


「ララベル様ならできるかもしれませんね」


「タラント殿、それは買いかぶりだ。私は武人なのだ。上に立つのには向いていない」


「ララベルを使いこなせるような人がいいんだろうね」


「まさしくタロウ殿だな」


「私は、ただのお飾りだよ」


 元サラリーマンが、どういうわけか大族長などしているのだ。

 雇われ社長感覚でやった方が、プレッシャーで押し潰されなくていい。


「そういえばタラントさん。シップランドの軍備って増えているのですか?」


「それなりに順調ですよ。ただ、この町の性格上、常備兵を増やすのは難しいですね。ハンターの臨時徴兵枠を増やしています。予算が増えましたので」


 ミュウの質問に、タラントさんが答えた。

 有事の際、優秀なハンターを徴兵し、手柄に応じて報酬を出すわけか。


「纏まりに欠けませんか?」


「ハンターは個や小集団で一番力を発揮します。定期的に集めて訓練できないので、下手に集団にして指揮を執るよりも強いんですよ。それに、纏まりがないのはバート王国軍と諸侯軍も同じなので……」


 バート王国が直接編成している国軍があるだけマシ。

 それも、数の上では諸侯軍に及ばず、その諸侯軍も私たちとシップランドが貴族たちから金を抜いているので弱体化している。

 実際に集めてみないと数がわからない諸侯軍ってのも凄いな。

 貴族たちは砂漠を挟んで離れて暮らしているので、諸侯軍同士の連携どころか、最悪同士討ちもありそうである。


「それに、有事の際は王国軍を狙い撃ちですよ。どうせ諸侯軍は助けませんので」


 連携して戦う訓練を積んでいないのと、諸侯軍から犠牲を出したくないのであろう。

 諸侯軍は、平時はハンターもやっている者に、数が足りなければ農民などを徴収する。

 砂流船で移動するので、船乗りも徴兵するとなれば、死んでしまうと貴族たちは税を納める稼ぎ手が減って困ってしまうのだ。

 仕方がないから兵は出すが、真面目に戦うのは勘弁してくれという結論になって当然であろう。

 そうでなくても、彼らが長期間生産や流通に寄与できないのだ。

 財政的に見れば、戦争なんて自爆行為でしかないのだから。


「王国軍からして、穀潰しの駄目貴族子弟が一定数集まる、失業者救済組織なので」


「そういえば、そうでしたね」


 サンダー少佐なんて優秀な士官だったのに、コネでバカ貴族の子弟を入れるからクビなんてことになっていた。

 もっとも本人は、ハンターの方が稼げると、優秀な部下たちを率いて軍を辞めてしまったけど。


「酷い有様ですね」


「ですが、数はうちよりも揃えられます。油断はできませんよ」


 いくらシップランドでも、バート王国よりも多くの軍備を整えるのは不可能なので、油断はできないか。


「ハンターの徴兵もできますしね」


 王都はハンターの層が厚い。

 灼熱の砂漠で長時間活動でき、一般人では倒せない砂獣を倒せるので、彼らを集めれば優秀な軍ができあがるという寸法だ。


「それでしたら、少し危険度が下がりました」


「危険度が下がった?」


「カトゥー大族長は知りませんか? 王都ではまたハンターへの課税を強化したのです」


「えっ? 税を上げたんですか?」


 あの当時でも、半分を持っていかれていたのに?


「えっーーー! 砂獣を狩った方が取り分が少ないんですか?」


 フラウが驚くのも無理はない。

 彼女の故郷のオアシスでは、貧乏ではあるが税なんてかなり低かったからだ。


「五割から七割に上がったんですよ」


「そんなの、優秀なハンターが逃げるじゃないか」


「ええ、実際に逃げてますよ。大勢がこのシップランドに。稼げるハンターからすれば、このシップランドを拠点にした方が儲かるので」


「ララベル様、凄腕ハンターたちの戦力化は難しいのでは?」


「無理だろうな」


 フラウの問いに、ララベルは短く答えた。

 軍を強化するのに強いハンターが必要で、ところが強いハンターは税金が高くてシップランドに逃げている。

 本末転倒というか、あちらを立てればこちらが立たず。

 新王の前途は多難かもしれない。


「とはいえ、やはり油断は禁物です。バート王国の弱体化策は、中央海の異変も合わさって順調ですけど、あの海に接し、利益がある国は多い。どこも大打撃なので、相対的に見るとバート王国の力がそれほど落ちたわけではないとも見れます。それに、あまり追い込むと『窮鼠猫を噛む』なので」


 戦争を防ぐのは大変というわけだ。

 やり過ぎて自暴自棄になると困るけど、放置すればよからぬことを企む。

 ララベルの兄とはいえ、どうしようもない男だ。


「状況はわかりました。これからも品物は定期的に持参します」


「お願いしますね。あと、中央海の現状に各国が危機感を抱いたようで、ウォーターシティーも含めて会議を行うそうです。会議をしてなにか解決するのか、甚だ疑問ではあるのですが……」


 まさか、あんたらが海の精霊に愛想を尽かされたからだと教えに行くわけにいかず、今の時点ではタラントさんに真相を話すのも危険だ。

 私たちは何食わぬ顔で商品の代金を受け取り、ゴリさんタウンへと戻るのであった。

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